第13話:一ノ瀬直也
新幹線の座席に深く腰を沈める。
盛岡でわざわざお店を探して買った土産袋が足元にある。義妹への小さなブローチと、本社のプロジェクトメンバーへの菓子折り。とりあえず、こういう事は大切だ。
窓の外を流れる雪景色を眺めながら、頭の中では次のステップを組み立てていた。
――最速でやるには、どうすべきか。
まずは加納屋だ。福利厚生の「試験運用拠点」として使う。これなら厚労省の重たい認可プロセスを避けられる。総合商社の社員OB・現役社員を対象に「週末保養施設」として始めれば、初期投資は最小限で済むし、稼働率もある程度は読める。ここでの決断を社内に早く通すのが、最初のクリティカルパスだ。
次に、リニューアル。耐震と消防、浴場衛生。最低限の法的基準を満たせば半年以内に動けるはずだ。改修が遅れたら、そのまま全部が後ろ倒しになる。ここをどうやって速やかにクリアするか――やはり本社の不動産部門に話を通して、最短工期の工事チームを引っ張ってくる必要がある。
運営は千鶴さんを女将として前面に立て、地元の人材をできるだけ巻き込む。足りない部分はAI実証で補う。配膳ボット、清掃ロボ、見守りシステム……これを「福利厚生の現場」で試す実証実験にしてしまえば、社内の研究部署も巻き込める。これで「AI+人間協働」のモデルケースを作れる。こうした施設での本格的な稼働実績が無いだけに、これはAIデータセンターをコアビジネスとして掲げているGAIALINQで取り上げる価値のある取り組みになる。
そして一番の要は「成果を早く出す」こと。半年から一年以内に、利用率・雇用数・稼働率という数字を出して、メディアに「観光依存ではない地方再生モデル」と報じさせる。これができなければ、秋田側に広げる話も夢物語で終わる。逆に岩手で成功すれば、その実績をそのまま秋田へ横展開できる。
――要するに、岩手一年目の成功。ここを外したら全部が瓦解する。
オレは手帳を開き、走り書きで工程を書き出していく。
1.社内即決で「福利厚生枠」予算を確保(1か月以内)
•目的:「医療福祉施設」ではなく「五井物産グループOB福利厚生施設+転地療養拠点」としてスタートを切る。
•利点:自治体認可の重いプロセスを避け、行政承認が不要。
•クリティカルパス:社内で「福利厚生枠」での予算確保を即決させること。
⇒遅れると改修工事にも着手できず、すべてが後ろ倒しになる。
2.加納屋改修・最低限の基準クリア(半年以内)
•施設改修
旅館設備を保養施設仕様に改修(耐震・消防・浴場衛生基準)。
医療施設ではないため、最低限の改修で済む。
•プログラム導入
OB向け転地療養プログラム(温泉+食事+軽運動)を実施。
鶴が女将・管理役として再登板。
•クリティカルパス:
建築基準・消防法の最低ラインの改修認可。
⇒ここでの遅延がそのまま開業遅延につながる。
3.AI実証と人材連携で初期運営スタート(半年〜1年)
•AI実証
配膳・清掃・見守りロボを「社会実証」として投入。補助金を申請。
⇒AIロボティクスの活用を積極的に検討する
4.成果数字を出す(1年目末)
•利用者層
五井物産OB社員+現役社員を中心に週末利用。
稼働率を安定的に確保 → 赤字回避。
•地元人材雇用
千鶴を中心に調理・介護スタッフ数名を採用。
人材不足はAIロボで補完。
•外部露出
「AI×温泉×福利厚生」モデルとしてメディアに出す。
「観光依存ではない地方再生モデル」をアピール。
•クリティカルパス:
初年度で「黒字かつ安定稼働」を示すこと。
赤字や人材崩壊の失敗例になれば、秋田側拡張は不可能になる。
5.岩手での実績をもとに秋田へ一気に波及(2年目)
――これが、オレの描く最速ルートだ。
座席の背にもたれながら、深く息を吐いた。
視線を落とすと、土産袋の中からブローチの小箱が覗いていた。保奈美が喜んでくれれば嬉しいのだが。保奈美は、その笑顔の裏で、オレを支える決意を誰よりも強くしているのもオレは知っているだから。
「……早く帰らないとな」
雪景色が流れていく。
時間は限られている。だが、間違いなくオレには――信じる人たちと動かすプロジェクトがある。