第60話:宮本玲奈
本社に戻ると私たちは急ぎ翌日に備え準備を開始した。
直也は「他部門との調整してくる」言い残し、しばらく席を外していた。
小一時間程度して戻ってきた直也は、すぐに莉子と高田さんを会議室に呼んだ。
それからしばらくして私と麻里もその会議室に呼ばれた。
「明日の段取りをみんなに共有しておく」
直也の声は落ち着いていた。
――方針は明確だった。
明日朝イチで、私と麻里は新幹線で盛岡に向かう。
莉子と高田さんもできるだけ早く出発する。ただし首長会議そのものに出席する必要はないと直也は言った。その代わり、八幡平を視察して将来的なエコフェスの下見をしてもらいたい――それが今回莉子と高田さんが「出張」する目的だ。
「でも、私も会議に出るよ」
莉子が迷いなく言い切った。
「どういう人たちが直也くんの味方で、どういう人が敵なのか。知っておきたいから」
直也は苦笑して肩をすくめた。
「オレは敵を作らない主義だけどね」
それでも莉子の強い意志を受け入れ、出席を認めた。
さらに直也は環境省の遥さんにも電話を入れていたようだ。
遥さんはすぐに翌日の会議に参加するべく予定を入れてくれたらしい。
明日の準備と段取りは一応確認できた。
直也は「オレは朝からArchetype Roboticsに入る」と言い残し、一旦帰宅していった。
※※※
会議室の時計はすでに23時を回っていた。
資料の整理も、想定問答もすべて終えていた。
これ以上やれることはない。
「……よし、これで明日の首長会議には対応できる」
自分に言い聞かせるように呟くと、麻里も頷いた。
「うん。あとは現場で淡々と応対するだけ」
ホワイトボードに残る論点整理の文字列を眺めながら、私は一息つく。
けれど、不安は尽きなかった。
「太陽光か、地熱か」――論点をすり替え、利権で押し切ろうとする勢力が動く可能性は高い。
それでも、私としては揺らがない答えを用意している。
「これなら、きっと亜紀さんも……」
そう思いながら、机の端に置かれていたタブレットに目をやった。
何気なくタッチした天気予報のアイコン。
次の瞬間、画面に表示された情報に、思わず息を呑んだ。
「……うそ」
麻里も身を乗り出し、画面を覗き込む。
そこに並んでいたのは――「福島以北・大雪警報」「東北新幹線・運行に遅延の可能性あり」という赤い文字列だった。
「大雪……なんでこんなタイミングで!」
私の声が震えていた。
麻里も表情を険しくする。
「もし新幹線が止まったら……盛岡入りが遅れる」
麻里と顔を見合わせ、私はすぐにノートPCを開いた。
「深夜バスなら……!」
検索窓に「東京発 盛岡 深夜バス」と打ち込む。
だが、画面に並んだ時刻表はすでにすべて「発車済み」の表示。出てしまった便をどうすることもできない。
「……もう、ない」
自分でも驚くほど掠れた声が漏れた。
麻里がそっと私の手を押さえた。
「仕方ない。明日は朝イチの新幹線で動けるようにして、すぐ出発できる体制を整えるしかないわ」
私は唇を噛みしめた。
(今夜、どうしても行けないのか……)
胸の奥で悔しさが込み上げる。だが、焦燥だけでは何も変えられない。
「……そうね。朝イチ便で待機する。絶対に間に合うように」
自分に言い聞かせるように答えると、麻里も力強く頷いた。
会議室を出たのは、もう日付が変わろうとしている時間だった。
外に出ると、都心の夜風は冷たく頬を刺す。
白い息を吐きながら、麻里と短く言葉を交わした。
「明日は……勝負ね」
「ええ。亜紀さんをひとりにしない」
それだけを確認して、私たちはようやく帰路についた。
――眠れる気はしなかった。
けれど、少しでも休まなければ。明日、必ず戦いの場に立つために。