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プロローグ3:宮本玲奈

 GAIALINQフロアに満ちる喧騒を眺めながら、私は唇を強く噛んだ。

 昼休み。普通なら彼に温かいコーヒーでも差し入れて、少し休ませてあげられるはずの時間。

 でも今日は違う。

 直也のデスクの前には長蛇の列。『ニューズデイズ』を握りしめた女子社員たちが、まるで熱狂的なファンのように群がっていた。


 「すごい……実物の方がさらにカッコいい」

 「え、彼女いるのかな? さすがにいるよね? でも記事には一切触れてなかったし……ワンチャンないかな?」

 「このサイン、宝物にする!」


 笑い声、黄色い声、熱のこもった囁き。

 その一つ一つが、耳を刺す。

 ワンチャンなんかある訳ないだろ!


 ――バカげてる。直也はアイドルじゃない。世界を背負うプロジェクトリーダーなのに。


 それでも、胸の奥に広がるのは理屈ではなかった。

 ズキリとした嫉妬。

 直也が、誰かに奪われてしまうのではないかという焦燥。

 私は冷静でいなければならないと頭では理解している。けれど、理性だけでは押さえきれない感情がある。


 さらには、亜紀さんの声が響く。

「私にはサインなんていらないわ。その代わりに……デートして欲しいなぁ」


 ……冗談じゃない。

 どうしてこんな時に、堂々とそんなことを口にできるの。

 でも、腹が立つと同時に、心の奥でわかってしまう。

 ――本当は私も、そうしなければいけない。


 私はこれまで、直也を「仕事で支える」ことで隣に立とうとしてきた。

 冷静で、理知的で、頼れるパートナー。

 けれど、それだけでは足りない。

 世界に選ばれる彼を、このまま黙って周囲に持っていかれてしまうのは耐えられない。

 私は――直也を奪い返したい。誰のものでもなく、私の隣に居てもらいたい。


 視線をスケジュールボードに移す。

 今週金曜日。予定欄が不自然に空白になっている。

 有給でもない。出張でもない。なのにホールドされている。


 私はサインを求める社員たちを押しのけるように直也のデスクへ歩み寄った。

「直也、その金曜日の予定……何?」


 彼はペンを動かしながら、ほんの一瞬だけ私を見た。

「……お忍びで盛岡近辺を視察する予定だ」


 やっぱり。直感が正しかった。

「なら、私も一緒に行く」


 直也は苦笑して首を横に振った。

「玲奈が一緒だと“お忍び”にならないだろ」


 胸が締め付けられる。

 でも、私はもう引き下がらない。

 「……じゃあ、次の休みは絶対に私と過ごして。これは譲れないから」


 直也の手が止まる。

 ほんの一瞬、困惑した顔。それを見逃さず、私は心の中でつぶやいた。

 ――その顔。私だけのものにする。

 私はもう、仕事の盾でいるだけじゃ満足できない。

 世界が欲しがる直也を、私は必ず奪い返す。


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