第72話:一ノ瀬直也
会場の空気は完全に変わっていた。
知事は黙り込み、議長は視線を泳がせ、再エネ統括取締役と本部長はなおも必死に食らいついてくる。
「――しかし! 太陽光は“利益を還元できる”仕組みだ。地主も住民も儲かるはずだ」
本部長が声を荒らげた。
オレは、遥さんに視線を送った。
「……遥さん。実際はどうなんでしょうか?」
頷いた遥さんが、資料を掲げながら答える。
「はい。確かに、導入初期――FITが40円/kWhで固定されていた世代は、大きな利益を得ました。1MW級のメガソーラーなら、20年で9億円近い売電収入となり、投資を差し引いても数億円単位の黒字になったケースもあります」
ざわめきが走る。
「ですが――それは全て“再エネ賦課金”という形で、国民全体の電気代に上乗せされて賄われたのです。つまり、一部の地主や事業者が儲かった分以上に、日本の家庭と産業が負担を背負った」
オレは言葉を継いだ。
「……そう。“濡れ手に粟”で儲かった人はいた。だがその原資は“みんなの財布”から出ていたんです」
沈黙が走る。
オレはさらに踏み込んだ。
「では最近の低FIT世代――14円/kWhで契約した事業者はどうか。
20年間の総収入は約3.2億円。しかし、初期投資3億、保守0.5億、廃棄1億を加算すれば――トータルで赤字になる」
会場の首長たちが顔を見合わせた。
遥さんが冷静に数字を補う。
「つまり、高FIT世代は国民全体の負担で“儲かった”。一方、低FIT世代は廃棄コストを含めると“赤字”になる。――持続性が全くないのです」
本部長が口を開きかけるが、オレは言葉で押さえ込んだ。
「社会全体で見れば“損”でした。家計は電気代に年間一万円以上を余計に払わされ、産業は国際競争力を削られた。そしてその結果、地方に残るのは――20年後に数十兆円規模に達する“廃棄コスト”だけ」
会場がざわめきに沈む。
「……つまり、メガソーラーは未来にツケを回す偽物のエコだったんです。最初から構造的に“欺瞞”だった」
その言葉に、場が凍りついた。
誰も声を上げられない。
議長の手元が小刻みに震えている。
――攻守は完全に逆転した。
会場全体に視線を巡らせ、オレは一呼吸置いた。
「――今、地方は確かに疲弊しています」
静かに、しかし一点の迷いもなく言葉を重ねる。
「人口減少、急激に進む過疎化。その現実は、ここにいる誰よりも皆様が一番痛感されているでしょう。
だから“余った土地にメガソーラーを設置すればいい”――そう考えるのは、むしろ自然なのかもしれません」
オレは手元の資料を伏せ、会場を真っ直ぐに見据えた。
「しかし、その結果はどうなるか。先ほど申し上げた通り、欺瞞のエコです。そして欺瞞の“利益還元”です。その実態は――未来に大きな負債を残す、実に愚かな判断なのです」
ざわめきが走る。
だが、誰も反論できない。
「まだ時間はかかります。しかし――核融合発電が実用化される時代は、いずれ必ず来るでしょう」
オレの声は徐々に熱を帯びていった。
「その時、地熱は確実に“安定的な補完電源”として、引き続き重要な役割を果たすでしょう。対して、メガソーラーは間違いなく縮小し、やがて廃棄されるだけの存在となります」
オレはわずかに間を置き、鋭く指を掲げる。
「しかも――廃棄するためのインフラそのものが、今の日本には大きく不足している」
「2030年代には毎年80万トン、2040年には累計2,000万トンに達するパネル廃棄物。処理施設整備だけでも数千億円が足りない。結局そのツケは――地域住民に押し付けられる」
会場に沈黙が落ちた。
議長の顔色がみるみるうちに変わっていく。
オレは一歩踏み出し、声を張った。
「どうか賢明なる地域首長の皆様、更には今日多く駆けつけてくださった地域住民の皆様――この“一時金詐欺”のようなメガソーラーに、騙されないでください」
「そして、苦しくてもGAIALINQと――我々と共に手を取り合ってほしいのです」
胸の奥から響く声で訴える。
「AIロボティクスが地域を支え、未来を築く。これからの時代、多くの仕事をAIが担うようになります。その時に必要なのは――新しい観光、新しい産業、新しい地方振興を模索し、いち早く形にしていく姿勢そのものなのです」
「そして、それこそが、この地域に本当の利益を生み出す道なのです」
――静寂。
だが、次の瞬間。
「……!」
後方から、ぱちん、と小さな拍手が響いた。
松川の人々だった。
彼らが先陣を切って立ち上がり、力強く手を叩き始める。
その拍手は波のように広がり、八幡平市長が深く頷きながら手を叩き、やがて――首長たちの大半が呼応するように立ち上がり、拍手を重ねた。
会場の空気が一気に塗り替えられていく。
議長は顔色を失い、知事は腕を組んだまま黙り込む。
だがもう流れは変わった。
――フラッシュが次々と光り、記者たちのシャッター音が嵐のように降り注ぐ。
歴史の歯車が、確かに回り始めていた。