第九十六話:再会の森、戸惑いの勇者
皆既月食の夜、神隠しの山で陽介の身体を包んだ眩い光は、彼の意識を再び異世界へと運んだ。空間が歪むような感覚と、魂が引き延ばされるような浮遊感の後、彼の足はふわりと柔らかな苔の上に降り立った。
目を開けると、そこは月明かりに照らされた、静かで幻想的な森だった。見上げる夜空には、血のように赤い月ではなく、二つの穏やかな月が浮かんでいる。鼻をつくのは、懐かしい土と草いきれの匂い。
「……戻って……これたのか……?」
陽介は、呆然と呟いた。しかし、すぐに身体の異変に気づく。魔王を倒した時に感じた、あの万能感に満ちた力は消え失せ、聖剣カレドヴルフも手元にはない。そこにあるのは、元の世界でトレーニングを再開し、少しばかり体力がついた程度の、三十路の男の身体だけだった。
(力は……失われたのか。いや、あるいは、この世界に帰還するための代償だったのかもしれない)
だが、後悔はなかった。再びこの世界の空気を吸えたこと、仲間たちと再会できるかもしれないという希望が、何よりも彼を満たしていた。
その頃、王都で英雄としての務めを果たしていたアリアは、腰に差したエクスカリバーが、主を求めるかのように熱く脈動しているのを感じていた。剣は、大陸の東方、古くから「再会の森」と呼ばれる伝説の場所を指し示している。
「この感覚……まさか……」
アリアは、いてもたってもいられなくなり、馬を走らせた。彼女のただならぬ様子に気づいたバルド、リズ、ルーカスもまた、それぞれの場所から彼女の後を追う。彼らの心にもまた、同じ予感が宿っていたのかもしれない。
そして、月明かりの森の中、アリアは信じられない光景を目にする。そこに立っていたのは、一年前に別れたはずの、見慣れたスーツ姿ではない、旅人風の服を着た男。
「……ヨウスケ……?」
震える声で名を呼ぶと、男はゆっくりと振り返り、懐かしい、少し困ったような笑みを浮かべた。
「……よぉ、アリア。久しぶりだな」




