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第75話:高村慎一

 ――脱帽するしかなかった。


 目の前で繰り広げられた逆転劇は、あまりに鮮やかすぎて、ただ唖然とするほかなかった。


 冒頭から悪意に満ちた会議の進行。

 議長の恣意的な誘導、知事の挑発、そして再エネ部門幹部の執拗な攻撃。

 正直、こちらを追い込むための出来レースだと分かっていても、歯噛みすることしかできなかった。


 そんな中で、毅然と矢面に立ち続けたのは亜紀さんだった。

 怒りを見せず、声を荒げることもなく、冷静に丁寧に答弁を重ね――ただ一つ、直也さんの到着までの時間を稼ぐために。

 (……本当に、亜紀さん一人に大きな負荷をかけてしまった)


 そして。

 思ってもみなかったほど早く、直也さんは現れた。

 しかも連れてきたのは、美しい義妹の保奈美さんと、最新型の人型ロボティクス――“オニーさん”。


 彼女の澄んだ声に従って動くロボットの姿は、会場全体を一瞬で虜にした。

 知事の理不尽な暴挙すら逆手に取り、安定性と安全性をアピールするデモへと変えてしまう。

 その鮮やかさに、思わず背筋が震えた。


 そして極めつけは、環境省の柊遥さんとのやり取りだった。

 数字とデータをもって、メガソーラーという事業の欺瞞を白日の下にさらけ出していく。

 耳を塞ぐことも、はぐらかすこともできない、圧倒的な論理と構成。

 気がつけば、会場の空気は完全に塗り替えられていた。


 (……これが直也さんの“進め方”なんだな)


 自分は、ただの傍観者に過ぎなかった。

 だが、それでも胸が熱くなる。

 自分の中継映像を玲奈さんや麻里さんへと転送し、更に五井物産の代表取締役社長にまで配信していたとは。

 どんな不測の事態が起こってもいいように、必ずリスクヘッジの方法も確保しておく――その徹底した慎重さ。


 本当に、圧倒的だった。


 (オレには……こんな真似はできないな)


 拳を握りしめた。

 年齢でどうこうでない、本当に尊敬すべき存在をオレはただ見つめていた。


 ――八幡平市長の正式表明で、会議の趨勢はすべて決まった。

 というよりも、そもそもこの会議そのものはもはや有名無実。茶番に過ぎなかった。

 だが――勝者には賛美が、敗者には屈辱が待つ。


 直也さんの周囲は記者で埋め尽くされた。

 八幡平市長が固い握手を交わす姿をシャッターが切り取り、千鶴さんたち地域住民が「よくやってくれた!」と口々に賛美する様をマイクが拾う。

 その光景は、まさしく勝者の凱旋だった。


 一方で――敗者たち。

 議長役の首長には容赦ない質問が浴びせられる。

 「中国政府からの『指示』があったというのは本当ですか?」

 「なぜそこまで中国に加担しようと? お金が出ているのでしょうか?」

 「あなたは媚中派という事なんですか? それとも何らかの利権が約束されていたのでしょうか?」

 「環境省からの指摘内容を、知っていたのですか? 知らなかったのですか?」


 矢継ぎ早に飛ぶ言葉に、議長は視線を泳がせ、言葉を濁すしかない。

 横に立つゲスト知事の顔は怒りと焦燥で引きつり、声を荒げれば荒げるほど、滑稽さが増していく。

 そして――五井物産の「元」再エネ部門幹部二人。

 虚脱したように座り込み、記者のフラッシュを浴び続けながら、動けずにいるその姿は、もはや敗北の象徴でしかなかった。


 だが、注目を集めたのは直也さんだけではない。

 ――オニーさん。そして、彼を操る保奈美さんだった。


 カメラは銀色の人型ロボティクスを追い、記者たちは「操作していたのは誰か」と問いかける。

 そのたびに直也さんが前に出て、深々と頭を下げた。


 「申し訳ありません。彼女は私の義妹で、普通の高校生です。ですので、個人が特定されるような扱いは避けていただきたく、どうかご理解をお願いいたします」


 礼を尽くした声音に、記者たちも一瞬、言葉を呑んだ。

 しかしすぐに――「えっ? 本当に“普通の高校生”? アイドルとかファッションモデルをやっているんじゃないんですか?」と驚き混じりの声が上がる。


 ……まぁ、無理もない。

 あれだけの美貌に加え、凛とした立ち居振る舞いだ。

 「一般人」と言われても、納得できないのは当然だろう。


 オレは苦笑を押し殺しながら、その様子を眺めていた。


 ――勝者と敗者。


 そのコントラストはあまりに残酷で、そして、これ以上ないほど鮮明だった。

 つい数刻前までは憎悪の念をすら抱いた相手に、今はむしろ哀悼の意を捧げていた。


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