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第27話:新堂亜紀

 水曜日の朝だった。

 私の執務スペースに、思いがけない顔がやってきた。


 「おはよう、亜紀。ねぇ、こちらの“世代を代表するスターさん”と一度会食をセッティングしてもらえないかしら」


 軽く笑みを浮かべながら言ってきたのは――小松原沙織。

 五井物産の「再生可能エネルギー」部門にいる同期だ。学生時代から才覚があるのは認めるけれど、部署が違えば交流もほとんどなかった。


 ……にもかかわらず、この馴れ馴れしい物言い。


 「世代を代表するスター、ねぇ」

 私は意識的に声を低くして答えた。

 「要件詳細も知らずに予定を入れるわけにはいかないわよ。直也くんは多忙なのだから」


 沙織は目を細め、意味深に笑った。

 「そう? でも、スターの直也さんは――多分、全然違うことを言うと思うわ」


 それだけ言い残して、自分の部署へ戻っていった。


 ――嫌な予感がした。

 胸の奥に小さなアラートが点灯する。

 これは……裏で何か動いている。


 机に戻ると、私はすぐに携帯を取り上げた。

 資源セクターで顔が広い同期、佐伯くんに連絡を入れる。


 「佐伯くん。今、時間ある?」

 「お、亜紀ちゃんか。珍しいな。デートの誘いじゃないのか?」

 「馬鹿言わないで。真面目な話よ」


 佐伯は女好きで軽口ばかり叩くし、ちょっとスケベなところがあるけれど、肝心なときには頼れる同期だ。

 しかもGAIALINQプロジェクトをずっと支えてくれている理解者でもある。


 「今朝、いきなり同期の小松原沙織が来たんだけど。何か嫌な感じがするの。何か思い当たる節がない?」


 「うーん。……そういえば、数日前にね……」

 佐伯の声が少し低くなった。

 「提携先の中国企業と、メガソーラーを導入している関西圏の知事、それにウチの再エネ部門のトップが一緒に会食してたらしいよ」


 「――!」


 背筋に冷たいものが走る。

 再エネ部門、中国、地方自治体の首長。

 これが意味するところは、一つしかない。


 「ありがとう。十分よ」

 電話を切ると同時に、私はデスクに手を置いた。


 これは……さすがにスルーはできない。

 GAIALINQに真っ向からぶつけてくる動きだ。


 ――玲奈と麻里に、すぐ共有しなければ。


 私はすぐに玲奈と麻里を会議室に呼んだ。

 ドアを閉め、三人だけの空間で口を開く。


 「どうやら――ウチの再エネ部門が、GAIALINQに仕掛けてくる可能性が高いわ」


 「……ウチの?」

 麻里が目を丸くした。

 玲奈は顎に手を添え、すぐに言葉を継ぐ。


 「つまり、五井物産の再エネセクションが、中国系資本、あるいは、中国の国策にとって都合の良い方向性に沿って動いている……そういうことですか?」


 私は頷いた。

 「ええ。数日前に、メガソーラー設置県知事と中国の提携企業、それにウチの再エネ部門のトップが会食していたらしいの」


 「……やっぱり」

 玲奈の声は低く、既に合点がいった様子だったが、もうその言葉には怒りがこもっている。

 だが麻里はまだ腑に落ちていない表情で、眉をひそめる。


 「ちょっと待って。どういうこと? 太陽光発電って、そもそも、そんなに悪いものじゃないんじゃないの?」


 私は深く息を吐いてから、二人を見回した。

 「構造を整理するわね」


 「今や太陽光パネルの世界シェアの8割以上は中国が握っているの。原料のシリコン精製から、セル、モジュールまで。ほぼ全工程が中国企業に依存している状況よ」


 麻里の目が大きくなった。

 「そんなに……?」


 「ええ。そして“メガソーラー”は、一見するとクリーンエネルギー事業に見えるけど、実態は違う。発電効率は土地の広さに依存するから、日本だと山林や農地を切り開いて設置する。環境破壊を招くうえに、日本の場合、出力は天候次第で不安定。しかも発電した電気はFIT(固定価格買取制度)で電力会社に高値で売れるから、事業者は“設置すれば儲かる”仕組みになってるの」


 玲奈が頷いた。

 「つまり、地域の生活インフラとしての、本当の意味での、持続性と実効性が全然ないんですよ」


 「その通り」

 私は言葉を強めた。

 「だから、最初に利益を得るのは設置事業者と、パネルを輸出してくる中国企業。土地を貸した地方の地主も短期的には収入になるけれど……20年後、30年後に廃棄される大量のパネルの処理コストは、結局日本の地域社会に押し付けられることになる」


 「はぁ――!」

 麻里が息を呑んだ。


 「そのうえ、パネルの生産過程では中国の各自治区の少数民族による強制労働問題も指摘されている。だから欧米の一部では輸入規制の動きもある。でも日本は遅れていて……そこに“親中派”の政治家や官僚が食い込んでくる」


 私は指を組んで、静かに言い切った。

 「要するに、中国が主導する“メガソーラービジネス”は、日本のエネルギー安全保障を弱体化させる危険性が高いのよ」


 麻里は椅子に沈み込み、目を伏せた。

 「……そんなからくりがあったなんて」


 玲奈が小さく息を吐く。

 「亜紀さんが言った通り。これはGAIALINQに対する“仕掛け”に違いないですね」


 私は二人を見据えた。

 「GAIALINQの地熱発電・データセンター構想にぶつける形で、“メガソーラーとのハイブリッド案”が提示される可能性がある。……私たちは、早く直也くんに報告しなきゃならない。……直也くんをなんとしても守らないと」


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