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第64話:佐川直美

 最悪のタイミングで、最悪の天候だった。


 東北地方に爆弾低気圧――報道各社のテロップは一斉にそう伝えていた。

 窓の外は白い吹雪。視界は数十メートル先も定かではない。


 (……これで、会議を予定通りにやるなんて)


 今日の地域首長会議は盛岡市内、開始時刻は午前十時半。

 時計を見れば、もう加納屋を出なければ間に合わない時間だ。


 だがテレビの速報は容赦なく流れてくる。

 「東北新幹線・福島以北で大幅な遅れ」「始発は十時過ぎ到着見込み、さらに遅れる可能性も」と。


 (新幹線が……止まってる)


 ハンドルを握る高村さんの顔が険しい。雪を切り裂くようにワイパーが前方を叩く。

 私は後部座席から、携帯を握る亜紀さんを見ていた。


 震えるように着信音が響く。玲奈さんからみたいだ。

 「……はい、玲奈?」


 短いやりとりのあと、亜紀さんは受話器を置いた。

 「新幹線の中でも、十一時頃まで遅延の可能性をアナウンスしているそうよ」


 私は息を呑んだ。

 「そ、それじゃ……首長会議、もう始まっちゃいます」


 普通なら、焦燥と絶望に押し潰される場面だった。

 けれど亜紀さんは――落ち着いていた。むしろ、冷たい光を帯びた瞳で前を見据えている。


 「……どんな状況でも、直也くんが来てくれれば、なんとかなる。彼はいつもそうだった」


 その声は揺るぎなかった。

 「だから私は、それを信じて……必死にリターンエースを打つしかないの」


 胸の奥に強いものが走る。

 (……この人は、本当に強い)


 猛吹雪にかき消されそうな車のエンジン音。

 私たちの小さな車は、白い嵐の中を必死に盛岡へと進んでいった。


※※※


 午前十時を少し回った頃、ようやく盛岡市街地に入った。

 吹雪は幾分収まったものの、まだ白い雪が舞っている。

 それでも気温が少し上がったのか、路肩に積もった雪はじわじわと解け始めていた。


 「お願い……少しでも天候が回復して」

 思わず、声にならない祈りが口をついて出た。


 高村さんが黙々とハンドルを握り、車は市街地のシティホテルへと滑り込んだ。

 そこが、今日の地域首長会議の会場だった。


 駐車場に停めて外へ出ると、刺すような冷気に頬が痛む。

 私たちは足元の雪を蹴るようにしてホテルへ急いだ。


 だが、エントランス前に広がっていた光景に、私は思わず息を呑んだ。

 ――カメラ。マイク。照明。

 複数のメディアが待ち構えていたのだ。


 (どうして……? こんなに取材が)


 予想していなかった展開に、私も高村さんも顔を見合わせる。

 その時、記者の声が耳に飛び込んできた。

 「あの知事だろ。関西圏でメガソーラー推進を進めてるの。本日の特別ゲストとして出席するって事でこんなにメディアが集まっているのかよ」


 (えっ……!)

 頭の中で、直也くんから聞いていた情報と結びついた。

 外務官僚“チャイナスクール派”と手を組み、中国パネルメーカーと結びついている――あの知事。


 人垣の向こう、派手なスーツにオネェ言葉で記者に答えるその人物が目に入る。

 「やっぱり……あの人だ」

 思わず心の中で呻いた。


 横にいた亜紀さんが、その隣の二人を見て立ち止まった。

 凍りついたように表情が固まる。


 「……再エネ部門の、統括取締役と本部長だ……」


 胸の奥が一気に冷たくなる。

 (まさか……ここで繋がっているなんて)

嵐の気配は、吹雪だけじゃなかった。


 統括取締役と本部長が、亜紀さんに気づいて歩み寄ってきた。

 「君たちもご苦労だね。五井物産として、いろんな立場から対応できる事を示す意味でも、我々も参加させてもらうよ。……知事から特にとの依頼でもあるから」


 その声音は、あくまで柔らかく――けれど私には、その裏に潜む思惑がはっきりと感じられた。


 当初は固まっていた亜紀さんだったが、すぐに表情を整えた。

 「本日はよろしくお願いいたします」

 そう一言だけを告げて、深く頭を下げた。


 (……亜紀さん、すごい。動揺しているはずなのに)


 私と高村さんもその後に倣い、八幡平市長のもとへと向かう。

 市長は眉をひそめ、小声で囁いた。

 「こんな大袈裟な首長会とは聞いていなかった。私も驚いているんだ」


 その声音には戸惑いと苛立ちが混じっていた。


 (やっぱり……知事や統括取締役たちが仕掛けてきたんだ)


 胸の奥が冷たくなる。

 けれど――その一方で、心強い気配もあった。


 会場の後方に、見慣れた顔ぶれが次々と現れる。

 松川の千鶴さんを筆頭に、温泉街の有力者たちだ。

 「今日は応援に来ましたよ」

 そう声をかけてくれる笑顔に、張り詰めていた胸が少し和らいだ。


 (よかった……私たちの想いを、分かってくれる人たちがここにいる)


 敵も味方も――盛岡のシティホテルの会場に集結しつつある。

 雪に覆われた街の静けさとは裏腹に、ここでは今まさに、大きな嵐が始まろうとしていた。


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