表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/108

第79話:佐川直美

 改札の前で手を振る桐生社長と沙織さんの背中を見送りながら、私はふっと胸をなで下ろした。

 「さっき話した通りの手順で進めるといいと思いますよ」

 直也くんがそう声をかけ、少しイタズラっぽい笑みを沙織さんが浮かべたのが印象的だった。


 ある意味、今日いちばんの功労者はArchetype Roboticsの工房スタッフたち、そして桐生社長と沙織さんだったのだろう。

 徹夜で準備を整え、あの土壇場でのデモを成功に導いた。……帰りの新幹線では、きっと座席に身を預けた途端に眠ってしまうに違いない。少しでも休んでくれればいい、そう願わずにはいられなかった。


 残った私たちは、それぞれ車に分乗して松川を目指すことになった。

 組合長さんが「今日は夜は加納屋さんで祝賀会やろう!」と声を張ると、地元の人たちが一斉に笑顔になった。料理や酒を持ち寄って、地域全体での宴になるらしい。私も急ぎ戻って、千鶴さんの手伝いに回ることになるだろう。


 一方で――直也くんはこんな時でも休まることはない。

 携帯を耳に当て、東京本社とのやり取りを途切れ途切れに続けていた。

 特に、日米合同のAIロボティクスが初めて披露されたことはメディアにとって衝撃的だったようで、GAIALINQのプロジェクトルームには問い合わせが殺到しているという。


 けれど、肝心の中核メンバーは全員そろって八幡平にいる。

 電話を切った直也くんが、独り言のように小さく漏らした。

 「……これはもう少し、急場を支えられるメンバーが必要だな」


 その言葉に、私は心の中で頷いていた。

 プラチナタウン構想を本格的に進めるなら、GAIALINQという大きな看板のもとで、改めて体制そのものを見直す必要がある。

 今日の劇的な勝利は、むしろその課題をはっきりと浮き彫りにしたのだ。


 車内に、途切れ途切れの指示が響いていた。

 直也が次々と電話を取り、東京本社やGAIALINQのプロジェクトルームに対応を指示している。問い合わせは雪崩のように押し寄せているらしい。


 その横で、保奈美ちゃんは窓の外を覗き込みながら「わぁ、雪がすごい……」と子どもみたいに目を輝かせている。

 ――やっぱり、別格だな。

 どんな空気の中でも、彼女だけは柔らかな光をまとっているように見える。


 結局、分乗することになった車では、当然のように直也くんの隣に保奈美ちゃんが座った。

 私は千鶴さんの助手席に移り、もう一台には慎一さんの社用車に亜紀さん、玲奈さん、麻里さんが乗り込んだ。莉子さんと高田さんたちは組合長さんの自動車に乗せて頂いたのだ。


 ――そこだけは、保奈美ちゃんは絶対に譲らなかった。

 その意志の強さに、少し驚かされる。

 莉子さんも小さくため息をついていたけれど、誰も強くは言えなかった。


 「まぁ、あれだけのことができる人だからね」

 千鶴さんがハンドルを握りながら、さらりと笑った。

 「そりゃあ、モテるのは仕方ないよねー」


 ……確かに。返す言葉が見つからない。


※※※


 やがて車列は松川に入り、加納屋の前に到着した。

 降り立った瞬間、玄関から小さな足音が飛び出してきた。


 「パパー!」


 大地くんだった。

 雪を蹴り飛ばすように駆け寄り、そのまま直也くんに抱きつく。


 「おっと……大地!」

 直也くんが笑いながら抱き上げると、保奈美ちゃんが目を丸くして固まった。


 その横で――「はぁ?」と声を漏らしたのは、玲奈さんと麻里さん、そして莉子さん。

 唖然とした顔が三人並んで、あまりにも分かりやすい反応に、私は思わず口元を押さえて笑ってしまった。


 隣で亜紀さんも高村さんも、それから当然千鶴さんも同じように笑っている。

 可愛らしい声と仕草に、皆が一瞬「ほっ」とする。――けれど、「パパ」という呼び方により、空気は逆にざわついてしまった。


 「……パパ?」

 玲奈さんが目を瞬かせる。

 「ど、どういうこと?」

 麻里さんも同じように眉をひそめる。

 莉子ちゃんも動揺を隠せない。


 ……まぁ、そりゃそうだ。事情を知らない人にとっては驚き以外の何ものでもない。


 ここぞ、と私は思った。

 こういう時こそ、直也くんに“釘”を刺してやるチャンスだ。

 私には悪魔の尻尾が生えてしまったのだ。


 「そういえば――千鶴姐さんと直也くん、裸のお付き合いがあったんですよ」


 わざとらしくさらりと口にすると――


 「ちょ……な、何、言ってるんだ直美さん!」

 直也くんが慌てふためいた。


 次の瞬間。

 「「「「はぁーーーーーーーーー!?(怒)」」」」

 亜紀さん、玲奈さん、麻里さん、莉子さん――全員の顔が、同時にぴきりと固まった。


 そして悪ノリの女王、千鶴姐さんが追い打ちをかける。

 「でもね、直也さん、筋肉質でたくましかったわよ。立派だったし♡」


 ……もう、完全にアウトだ。


 「「「「ちょっと!どういうこと!?」」」」

 加納屋の玄関先が、一瞬で修羅場に変わった。


 直也くんは慌てて両手を振り、

 「ほ、ほらっ、今ちょっと仕事の電話があるから!」

 と逃げ腰になる。だが当然、誰も納得しない。


 険悪な空気が広がりかけた、その時だった。


 「パパをいじめたらダメだぞ!」

 大地くんが、ちいさな体で直也くんの前に立ちはだかった。


 その一言に、みんなが言葉を飲む。

 ……空気が、一瞬だけ緩んだ。


 「ったく……」

 私は内心で苦笑した。さすがは大地くんは「パパ」の救世主。


 けれど、その後ろで――さらに追い打ちが待っていた。


 保奈美ちゃんだ。

 直也くんの隣に並びながら、にこりと輝くような笑みを浮かべている。


 その笑顔のまま――直也くんの手を思い切りつねった。


 「うっ、イテーー!」

 直也くんの情けない悲鳴。


 普段の凛々しい姿とはまるで別人のようで、思わず肩を震わせて笑ってしまった。

 亜紀さんも玲奈さんも麻里さんも莉子ちゃんも、わずかに頬を緩める。


 ……ようやく、玄関先の空気は落ち着きを取り戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ