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第37話:新堂亜紀

 金曜の夜。

 明日は土曜日だが、むしろその方が地元有力者の方には会いやすい。

朝から動く予定だったから、早く寝ようと思っていた。

 その矢先、由佳さんからのチャットのメッセージが届いた。


 《ちょっと面白いものが撮れたから、見てみて》


 添付されていたのは動画ファイル。

 軽い気持ちで再生してみた――けれど、数秒後には息が止まりそうになった。


 「……何、これ」


 画面に映っていたのは、直也と……小松原沙織。

 テーブルを挟んで、あの女が――ベタベタ、ベタベタと直也くんに触れている。

 腕に、肩に、まるで恋人みたいに。

 見れば見るほどイライラが止まらない。


 ――直也くん、どういう事なの?


 更に衝撃は続く。

 そこへ突然、謎の美女が登場する。

 凛とした立ち姿、目を奪われるほどの存在感。


 「直也さん、こないだデートの約束ドタキャンしたクセに、何? ヒドいなぁ〜」


 ……は?

 ――デート? 誰なの、この女!


 動画を見ているうちに、スマホを握る手が震えていた。


 直也くんは驚きつつも、落ち着いた顔をしている。

 その一方で、小松原沙織は一瞬で顔色を失い、掠れた声で「……『凍結遥』」と呟いていた。

 “凍結遥”? 

この女性は環境省の官僚のようだ。

 そんな人物が、よりによって直也くんと……。


 沙織は中座して、そのまま逃げるように去っていく。

 その後、この環境省の遥という女が直也に身を寄せ、親しげに囁いた。


 「こんな感じで如何でしたか? 直也さん」


 ……何、その台詞!?

 思わずスマホを落としそうになった。


 だが動画は続く。

 舞台は別のテーブル。そこには――彩花さん。

 由佳さんと一緒にこの状況を見ていたという事だろうか。


 気づけば直也くんの横に玲奈と麻里まで映っていて、一堂に会している。

 由佳さんと彩花さんが愉快そうに笑いながら、「演技上手だったね」「修羅場みたいだった」と遥を評している。


 けれど遥は平然と答える。

 「半分は演技。でも、半分は本音です」


 ……本音!?

 玲奈も麻里も顔色を失っている。

 唐突に現れて何を言っているの?


 更に止めを刺すように、遥はグラスを指でなぞりながら口にした。

「省内調整、かなり大変でしたけど……実は未消化になっている予算があるので、なんとか使えそうです。具体化に向けて、打ち合わせ進めましょう。

――今回、かなり頑張りましたから。……せめて、デートくらいはしてもらわないと」


 「え?」と直也くんが裏返った声を出し、

 「はぁ!?」と玲奈と麻里が同時に絶叫する。


 由佳さんと彩花さんは楽しげに肩を揺らし、完全に茶化していた。

 でも私には笑えない。


 再エネ部門とあからさまに対立関係となることを回避し、

 一方でメガソーラーをGAIALINQが取り込まさせられないようにする。

 そのための環境省官僚との協力関係という構図は理解できる。

 直也くんならそのくらい考えるだろう。


 ――でも、その協力の見返りにデートしろって事?


 「ふざけないで……」

 思わず声に出していた。夜の静かな部屋に、自分の怒りが反響した。


 スマホを握りしめながら、私は心の中で固く誓っていた。

 ――私は、八幡平で直也くんの代理を成し遂げて、認めてもらうんだ。


※※※


 土曜の朝。

 まだ山の空気は冷たく、吐く息が白い。

 加納屋の玄関前でスーツの上着を整えながら、私は深く息を吸い込んだ。


 ――今日が勝負。


 千鶴さんが傍らに立ち、優しい眼差しを向けてくれる。

 「大丈夫。私も一緒になってお願いをしますから」

 その一言に、胸の奥の緊張が少し和らぐ。


 加納屋にある集会用の大座敷に、地元の有力者たちが並んでいた。

 農協の理事、観光組合の会長、温泉街の宿主たち。

 初めて会ったときは、彼らの視線は冷ややかだったが、もう今日は違う。

 私の隣に、千鶴さんが一緒に並んでいてくれる。

 「加納屋の元女将」として地域に顔の利く人が共に頭を下げてくれることで、場の空気はぐっと和らいでいた。


 「この加納屋を、五井物産の福利厚生施設として再活用させていただき、同時に地域の温泉街全体の賑わいに繋げたいのです。その代わり、八幡平の地熱発電プラントを活用させていただきたいのです。そうする事で、少ない人手でも運営可能な、これからの温泉旅館のモデルケースを作らせていただきたいのです」


 私は一人一人を見渡し、ゆっくりと言葉を重ねた。


 「ただ私たちだけでは限界があります。皆さまのお知恵を借り、連携してこそ初めて成り立つ計画です」


 反応は――やはり慎重だった。

 「結局、大企業の箱モノじゃないのかね」

 「都会の人はすぐ来て、すぐ飽きて帰るし、上手くいかなけりゃ、さっさと撤退するんでないか?」

 そんな言葉も聞こえる。


 だが、逃げるわけにはいかない。

 「私は、ここ数日ずっとここ加納屋に泊めていただき、週末もこうやって皆さまと共に時間を過ごします」

 言葉に力を込めた。

 「机上の計画ではなく、現場で実際にお会いして、私どもの考え、プランについてご理解をいただきながら、本当に実効性がある方向をご一緒に見つけていく。それが、GAIALINQプロジェクトの責任者――一ノ瀬直也から託された私の役目なのです」


 ざわめきが一瞬、止まった。

 直也くんの名を出すことは賭けだったが、それでも私は彼の“代理”として立っている。隠す理由はない。


 沈黙を破ったのは、観光組合の会長だった。

 「……千鶴ちゃんは賛成しているって事なんだね?」

 千鶴さんが静かに頭を下げる。

 「加納屋を残すことは、私の願いでもあります。どうか、この子に力を貸してやってください。地熱発電プラントの能力を拡大して、AIデータセンターを設置し、そのAIを活用して地域の人手不足を補うというのは、今のこの八幡平のように過疎化がすすむ地域にとって、最も必要なプランなのではないでしょうか」


 女将としての顔を持っていた彼女が、共に頭を下げているのだ。

 利用者の減少があったにしても、加納屋を廃業した一番の理由は人手不足だった。

 その彼女が主張するAIロボティクスの活用による地域振興。

 その説得力が、場の空気を決定的に変えた。


 「……まあ、千鶴ちゃんがそこまで言うなら」

 「とりあえず、一緒に協力してみてもいいかもしれん」

 ぽつり、ぽつりと賛同の声が上がる。


 胸の奥で、張り詰めていたものがふっと緩んだ。

 ――伝わった。少なくとも、第一歩は踏み出せた。


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