第29話:神宮寺麻里
「直也。私は何をすれば一番あなたを助けられるの? 何でもいい。指示して」
気づけば、私はそう口にしていた。
場の空気が張り詰めていることも、亜紀や玲奈の視線が集まっていることも分かっていた。それでも――どうしても言わずにはいられなかった。
直也は少しだけ目を細め、落ち着いた声で応えた。
「ありがとう、麻里。……二つ、お願いしたい」
真剣な眼差し。その光を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
一つ目は、亜紀が進める福利厚生施設化する加納屋での展開に関わるものだった。
「AI実証の具体化だ。配膳・清掃・見守りロボを『社会実証』として投入する。補助金申請も絡める必要がある。これはイーサンに相談するだけじゃなく、ロボティクス事業者の最新動向を踏まえて迅速に意思決定することが必要だ。麻里に、その全般をサポートしてほしい。但し、これもコストだけで安易に判断するのは避けて欲しい」
私は即座に頷いた。
――分かってる。これは私には適任と言えるだろう。
そして、直也は続けた。
「もう一つは……玲奈のサポートだ。再生エネルギーの実態を正確に整理する手伝いをしてほしい。DeepFuture AIの日本法人代表としての立場は最大限尊重する。ただ、今回は、相手が相手だけにオレにも余裕はない。可能な範囲で構わないので、助けてもらいたい」
言葉は淡々としていたけれど、重みがあった。
私は迷いなく答えた。
「分かっている。……全部了解したわ」
そう言ってから、玲奈に視線を向けた。
「玲奈。なんでも言って。全力でサポートする」
玲奈は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。
「……ありがとう、麻里。なるべく具体的にお願いするようにするので……助けて」
「もちろん」
短いやり取り。けれど、確かに絆が強く結ばれたのを感じた。
会議室のドアを開けて外に出た瞬間――視線が合った。
廊下で待っていたのは、莉子だった。
「直也くん。……何かあったでしょ?」
真剣な表情。いつもの舞台の顔ではなく、仲間としての“RICO”の眼差しだった。
「私は何をすればいいの?」
まっすぐな問いかけに、私も思わず足を止めた。
直也は苦笑いを浮かべ、わずかに首を振った。
「RICOにしかできない事での頼み事はある。……でも、まだ整理できてない。あとでちゃんと整理した上で伝えるから、待っていてくれ」
莉子は少し不満そうに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、その沈黙の奥には――“信じている”という意思が見えた。
その空気を破ったのは、亜紀だった。
「直也くん」
声色が、さっき会議室で聞いたとき以上に張りつめている。
「私は直也くんの代理として頑張る。絶対に期待に応える。でも……」
言葉が少し途切れた後、亜紀はまっすぐに直也を見た。
「ちゃんと期待に応えたら、一度ちゃんとデートして欲しい。……あと、もう『亜紀さん』なんて言わないと約束して。『亜紀』でいい。命令でいい。なんでも言うことをきくから。だから、それを約束して」
――え?
思わず息をのんだ。
私も玲奈も、咄嗟に言葉を失った。
頭の中には言いたいことが渦巻いた。ズルい、とか、何を言ってるの、とか。けれど……声にはならなかった。
直也は、一瞬目を細めて、静かに頷いた。
「……分かりました。……“亜紀”頼む」
その瞬間、亜紀の顔に浮かんだ表情は、私の胸をざわつかせた。
誇らしさ、喜び、安堵――いくつもの感情が入り混じっていた。
私は唇を噛みしめ、何も言わなかった。
玲奈も黙っていた。
――直也の一言で、すべてが動く。
それを改めて思い知らされた。