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第39話:一ノ瀬保奈美

 ……しょうがないなぁ。

 直也さんがあんなふうに店員さんにお願いしちゃったんだから。

 でも、直也さんの「恋人さん」に間違ってくれたから。

 だから試着だけはしてあげよう。


 恐る恐るカーテンを閉め、鏡の前に立った。

 店員さんが用意してくれたハンガーからワンピースを外す。

 生地の光沢が、手に取るだけで分かる。――絶対に、すごいお値段のやつだ。


 「……ふぅ」

 制服みたいに袖を通すのとは全然違う。

 肩に触れる布の柔らかさ、身体に沿うライン。

 思わず背筋がしゃんと伸びてしまった。


 カーテンの外から直也さんの声がする。

 「どう? 着られた?」


 「は、はい……」

 心臓がどくどく鳴る。

 カーテンを少しだけ開けて外を見ると、直也さんが椅子に腰かけて待っていた。


 「……じゃ、じゃあ」

 思い切って、カーテンを開いた。


 直也さんの目が、ぱっと大きく開いた。

 「すごく似合うじゃないか。いいよ、それ」


 頬が一気に熱くなる。

 褒められるなんて思ってなかったから、どうしていいか分からなくなって、思わず視線を落とした。


 そのとき、周囲にいた店員さんたちが口々に声を上げた。

 「まぁ、本当にお綺麗」

 「お客様、実は――こちらのお洋服もぜひお試しいただけませんか?」

 「最新コレクションでして、お客様の雰囲気にぴったりだと思うんです」


 えっ、また?

 両手にいくつも服を抱えて、店員さんたちがカーテンの前に集まってきた。


 「え、えっと……」

 こんなの着てたら、すごいお値段になっちゃうに決まってる。

 慌てて直也さんの方を見た。助け舟を求めるように。


 でも直也さんは、逆ににこっと笑って言った。

 「いいね。一通り試着させてもらいなさい」


 「えええっ!? ちょ、直也さん!」

 思わず声が裏返ってしまった。


 店員さんたちはそのやり取りを楽しんでいるみたいで、にこやかに服を渡してくる。

 ――もうこうなったら、開き直るしかない。


 「……わ、分かりました。じゃあ、着てみます」


 再びカーテンを閉め、鏡の前で深呼吸する。

 ドキドキして、手が少し震えていた。

 けれど、新しいワンピースに腕を通すたび、少しずつ心の奥がわくわくしていく。


 「似合うかな……いや、きっと似合わない……でも、直也さんが見てるんだ」

 そんな葛藤を繰り返しながら、私は次々と試着していった。


 そのたびにカーテンを開けると、直也さんがまっすぐにこちらを見てくれる。

 「うん、それもいいね。素敵だよ」

 「雰囲気が変わって見えるな。すごく合ってる」

 ……そんなふうに言ってくれるから、もう頬が熱くなりっぱなしだった。


 次のワンピースに袖を通し、深呼吸してカーテンを開ける。

 すると――直也さんが真剣に、でも優しい眼差しで見つめてくる。


 「……いいね。すごく似合ってる」


 その一言で、また胸が熱くなる。

 さっきまで“試着”なんて嫌だと思っていたのに、もう気づけば“見てもらえる”ことが嬉しくて仕方がなくなっていた。


 次の一着に着替えると、今度は周りからも声が上がった。

 「わぁ……可愛い!」

 「お似合いです!」


 振り返ると、店員さんだけじゃない。買い物に来ていた他のお客さんまで、わたしの試着に見入っている。

 ――えっ、な、何これ。

 もう顔が真っ赤になって、どうすればいいのか分からない。


 「さぁ、次はこちらを」

 「この色も絶対に映えますよ」


 店員さんたちが次から次へと服を渡してくる。

 ――えぇぇ……!

 でも直也さんが「一通り見てみよう」と言ってくれるから、断ることもできずに、また着替えて出る。


 そのたびに、拍手や歓声が上がる。

 「まぁ、本当にモデルさんみたい」

 「可愛いわねぇ……」

 完全に“ファッションショー状態”だ。


 「な、直也さん……ちょっと、恥ずかしいよ……」

 思わず声を潜めて言うと、直也さんは微笑んで首を振った。

 「いいじぁないか。むしろ誇らしいね」


 ――誇らしい……?

 胸の奥で、何か温かいものが膨らんだ。


 結局、十着近く試着しただろうか。

 特に似合っていると店員さんが太鼓判を押し、直也さんも「これだな」と頷いた数着を、そのまま会計することになった。


 「えっ、そんな……!」

 慌てて止めようとしたけれど、直也さんはさらりとカードを差し出す。


 「こちら“五井物産”のお客様向けのご奉仕価格でお会計させていただきます。……恋人さまのお買い物ですから問題ありません」

 店員さんがそう言って笑顔を向ける。


 ――こ、恋人さま!?

 「いや、あの……義妹で……」と言いかけた直也さんだったけれど、もう完全に流れは止められない。


 周囲のお客さんまで笑顔でこちらを見ていて、わたしはただ俯くしかなかった。

 直也さんは仕方なさそうに苦笑して、「お願いします」と会計を済ませる。


 ――わたしなんかが、こんなに。

 胸の奥が、嬉しいのと恥ずかしいのとでごちゃごちゃになる。


 店員さんたちは最後まで「お似合いでしたよ」と口々に褒めてくれて。

 私は紙袋を抱えながら、直也さんの隣に立つ。


 ――たった数時間で、こんなに“変身”させられちゃうなんて。

 でも、直也さんが選んでくれたんだもの。


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