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第55話:宮本玲奈

 ——盛岡周辺、候補地A・B・C。

 私は何度も条件比較を重ね、頭の中でリスクを組み替えてきた。


 ROIで見ればCが最高だ。だが「水利権・宗教法人所有地」という壁が立ちはだかる以上、合意形成に数年はかかる——そう結論づけていた。


 けれど、その「常識」は、意外にも早々に揺らぐ事になった。


 宗教法人の本部からの返答。

 ——GAIALINQのビジョン、そして一ノ瀬氏の発信してきたメッセージに共感している。だから、むしろ話を聞かせて欲しい。


 信じられなかった。

 「宗教法人ほど保守的な組織はない」——そう思い込んでいた私自身が、思わず赤面するほどの誤解だった。


 ここまで下準備となる交渉を数回行ってきたが、大きな障害も無さそうである事から、いよいよ直也を一緒に先方との合意に向けた最終調整を進める事にしたのだ。


※※※


 東京・四谷。

 宗教法人の事務局が入るビルの会議室に、直也と並んで座っていた。


 厚いカーテン越しに射す午後の光の中、事務局長がゆったりと口を開く。

 「……私どもも、この地熱資源を地域にどう活かすかを長年議論してまいりました。これまでの外資主導の開発提案には慎重な立場を取ってきましたが、GAIALINQの“地元と共に歩む”という姿勢には強く共感しております」


 胸の奥に熱いものが込み上げた。

 (……こんなふうに言っていただけるなんて)


 直也が頷き、冷静に答える。

 「ありがとうございます。私たちは、このプロジェクトを単なる採算事業にはしません。地元と共に未来を築くプラットフォームにします」


 何よりも良かったのは、亜紀さんが並行して進めていた地域住民への根回しが、宗教法人側でも理解されていた事だ。GAIALINQが地域と共に歩もうとする姿勢が着実に評価に繋がっている。


 ――亜紀さんのおかげだ。本当にありがとう。


 そこからの交渉は驚くほどスムーズだった。

 ポイントは「SPVによるオプション契約」。

 まずは地元との合意形成が整うまでは仮契約として保持し、正式な本契約に移行するのはその後。——宗教法人にとっても、地元にとっても納得しやすい道筋だ。


 「その条件であれば、我々も了承できます」

 事務局長の言葉に、会議室の空気が一気に和らぐ。


 私は横に座る直也をちらりと見た。

 真っ直ぐ前を向く彼の横顔に、強い光が差し込んでいた。


事務局長が静かに言葉を継いだ。

 「本契約については、現状の基本的なコンディションを崩すつもりはありません。ただ、いくつかお願いを出す可能性はあります。もっとも、経済条件などの深刻な話ではなく……主に水利権に関する調整が中心になるでしょう」


 私は思わず息を整えた。

 (……経済条件じゃない。つまり、金額面の譲歩を迫られる可能性は低い。なら、調整の範囲で進められる)


 横で直也が頷き、落ち着いた声で応じた。

 「承知しました。水利権に関しては、地域と歩調を合わせながら進める所存です。いずれにせよ、GAIALINQとして周辺のご理解なしに、独断で強行することはいたしません」


 事務局長も満足げに頷いた。

 「ならば結構。大筋でオプション契約を結び、本契約への移行は地元との合意形成が整った段階で、といたしましょう」


 ——決まった。


 胸の奥で熱が広がるのを感じながらも、私は冷静さを崩さないよう努めた。

 「ありがとうございます。私どもも正式契約に向け、準備を進めます」


 こうして、候補C。

 「最も困難」と思われた土地――しかし、GAIALINQのAIデータセンターとしては、最も理想的な土地――での契約が、正式に内定した。


※※※


 会議を終えて四谷のビルを出ると、冷たい冬の風が頬を撫でた。

 私は深呼吸をして、隣を歩く直也に視線を向けた。


 「……思っていた以上に、早かったね」


 直也は笑みを浮かべた。

 「ああ。水利権は確かに面倒だけど、経済条件じゃないのは大きい。これなら五井物産での社内手続きも、時間はかかっても進められるだろう」


 私は小さく頷いた。

 社内稟議、大きな額の投資、法務チェック。

 これからがむしろ長い道のりだ。

 でも——今日、この一歩を踏み出せたことが何より大きい。


 (数字の上で“最良”だったCが、本当に現実の候補地として動き始めた……)


 胸の奥で、静かな誇りが湧き上がっていた。


 「直也。ここまで来れたのは……やっぱりあなたがいたからだよ」

 思わず口からこぼれた言葉に、彼は少し驚いた顔をして、そして笑った。


 「そうじゃない。これは玲奈が頑張ってくれたからだ。……あとは、亜紀が八幡平で地道に地域理解を得られるように動いてくれていた事が大きかった。玲奈からもお礼を言っておかないとな」


 頷きながら、ここから先の道すじをイメージする。

 冷たい風の向こうに、確かな未来の輪郭が見えていた。


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