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第20話:佐川直美

――やっぱり、直也くんは別格だ。


 週末、加納屋をベースにしたプランの資料を受け取り、メールでやり取りをしていた。

 けれど、こうして月曜の定例Mtgで彼が見せた進捗には、ただただ仰天するしかなかった。

 神速という言葉は比喩ではない。本当に、あの人は常識の何歩も先を走っている。


 その空気を破ったのは、亜紀さんだった。

 「一点だけ確認します。……その、加納屋という旅館のご理解は得られているのですか?」


 私は迷わず答えた。

 「加納屋は、廃業されて間もない老舗旅館なんです。週末に直也くんが実際に泊まって、充分に再活用可能と判断されたのだと思います」


 それだけではまだ足りないと思い、少し微笑みを添えて言葉を重ねた。

 「加納屋の元女将――千鶴さんは、私も昔から顔なじみなんですが……ええ、大層直也くんのことを気に入っていらっしゃいましたから。大丈夫だと思いますよ」


 その瞬間だった。

 「……またか」

 亜紀さんが低くつぶやいた。


 「まただね……」

 玲奈さんが眉を寄せて吐き出すように言う。


 「なんでまた……」

 麻里さんまでが、重たい声で言葉を落とした。


 ――沈黙。

 会議室に漂う空気が、一気に冷えた気がした。


 私は思わず背筋を正した。

 そう、やっぱり。直也くんは別格なんだ。

 仕事の速さも、ビジョンの深さも、そして……人を惹きつける力も。


 直也くんは、すぐさま次の指示を出した。

 「玲奈。以前提示してもらったデータセンター建設候補地――A候補とC候補について、状況を教えて欲しい」


 玲奈さんは一瞬、慌てたように目を瞬かせた。

 「えっ……それはまだ、早いのでは?」


 直也くんは、静かに首を振った。

 「地元理解が得られるかどうかは、当然まだ予断を許さないのは事実だ。その一方で、特に理想的なC候補が、もし交渉を進められる可能性があるなら、優先交渉権やオプション契約でSPV名義で抑えておくこともできる。合意形成が整った段階で本契約に移行する、という前提で話を進められないか。……もう少し突っ込んで確認してもいいんじゃないかな?」


 玲奈さんは目を伏せ、小さく息を吐いた。

 「……ごめんなさい。そこまで気がまわっていなくて」


 その言葉に、直也くんはにこりと笑ってみせた。

 「全然気にしないでいいよ。玲奈がいつも一生懸命取り組んでくれているのは、オレは分かっているから。ただ――そろそろ一度、候補地のコンディションは確認しておいて欲しいと思っただけだ」


 穏やかな口調。責めるでもなく、ただ前を見据えるような言い方だった。

 それでも、会議室の空気は一気に張りつめた。


 ――ピリッ。


 亜紀さんも、玲奈さんも、麻里さんも。

 それぞれが気を引き締める気配をまとった。


 私はその様子を横目に見ながら、心の奥でひとり頷いていた。

 やっぱり、この人はただ優しいだけじゃない。

 本当に大切な場面では、具体的な指示を的確に出せるのだ。

 だからこそ、誰もが――彼に惹きつけられてしまうのだ。


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