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第30話:一ノ瀬直也

 昼前、デスクに置いたスマホが震えた。

 差出人は――小松原沙織。五井物産・再生可能エネルギー部門の主任、そして亜紀の同期。社内年次的には、オレより二つ上の先輩にあたる。


 《直也さん、今日お時間あればランチご一緒しませんか?》


 その一文を見た瞬間、眉がわずかに動いた。

 ……来たか。


 GAIALINQは今、社内外の視線を一身に集めている。米国JVは「ザ・ガイザース」の近接地で複数の候補を確保しつつあり、日本側のプロジェクトは地熱発電とAIデータセンターを軸にした“象徴的なフラッグシップ案件”として動いている。


 ――当然、黙って見ていられる者ばかりじゃない。


 五井物産の再エネ部門は、海外――特に米国や東南アジアでメガソーラー案件を大規模に展開してきた。数千億単位の投資を動かし、その成果を「再エネ=太陽光」として社内の看板にしてきた連中だ。彼らから見れば、GAIALINQのような巨大案件に「自分たちの商材をマージできない」のは、看板を外されるに等しい。


 それは分かる。彼らの論理としては正しい。

 だが――。


 オレたちが見据えているのは、単なる電源の寄せ集めではない。

 AIデータセンターと直結する「地熱」という安定電源、これを核に据えなければGAIALINQの思想性そのものがブレてしまう。GAIALINQは、今後核融合発電プラントが実用化される未来においても、引き続き活用され続けるだけのパフォーマンスが期待できるという観点から、地熱発電の活用や能力の拡張を考えているのだ。メガソーラーはオレの評価としては所詮は一過性の代替手段に過ぎない。しかも短期的な収益を餌にして、構造全体が歪められている電源だ。


そんなものでGAIALINQのビジョンを汚染させる訳にはいかない。


 ……とはいえ。


 ここで真正面から拒絶すれば、社内の権力闘争を即座に表面化させることになる。敵と味方を早々に線引きしてしまえば、得られるはずの中間層の支持すら失う。


 まだ時期尚早だ。

 “柔らかく、曖昧に”。――それが今の最適解。


 オレは画面に短く打ち込んだ。

 《分かりました。少しなら》


 ***


 昼の席。

 社内近くのフレンチビストロ。沙織は終始、にこやかに、だが妙に距離が近い。廊下を並んで歩くとき、当然のようにオレの腕を軽くつかんできたりする。


 「やっぱり“世代を代表するスター”は違うなぁ」

 そんな言葉を、笑い混じりで投げかけてくる。


 返答に困る。

 年次上の先輩だから無下にはできない。だが、こうして馴れ馴れしく触れられるのは――正直、好ましいとは言えなかった。


 その瞬間、横のテーブルで偶然居合わせた亜紀の姿が目に入った。

 氷のような視線が、真正面からこちらに突き刺さる。


 ……ああ、これはまずい。


 午後、フロアに戻れば、玲奈が「何のご用件でしたか?」と静かに尋ねてきた。

 口調は冷静でも、表情にはうっすらと影が落ちていた。


 麻里は何も言わなかった。ただ、その沈黙の奥に苛立ちを隠しきれないのが、痛いほど伝わってきた。


 ――やれやれ。

 火種は、こうして勝手に増えていく。


 ***


 午後の打ち合わせが終わるころ、再びスマホが震えた。

 差出人は、また沙織。


 《直也さん。今週末、金曜の夜にもう一度、会食しませんか? きっと有意義なお話ができると思います》


 ……あからさまな“聞こえよがし”だ。

 周囲に見せつけることまで計算に入れた誘い方。背後に再エネ部門の影が透けて見える。


 しばらく画面を眺め、オレは短く返した。

 《調整してみます》


 あくまで曖昧に。肯定も否定もせず。

 今はまだ、正面衝突の準備が整っていない。


 だが、頭の片隅では確信していた。


 ――これはいずれ避けられない正面戦になる。

 その時までに、すべての布石を整えておかなければならない。


 GAIALINQは、地熱発電とAIデータセンターを軸とする「未来の社会基盤」だ。

 そこに“短期利益だけを求める論理”を持ち込まれるわけにはいかない。


 オレは柔らかな笑顔の裏で、腹を括っていた。


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