第65話:高瀬慎一
用意されていた会場に足を踏み入れた瞬間、胸の奥がざわついた。
机は口の字に並べられていたが、首長たちはコの字型に陣取っている。
その向かい側――亜紀さんと、直美さんと、そして俺。
まるで「被告席」に座らされているような格好だ。
(……これじゃ、完全に追い詰める構図じゃないか)
さらに目を凝らせば、議長席の横には特別ゲストと称される知事の姿。
派手なスーツにオネェ言葉、そしてその隣には五井物産の再エネ統括取締役と本部長。
誰がどう見ても、この場は彼らに主導権を握られていた。
進行役を務めるのは盛岡市役所の職員。幹事役とはいえ、議事の流れはほとんど議長次第だ。
オレは密かにチャットの配信をセットした。
せめてこの状況をリアルタイムに玲奈さんと麻里さん、そして直也さんに知らせる必要があるからだ。
そして冒頭から、いきなり突きつけられた。
「八幡平市で、地域の基調な資源である地熱を流用する形でAIデータセンターを設置する――そんなプロジェクトを認めようという動きがあると伺っていますが。我々周辺地域の理解もなく進めているというのは本当でしょうか?」
低く、圧を込めた声。議長は真正面から亜紀さんに視線を突きつけてきた。
八幡平市長がすぐに答える。
「いえ。あくまで前向きに検討している段階です」
その返答に、議長は口角を上げて言い返した。
「安心しました。我々周辺地域全体で考えるべき問題を、まさか独断で決定されていたら、どうしようかと思いましたよ」
(……取り込まれてるな)
言葉の端々から、すでに「敵意ある進行」であることは明白だった。
議長の発言に呼応するように、周囲の首長たちが頷く。
空気が、一気に「被告人を吊るし上げる場」へと変わっていくのを肌で感じた。
議長はゆっくりと姿勢を正し、場を仕切るように声を張った。
「本日のゲストをお呼びした理由を説明いたします。我々は――地熱だけでAIデータセンターを稼働させることに固執する姿勢、それを問題視しています」
会場の空気が一気に固くなる。
「地熱を活用すること自体には反対はいたしません。しかし、それだけにこだわる理由はどこにあるのか。既に関西圏ではメガソーラーを設置し、エコエネルギーとして地域のために活用し、成功を収めているケースもございます。ですから――ここは日本的な協調、日本的な“分かち合い”の精神によって、地熱もメガソーラーも共に活用するプランにできないか、と考えているのです」
(……最初から“両論併記”の建前を盾に、メガソーラーをねじ込むつもりか)
議長は口角に笑みを浮かべ、両手を広げた。
「そのために、メガソーラーの先進的な取り組みで大きな実績をお持ちの――この知事にお越しいただきました。……それでは皆様、改めて拍手を」
パチパチ、と手を叩く音。
次の瞬間、立ち上がった知事に向かって、メディアのフラッシュが一斉にたかれた。
派手なスーツ。わざとらしいほどの笑み。
「いやだわ〜、こんなに歓迎されちゃって」
知事は軽やかに手を振りながら、わざとらしいオネェ言葉で第一声を発した。
そして、こちらに視線を送ってきた。
「聞くところによるとねぇ、GAIALINQというプロジェクト……まだ二十四歳の“坊や”が責任者なんですって? そんな坊やに、本当に大役が務まるのかしらねぇ〜」
わざとらしい抑揚に、会場の一部から追従するような笑いが漏れた。
(……完全に仕組まれている)
議長が促し、知事が笑いを取る。
再エネ統括取締役と本部長は、その横で満足そうに腕を組んでいる。
すべてはGAIALINQを“若造の夢物語”に見せかける筋書き。
亜紀さんの表情は揺るがない。
だが――これから先、我々にどれほどの圧力が加わるのかを思うと、胸の奥がざらついた。
(亜紀さんだけを孤立させる訳にはいかない……)
気づけば拳を握り締めていた。
議長の言葉が耳に突き刺さった。
「知事、ご挨拶を頂きありがとうございます。そしてもうお二方ゲストとして、五井物産の再エネ部門を指揮されている取締役と本部長にもお越し頂いております。……実はお二人は、GAIALINQを“メガソーラーとのハイブリッド”で実行すべきだと提案されたのに、先程知事がご指摘されたように、その若い責任者が独善的に“地熱のみ”を消耗させるプランで進めていると伺いました。そういう意味では――むしろ、名門である五井物産の“良識や良心”を代表しておられるのが、このお二人なのではないでしょうか」
拍手が起こるわけではない。だが、ざわりと空気が揺れた。
議長は巧みに会場を誘導していた。
――GAIALINQ=独善、五井物産再エネ部門=正義。
そんな図式を刷り込もうとしている。
俺は奥歯を噛みしめた。
(……ふざけるな。どの口が“良心”なんて言うんだ)
胃の奥が煮え返るような怒り。
けれど、その隣に座る亜紀さんは――微動だにしなかった。
怒りを顔に出すどころか、ただ静かにこちらへ視線を送る。
その瞳は凛として、俺と直美さんにだけ届くように。
――「我慢して」
軽く顎を引き、頷いた。
そこには「直也くんが来るまで、持ちこたえる」という暗黙の決意が宿っているように見えた。
(……亜紀さん……)
胸の奥が締め付けられる。
挑発に乗るな。場を荒らすな。
それは亜紀さん自身が、覚悟をもって前に立っているからだ。
俺は握りしめた拳を、ゆっくりと膝の上に戻した。
嵐の中で、ただ彼女の背中を信じるしかなかった。