第50話:宮本玲奈
月曜の午後。
土曜の夜は麻里と散々飲んだ。
でも、それで私は救われた。泣き言を吐いて、互いに傷を見せ合って、それでも「結局は自分を磨くしかない」と確認できた。
開き直る事ができた。
だから今は、不思議なほど気持ちが澄んでいる。
――まずは自分の仕事で自分の存在意義を証明するしかない。
そう、自分に言い聞かせていた。
役員会議室から戻ってきた直也が、私と麻里を小さな会議室に呼んだ。
「一部始終を説明しておく。二人には知っておいてもらいたい」
そう言って、淡々と語ってくれたのは――本部長や統括取締役の動き、沙織の立場、環境省からの正式な推奨、そして社長の最終判断。
「……少なくとも、社内からの、特に再エネ部門のメガソーラー推進部隊からの横槍は一旦は防げたと考えていいだろう」
直也の声は落ち着いていた。けれど、すぐに付け加える。
「ただ、この事は早晩、もともとこの動きを促していた外部の勢力には間違いなく伝わる。そして外部からのオレ、もしくはGAIALINQに対する更なるアプローチとしてエスカレーションするのは必定だろうな。……この件は簡単に解決できないと思う」
私は無意識に手を握りしめていた。
――そうだ。内部は封じられても、外からは必ず押してくる。特に太陽光。あの分野は利権の温床みたいなものだ。
「……私、候補Cの交渉を急ぐね」
静かにそう答えた。私がやるべきは、あの理想的な土地を確保すること。それがGAIALINQの骨格になる。
麻里も頷く。
「私はAIロボティクス活用の検討を進めている。戦略的に考えても、できるだけ国産もしくは米国製をメインに検討しているけれど、実装ソフトウェアについては、イーサンに専門チームを編成してもらう必要があるかも知れない。人手不足の日本の温泉街や旅館をどう支援できるかという観点から、最適なAI実装が不可欠だと思う」
「分かった。二人とも頼りにしてる。任せる」
直也の視線に、胸が少し熱くなる。
(結局、私たちは同じ方向を向いているんだ)
候補Cに向けた準備を進める一方で、私はもう一つの課題を抱えていた。
――再エネ、特に太陽光発電の問題点を、徹底的に整理すること。
稼働率の低さ。
廃棄パネル処理インフラの国内の未整備。
中国メーカーへの依存リスク。
そして米国政権の否定的なスタンス。
一つひとつ、論理的に積み上げれば、GAIALINQが「地熱」に集中する必然性は誰が見ても明らかになる。
私はホワイトボードの前に陣取り、項目を並べ始めた。
「太陽光発電の課題一覧」
ペン先がボードを走る音が、妙に心地よかった。
――外部からの横槍に備えて。
そして、同時並行して候補Cの交渉を進めていかなければならない。
麻里もホワイトボードを見ながら自分のノートパソコンを操作する。
「玲奈。何にしても、やる事があるってのは、やっぱりいいものだよね」
私は笑って返した。
「……そうだね。とにかく先ずはこの太陽光発電についての整理を進めよう」
少しずつだけど、課題に冷静に立ち向かえる自分が戻ってきていた。
ホワイトボードの前に立ち、私は赤と青のマーカーを手に取った。
「太陽光発電」と大きく書いた文字の下に、二つの矢印を引く。
左に《分散型・地産地消型》。
右に《メガソーラー》。
「……全部が悪いわけじゃない」
自分に言い聞かせるように呟き、青のマーカーを走らせる。
《家庭用・屋根置き型》
・災害時の自家発電や停電対応に有効
・昼間の電気代を抑制できる
・既存インフラへの負担が小さい
《中小事業者の自家消費型》
・工場やオフィスの屋根利用で効率的
・補助金やFITに依存せずとも成立可能
・コスト削減+脱炭素対応として意味がある
書きながら、胸の奥に確信が広がっていった。
――そうだ。家庭や地域のレジリエンスを高める、こういう太陽光はむしろ必要なんだ。
そして赤のマーカーを手に取る。
《メガソーラー》と書き、下に大きなバツ印を引いた。
・稼働率が低すぎる
・廃棄パネルの処理体制が未整備
・森林伐採による景観破壊・土砂災害リスク
・中国メーカー依存の構造
・米国政権が否定的立場を強めている
「……問題はここ」
ボードを見上げながら、自然と声に出ていた。
麻里が横で頷く。
「分散型は残す。メガソーラーはNO。はっきり線を引くんだね」
私は笑った。
「そう。GAIALINQはそもそも地熱のみでAIデータセンターを稼働させる。これはもうビジョンそのものだし、さっきの直也の話しでも、この方針は改めて社長にも支持頂けたという事で問題なし。
その上で、“敵にするのは太陽光全部”って思われないようにはするべき。分散型は守るべき価値がある。例えば、AIロボディクスを稼働させる場合には、個々の温泉宿等の電源も地熱でカバーするのが理想的だけど、補完手段として太陽光パネルを設置するのはアリだと思う。……問題なのは――利権にまみれたメガソーラーの方」
赤と青。
ホワイトボードに残された二色のコントラストが、まるで自分の心の整理を映し出しているみたいだった。
「これで行こう」
ペンを置き、深呼吸をひとつ。
外部からの横槍に備えるために。
候補Cの交渉を勝ち切るために。
そして――私の直也を守るために。