↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/108

第39話:試着ファッションショー(一ノ瀬保奈美)

 ……しょうがないなぁ。

 直也さんがあんなふうに店員さんにお願いしちゃったんだから。

 でも、直也さんの「恋人さん」に間違ってくれたから。

 だから試着だけはしてあげよう。


 恐る恐るカーテンを閉め、鏡の前に立った。

 店員さんが用意してくれたハンガーからワンピースを外す。

 生地の光沢が、手に取るだけで分かる。

 ――絶対に、すごいお値段のやつだ。


「……ふぅ」

 制服みたいに袖を通すのとは全然違う。

 肩に触れる布の柔らかさ、身体に沿うライン。

 思わず背筋がしゃんと伸びてしまった。


 カーテンの外から直也さんの声がする。

「どう? 着られた?」


「は、はい……」

 心臓がどくどく鳴る。

 カーテンを少しだけ開けて外を見ると、直也さんが椅子に腰かけて待っていた。


「……じゃ、じゃあ」

 思い切って、カーテンを開いた。


 直也さんの目が、ぱっと大きく開いた。

「すごく似合うじゃないか。いいよ、それ」


 頬が一気に熱くなる。

 褒められるなんて思ってなかったから、どうしていいか分からなくなって、思わず視線を落とした。


 そのとき、周囲にいた店員さんたちが口々に声を上げた。

「まぁ、本当にお綺麗」

「お客様、実は――こちらのお洋服もぜひお試しいただけませんか?」

「最新コレクションでございまして、お客様の雰囲気にぴったりだと思うんです」


 えっ、また?

 両手にいくつも服を抱えて、店員さんたちがカーテンの前に集まってきた。


「え、えっと……」

 こんなの着てたら、すごいお値段になっちゃうに決まってる。

 慌てて直也さんの方を見た。助け舟を求めるように。


 でも直也さんは、逆ににこっと笑って言った。

「いいね。一通り試着させてもらいなさい」


「えええっ!? ちょ、直也さん!」

 思わず声が裏返ってしまった。


 店員さんたちはそのやり取りを楽しんでいるみたいで、にこやかに服を渡してくる。

 ――もうこうなったら、開き直るしかない。


「……わ、分かりました。じゃあ、着てみます」


 再びカーテンを閉め、鏡の前で深呼吸する。

 ドキドキして、手が少し震えていた。

 けれど、新しいワンピースに腕を通すたび、少しずつ心の奥がわくわくしていく。


「似合うかな……いや、きっと似合わない。

 ……でも、直也さんが見てるんだ」

 そんな葛藤を繰り返しながら、私は次々と試着していった。


 そのたびにカーテンを開けると、直也さんがまっすぐにこちらを見てくれる。

「うん、それもいいね。素敵だよ」

「雰囲気が変わって見えるな。すごく似合っているよ」

 ……そんなふうに言ってくれるから、もう頬が熱くなりっぱなしだった。


 次のワンピースに袖を通し、深呼吸してカーテンを開ける。

 すると――直也さんが真剣に、でも優しい眼差しで見つめてくる。


「……いいね。すごく似合ってる」


 その一言で、また胸が熱くなる。

 さっきまで “試着” なんて嫌だと思っていたのに、もう気づけば “見てもらえる” ことが嬉しくて仕方がなくなっていた。


 次の一着に着替えると、今度は周りからも声が上がった。

「わぁ……可愛い!」

「お似合いです!」


 振り返ると、店員さんだけじゃない。買い物に来ていた他のお客さんまで、わたしの試着に見入っている。

 ――えっ、な、何これ。

 もう顔が真っ赤になって、どうすればいいのか分からない。


「さぁ、次はこちらを」

「この色も絶対に映えますよ」


 店員さんたちが次から次へと服を渡してくる。

 ――えぇぇ……!

 でも直也さんが「一通り見てみよう」と言ってくれるから、断ることもできずに、また着替えて出る。


 そのたびに、拍手や歓声が上がる。

「まぁ、本当にモデルさんみたい」

「可愛いわねぇ……」

 完全に “ファッションショー状態” だ。


「な、直也さん……ちょっと、恥ずかしいよ……」

 思わず声を潜めて言うと、直也さんは微笑んで首を振った。

「いいじぁないか。むしろ誇らしいね」


 ――誇らしい……?

 胸の奥で、何か温かいものが膨らんだ。


 結局、十着近く試着しただろうか。

 特に似合っていると店員さんが太鼓判を押し、直也さんも「これだな」と頷いた数着を、そのまま会計することになった。


「えっ、そんな……!」

 慌てて止めようとしたけれど、直也さんはさらりとカードを差し出す。


「こちら“五井物産”のお客様向けのご奉仕価格でお会計させていただきます。

 ……恋人さまのお買い物ですから問題ありません」

 店員さんがそう言って笑顔を向ける。


 ――こ、恋人さま!?

 「いや、あの……義妹で……」と言いかけた直也さんだったけれど、もう完全に流れは止められない。


 周囲のお客さんまで笑顔でこちらを見ていて、わたしはただ俯くしかなかった。

 直也さんは仕方なさそうに苦笑して、「お願いします」と会計を済ませる。


 ――わたしなんかが、こんなに。

 胸の奥が、嬉しいのと恥ずかしいのとでごちゃごちゃになる。


 店員さんたちは最後まで「お似合いでしたよ」と口々に褒めてくれて。

 私は紙袋を抱えながら、直也さんの隣に立つ。


 ――たった数時間で、こんなに “変身” させられちゃうなんて。

 でも、直也さんが選んでくれたんだもの。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。