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第58話:一ノ瀬直也

 再エネ部門の暗躍は、ここまでで終わりではなかったという事だ。


 東京の自分に向けて外部からのアプローチが来ると想定していた。だが彼らはしぶとかった。内部での処分を受けた直後にもかかわらず、GAIALINQを揺さぶる動きを再び仕掛けてきたのだ。


 (……想定以上に、根深い。オレも甘すぎた)


 すぐに亜紀に電話をかけた。だが、呼び出し音が続くだけで応答がない。

 「秋田方面に車で移動してるなら、圏外も多いから繋がらない可能性が高いよ」

 横で玲奈が冷静に言った。


 時計の針を見やりながら、胸の内で確信する。

 (明日の午前、八幡平近隣の首長会議――そこで勝負が決まる)


 太陽光のリスクについては玲奈と麻里がすでに整理している。

 IRRの偏り、稼働率の低さ、廃棄パネル、森林伐採、中国依存。

 概要はオレ自身も理解しているし、メモにまとめれば十分だ。


 「玲奈、とりあえず亜紀に概要を送っておいてくれ。メモランダム形式でいい」

 「了解」

 玲奈が即座にノートPCを開いた。


 だが問題はそこではなかった。

 一番脆い部分――AIロボティクス。


 (AIという言葉は、まだ“未来の夢物語”と片付けられる)

 「出来もしないことを言っているだけだ」と誹謗されれば、それで潰されかねない。


 それだけは避けなければならなかった。


※※※


 タクシーで芝浦へ向かう。

 Archetype Roboticsの本社。

 連絡を受けた桐生は、事務所の明かりを消さずに待っていた。


 「桐生さん、急なお願いで申し訳ない」

 オレはドアを開けるなり切り出した。

 「明日の首長会議に、P-01を持って行かせてもらいたいんです。実物をデモできれば、机上の空論ではないと証明できる」


 桐生は一瞬黙り、そして深く息を吐いた。

 「……一ノ瀬さん。タイミングが最悪です」


 眉をひそめるオレに、桐生は整備室の扉を開いた。

 そこにいたのは、部品を外され、半ば解体されたP-01の姿。

 フレームがむき出しになり、配線が一部テーブルに広げられている。


 「先日のデモを終えたばかりです。これまでの過負荷試験とデモ稼働でどの程度の損耗があるかを検証しつつ、今まさにオーバーホールしている最中でした」


 胸の奥が冷たくなる。

 (……最悪のタイミング、か)


 けれど、この場を逃せばGAIALINQの未来も揺らぐ。

 オレは桐生の目を真っ直ぐに見た。

 「――何とか、形にできませんか」


 緊張が走る整備室。

 すべては、この答えにかかっていた。


 整備室に沈む重苦しい空気の中で、桐生が低く口を開いた。

 「……一つだけ、代案があります。今、急ぎP-02の組み立てを進めているんです」


 彼の声は慎重だった。

 「ただ……うちのメンバーは工作のプロとはいえ数は少ない。しかも小型モーターや精密部品を一つひとつ調整し、工作機械でフィットさせなければならない。まだ量産用に規格化される前のプロトタイプですから、そんなに都合よくは進まないんです。……間に合うかどうかは正直分からない」


 その時だった。

 「私にも……お手伝いさせてください」


 思わず振り返ると、声の主は沙織だった。

 桐生が眉をひそめる。

 「あなたは?」


 オレはすぐに口を開いた。

 「桐生社長、ご紹介します。小松原沙織さん。元々は浪速大学工学部でモーターや精密機械分野を専攻されていました。これまで五井物産に在籍していましたが……もしかするとArchetype Roboticsの方が、彼女の活躍の場にふさわしいのではないかと思い、お連れしたんです」


 桐生は一瞬目を細め、そして短く頷いた。

 「……そうですか。なら、うちの余っている作業着に着替えてください。そのままでは油で汚れてしまいますから」


 それだけを言い残し、彼は作業台に視線を戻した。

 沙織は無言で頷き、与えられた作業着を手に取った。


※※※


 その間に麻里がイーサンへ電話を入れる。

 「P-01用の基幹プログラム、最新バージョンに更新してください。あわせてデモ用の映像データも回して。急ぎでお願い!」

 端末越しに軽口を返しながらも、イーサンは即座に動いてくれるだろう。


 玲奈は繰り返し亜紀へ電話をかけていたが、やはり応答はない。

 「……やっぱり圏外か」

 苛立ちを隠せない声に、オレは肩に手を置いた。


 「どの道、明日が勝負だ。桐生さんたちに全力で組んでもらうしかない。オレと玲奈と麻里は会社に戻ろう。明日の段取りを決める」


 桐生の工房に残るのは、技術者たち、そして沙織。

 オレたちは彼らを信じて、明日の首長会議に向けた準備を整えるしかない。


 (メガソーラー推進派の仕掛けに、真正面から立ち向かう……)


 冷たい夜風が背中を押していた。


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