第16話:新堂亜紀
月曜の朝、まだ外が白んでいる時間。
GAIALINQの週次進捗ミーティングは、いつも通りに始まった。
大きなスクリーンの向こうで、マイクが満足げに報告する。
「ザ・ガイザース近接エリアに複数の候補地を発見した。地熱利用の条件も良好だ。今後のPoC展開には理想的だと考える」
自信満々。――まるで「アメリカは順調だ」と誇示しているみたい。
一方、日本JV側の報告は、重苦しい空気で始まった。
高村慎一が仏頂面のまま口を開いた。
「……日本側については、地元温泉街の理解を得るための交渉で停滞が続いています。進捗はほぼ横ばいです」
画面の向こうで、マイクが肩をすくめる。
「You started earlier, but Japan side is moving in slow motion.(日本は早くスタートしたクセに、実にスローモーションだな)」
その皮肉に、慎一の顔が真っ赤になる。
「何だと……!」
そして、矛先は直也さんへと向かった。
「COOがニューズデイズで賛美されるのは大変結構ですが、現実問題として進まないものは進みませんよ!」
――カチン、と音がした気がした。
思わず立ち上がりかける。
「慎一さん、それは――!」
だが、直也さんが手で制した。
「亜紀さん」
短く、静かに。
私はぐっと唇を噛み、椅子に沈んだ。
直也さんは穏やかな声で答えた。
「米国での調整やSPV設置、フェリシテ事件の対応も重なって……なかなか八幡平の現状を把握するのが遅れてしまいました。本当に申し訳ありません」
謝罪。
その一言で、会議室の空気が一気に変わった。
慎一も、さすがに言い過ぎたと思ったのだろう。
「……いや、つい、言い過ぎました」
少し頭を下げた。
その時だった。
「でも直也くんは、週末に八幡平視察を終えていますよ」
さらりと差し込まれた一言。声の主は佐川直美。
「……は?」
頭が真っ白になった。
「あなたね、COOに対して『直也くん』って、どういう言い草なの?」
私の声が鋭く跳ねた。
直美は平然とした顔で答える。
「え? でも直也くんから『直也くん』呼びでOKいただいていますけど」
――何ですって?
私の中でカチンときた。
「は? どういうことよ、それ」
私の声と、隣で玲奈の声が同時に響いた。
「Hey, hey, don’t fight over him like a lover’s quarrel.(おいおい、痴話喧嘩は困るぜ)」
マイクが茶化すように笑った瞬間――。
「Shut up!!(黙って!)」
私は英語で怒鳴り返していた。
会議室に静寂が落ちる。
心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響いていた。
「ねぇ、直也くん。どういう事なの?」
思わず声が震えた。
けれど、直美は一歩も引かない。
「ご自身は『直也くん』呼ばわりOKで、私だけダメっておかしくないですか?」
その冷静な言い方に、余計に血が逆流する。
さらに彼女は、さらりと続けた。
「それに――週末に直也くんと八幡平で視察を行った上で、なぜ岩手側の温泉街が協力的でないのか、概ね正確に把握できたと思いますけど」
勝ち誇ったような声音。
――またカチン、と胸の奥で何かが鳴った。
横を見ると、玲奈も麻里も同じように眉間に皺を寄せている。
「……」
この場でなければ、三人そろって詰め寄っていたに違いない。
「ねぇ、直也くん。ちゃんと、私に分かるように説明して」
気づけばそう言っていた。
直也くんは少しだけ目を伏せ、それから落ち着いた声で頷いた。
「分かりました。ただ――まずはこの定例Mtgを最後までやりきりましょう。その上で、日本JVの件は個別Mtgを設定して、そこで全部説明します」
――冷静。
どんなに場が荒れても、絶対に感情を乱さない。
やっぱり、この人は「COO」なんだ。
「So, Mike. Please send me the data of the U.S. candidate sites right away. I want them directly connected to geothermal plants, to embody the philosophy of this project.(マイク、米国側の複数候補地のデータは直ぐに送ってほしい。地熱発電プラントと直結可能にして、このプロジェクトの思想性を体現させたいと思う。マイク頼むよ)」
すぐに画面の向こうでマイクが笑った。
「You got it, boss!(分かっているよ、ボス!)」
その軽い調子が逆に、空気を一気に緩めた。
会議はここで区切りとなり、定例Mtgはいったん終了。
だが、日本JVとの個別Mtgがこの後に控えている。
胸の奥でくすぶる怒りと不安は、まるで火種のように残ったままだった。