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第74話:一ノ瀬保奈美

 最初から――私は何も心配していなかった。


 直也さんが会場に到着さえすれば、全部は直也さんの考えた通りになる。

 だから私がやるべき事はただ一つ。

 ――その時に、自分が直也さんのために何ができるか、それをきちんと果たすこと。


 直也さんから頼まれていたのは、「オニーさんとのコミュニケーション」と「デモをどう見せるか」。

 それだけを、頭の中で何度もシミュレーションしてきた。


※※※


 会場に到着してからのことは、もう夢のように過ぎていった。


 「オニーさん、皆さんにご挨拶して」

 「――はじめまして、オニーさんです」


 予定通りにデモが進む。

 カシミアのコートを衣紋掛けに運ぶオニーさんの姿に、会場がどよめく。


 途中、知事がオニーさんを突き飛ばした。

 でも、オニーさんは倒れなかった。

 足をアジャストして、踏みとどまった。


 (――まるで直也さんみたい)


 胸の奥で、そう思った。

 どんな理不尽でも、決して倒れない。

 前を向いたまま、みんなを守ってくれる人。


※※※


 けれど、あの場面だけは違った。


 オニーさんが知事の机の資料を読み取って、声を発した時。

 「……中国メーカーと北京政府からの要望。メガソーラーに二重丸」


 思わず息を呑んだ。


 でも、それも直也さんの指示だった。

 オニーさんに「知事の資料を読み上げるように」と、事前に特別に指定されていたのだ。


 (全部……直也さんの計算通りだったんだ)


 私は改めて思い知らされた。

 直也さんは、ただ守ってくれるだけじゃない。

 状況を一瞬で変えてしまう力を持っている。


 そこから先は、直也さんの一方的なペースだった。

 メガソーラーの欺瞞を暴き、地域の未来を示し、住民も首長も次々に味方につけていく。


 ――でも、私からすれば。


 そんなのは当たり前のことだった。

 だって、私が愛するお義兄さんだから。


 その直也さんの携帯が震えている。

 このタイミングで?――私は一瞬だけ首をかしげたけれど、直也さんは落ち着いた声で言った。


 「スイマセン。当社の代表取締役社長からの電話です。スピーカーモードで対応させて頂きます」


 会場がざわめく。

 直也さんが操作して、低く落ち着いた声がホールに響き渡った。


 「五井物産株式会社代表取締役社長です。先程來、当社の再エネ部門の幹部二人が見るに耐えない発言と対応をしておりました事を深くお詫びいたします。――先程、当該事業本部管轄責任者である専務取締役と緊急に協議いたしました結果、当該二名を本日ただいまをもって現行の役職から外し、自宅謹慎とする事を決定いたしました」


 「……!」

 再エネの統括取締役と本部長が、一斉に青ざめて座席に沈み込む。


 社長の声は続いた。

 「正式な処分は改めて行う予定ですが、当人たちの独断であったとはいえ、数々の卑劣極まりない振る舞い、まことに言語道断という事でして、五井物産株式会社を代表いたしまして深くお詫び申し上げます。……中継をありがとう、一ノ瀬くん。あとの対応は全て君に任せる。私の名代として各首長様にGAIALINQへの理解を頂き、ご支持いただけるよう、引き続き最善を尽くしてくれたまえ。以上」


 通話が切れ、しんと静まり返った会場。

 私は――ああ、やっぱり。胸の奥でつぶやいた。


 (直也さんは、絶対に最後には全部をより良い方向にまとめてしまうんだね)


※※※


 その静寂を破ったのは、八幡平市長の力強い声だった。


 「事ここに至って――地域首長会議の判断の如何を問わず、当市はGAIALINQプロジェクトを支持し、共に歩む方向で意思決定する事を宣言いたします!」


 次の瞬間。


 「――!」

 会場後方の住民席から、万雷の拍手が湧き起こった。

 波のように広がっていき、首長たちの間にも呼応する拍手が生まれる。


 議長は、最後まで一言も発せず。

 ゲストの知事も腕を組んだまま黙り込み。


 けれど、もう結論は出ていた。

 会議は、GAIALINQへの支持と共に幕を閉じたのだ。


 (良かった……。直也さんは、また世界の未来をより良い方向に導けたんだね)


 胸の奥でそう思いながら、私は大きな拍手を重ね続けていた。


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