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第18話:神宮寺麻里

 正直、私も――完全にカチンときていた。

 「直也くん」だの、「週末にすり合わせ」だの。あんな言い方、あんな態度。

 胸の奥でじりじりと火が燃え広がっていく。


 けれど、その炎を必死で抑え込んだ。

 ――駄目だ。私はもう直也を疑わない。信じ切ると決めたのだから。

 あの惨めな過ちを、二度と繰り返してはいけない。


 深呼吸をして、声を整える。

 「直也。このプランは、目先のもののようだけど……最終的なビジョンは、何かあるの?」


 彼は静かにこちらを見て、頷いた。

 「うん。それも――直美さんから説明してもらった方がいいだろう」


 その一言で、再び私の胸がざわついた。

 どうして、直美に?

 なぜ私たちではなく、彼女にその役を任せるの?


 横で亜紀さんが小さく歯噛みし、玲奈の瞳が冷たく光る。

 私自身も同じだった。悔しさと苛立ちで、心が千々に乱れている。


 けれど――。

 信じると決めたのだ。

 私は膝の上で指を組み、直也の横顔をじっと見つめながら、自分を制御した。


 直美は自信に満ちた表情で口を開いた。

 「“プラチナタウン構想”。それは、ただの福利厚生拠点では終わりません。

 医療リハビリ観光で外部需要を取り込み、地域高齢者向けの施設で地元の安心を支え、五井物産の福利厚生施設として稼働率を安定させる。さらに、皆さんがサンタローザで実際に見学されたホスピスを参考にした米国型ホスピス設置を組み合わせて、“人の尊厳を守る街づくり”に進化させていくというものです」


 その声は澄んでいて、迷いがなかった。

 そして内容は――直也らしい。現実に足をつけた上で、未来を射抜くような高貴な思想性を宿している。


 だからこそ、余計に許せなかった。

 どうして、その直也のビジョンを、彼女の口から聞かされなければならないのか。


 亜紀、玲奈、そして私。

 3人とも同じ思いを抱きながら、机の下でそれぞれの感情を必死に噛み殺していた。


 直美が涼しい顔で「プラチナタウン構想」を語るたびに、亜紀さんの瞳が鋭く光り、玲奈は無言でペンを握りしめる。

 そして私自身も、胸の奥がじりじりと焼けるように熱くなっていた。


 直也を信じる――そう心に言い聞かせてきた。

 でも、彼の言葉を別の女性の口から聞かされ続ける屈辱は、さすがに耐えがたい。


 「直也……」

 今にも声を荒らげそうになった瞬間だった。


 彼が静かに手を挙げ、場を制した。

 「最新の状況を共有させてください」


 その声音は穏やかで、しかし一切の反論を許さない力が宿っていた。


 「日曜日のうちに、社長に直接電話をしました。『福利厚生枠』での予算については、口頭で事実上の承認を得ています」


 ――会議室が凍りついた。


 「えっ……社長に、直に連絡したの?」

 亜紀さんが驚愕の声を上げる。


 直也はいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

 「ええ。だって、オレのレポーティングラインは社長ですから」


 さらりと言い放つその姿に、私も息をのんだ。


 「さらに――加納屋の改修については、社長の口利きで五井不動産の建設部門と連携することになりました。最短で対応いただける予定です」


 「……!」

 直美の瞳が大きく揺れる。慎一も言葉を失ったまま固まっている。


 「ちょっと待ってください。つまり……金曜の出張で得た結果を、日曜日の時点でもう仕事に落とし込んでいたってことですか?」

 直美の震える声に、直也は静かに頷いた。


 「そうです。このスピードで動かないと、米国JVの進捗を凌駕できませんからね」


 涼しい顔。その一言で、会議室の誰もが黙り込んだ。

 亜紀さんも、玲奈も、私も。

 燃え上がりかけた嫉妬と苛立ちは、不思議なことに少しだけ霧散していた。


 ――やっぱり、直也は特別だ。

 私たちが感情をぶつけ合う間に、この人はもう一歩先を進んでいる。


 少しだけ、鬱憤が晴れたような気がした。

 だけど胸の奥ではまだ、小さな棘がちくりと疼いていた。


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