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第51話:神宮寺麻里

 GAIALINQの属性を考えるとき、一番重要なのは国策的視点だと私は考えている。


 このプロジェクトは――地熱発電とAIデータセンターの融合。日本だけでなく米国の信頼を背負って進める。ならば、技術面と同じくらい、構造として日米双方が支持しやすい枠組みを組み立てなければならない。


 その観点で、私は日本のある一社のスタートアップ・ベンチャーに目を付けていた。


 ――Archetype Roboticsアーキタイプ・ロボティクス


 ファウンダーは桐生岳志。

 元は自動車メーカーの研究開発部門でロボット研究をしていた人物だ。しかし、採算性を理由に開発が打ち切られ、彼は自ら起業の道を選んだ。


 彼の手がけるハードウェアは、汎用人形タイプだが、性能は実に素晴らしい。

 駆動系、関節の自由度、重量バランス、耐環境設計。いずれも工業水準を超え、旅館や観光施設という現場利用にも堪え得る。

 だが――弱点は明確だった。ソフトウェアスタック。とくに対話AIや環境適応制御が未成熟で、実用域に届いていない。


 そこを補完できるのが、DeepFuture AIだ。

 イーサン率いるチームなら、Archetype Roboticsの「頭脳」を一気に高度化させられる。


 だから、私はイーサンにそうした経緯を説明した上で、桐生を招き、3者会議をセッティングした。


※※※


 オンライン会議の画面に並ぶイーサンと桐生が並ぶ。

 イーサンは相変わらず冗談を絶やさないスタンス。桐生は研究者特有の、不器用だが誠実な眼差しでこちらを見ていた。


 「――例えば、御社のハードウェアモデルに、DeepFuture AIのソフトウェアを統合させて頂く事で、日本の特定の産業セクターに最適化したロボットモデル化は充分可能という事で大丈夫でしょか?――特に、日本の地方の旅館での実証実権に耐え得るハードウエア=ロボットモデルを我々は必要としているのです。可能でしょうか?」

 私が口火を切ると、桐生は頷いた。


 「はい。私どもは耐久性が高く、人体同様に“動く身体”を提供可能だと考えています。ただ……二つ課題があります。そのうち一点は御社が得意とするAIによる制御機能の高度化です。これは、仮に御社と業務提携させて頂き、ご支援いただけるなら解決可能だと思います」


 イーサンが口を挟む。

 「オレたちは環境適応AIを加速的に学習させる仕組みを持っている。旅館全体の3Dデジタルツインを構築し、その中でバーチャルなロボットを“仮想的に時間加速”させて稼働させる。数週間で数年分の学習をさせることも可能だと思うよ」


 桐生の目が一瞬輝いた。

 「……それが本当に可能なら、我々のモデルは一気に実用段階へ到達できる可能性がありますね」


 私は桐生に尋ねた。

 「もう一つの課題というのは何でしょうか?」


 桐生は直ぐに口を開く。

 「我々がファブレスカンパニーであるという事です。製造能力に乏しいです。当初の数体でも、全部我々のリソースだけで製造するのは難しい可能性が高い。この点をどう補完するか。製造を委託するにしても、請け負える先があるのかが難しい」


 それを聞いていたイーサンが。

 「麻里。これはもう直也の出番だと思うぞ。資本的に対応する必要があるなら、ウチも協力する用意がある。ただ、製造能力を含めたトータルスキームを構築するのは、もう直也に聞いた方が早い」


私は頷いた。


※※※


 直也に相談するのは早い方がいい。

 そう思った私は、直也の手が空いたタイミングを見計らって素早く捕まえた。


 「直也、ちょっと時間ある?」

 小さな会議室に彼を誘い込み、ノートPCを開く。


 「AIロボティクスの件で相談なんだけど……」


 私はArchetype Roboticsの桐生との打ち合わせ内容をかいつまんで説明した。

 ハードウェア性能の高さ。ソフトウェアスタックの弱さ。DeepFuture AIで補完できる可能性。そしてファブレスゆえの製造課題。


 直也は黙って聞き、ひとつ頷いた。

 「……なるほどな。Archetype Roboticsの桐生岳志か。本庄自動車出身だったよな」


 やはり、彼はすぐに名前に反応する。

 「そう。本庄で研究が打ち切られて、自力で立ち上げた。だからこそハードウェアは本物。AIはDeepFuture AIで補完できても、製造力がない」


 「製造、か」

 直也は腕を組み、しばし考え込む。

 やがて口を開いた。

 「――彩花さんに聞いてみよう。栗田自動車の投資部の意見を拾ってみた方がいいだろう」


 栗田。

 桐生にとっては本庄のライバルにあたる会社だ。

 でも、早速彩花さんを介して接触した栗田自動車の投資部のメンバーは、既に独自の観点からArchetype Roboticsに関心を寄せている事が判明した。


 私は口元を押さえて微笑んだ。

 「……メーカーは、優れたシードプレイヤーを見ているって事ね」


 直也が頷く。

 「Archetypeが設計、栗田が製造、DeepFutureがソフト。GAIALINQが舞台を用意する。……日米双方に示せる理想的な構造になる」


 胸の奥に熱が広がるのを感じた。

 ただのアイディアが、直也の口から「理想的な構造」として言葉になった瞬間、戦略の形が確かに浮かび上がった。


 (そうだ――これなら行ける)


 私たちは視線を交わし、同時に小さく笑った。

 次のステップが、確かに見えた気がした。


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