第九話:エルフの賢者と、明かされる真実の一端
数日間の旅の末、陽介たちはついに賢者の森の入り口にたどり着いた。そこは、外界とは明らかに異なる空気が漂い、古く巨大な木々が天を覆うように生い茂っていた。森の奥からは、清らかで強力な魔力が感じられる。まるで、森全体が生きているかのように。木々の葉は陽光を浴びてエメラルド色に輝き、足元には色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが漂っていた。
「ここが、賢者の森……なんて美しい場所なんだ……」
ルーカスが感嘆の声を上げる。彼の杖が、ひときわ強く輝き始めた。
森の中へ足を踏み入れると、道は自然と開けていき、やがて一行は美しい湖のほとりに建つ、一際大きな樹の家へと導かれた。その家は、生きている木々が複雑に絡み合って形成されており、自然と完全に調和していた。家の前には、長い白髭を蓄え、深い叡智を湛えた瞳を持つ、一人のエルフの老人が静かに立っていた。その姿は、まるで森の精霊のようだった。
「よくぞ参られた、異世界からの旅人と、勇者の末裔たちよ」
エルフの老人は、穏やかな声で一行を迎えた。その言葉に、陽介たちは驚きを隠せない。
「あなたは……私たちのことを知っているのですか?」アリアが問いかける。
「わしはエルミール。この森を守り、星の運行を読む者。お主たちの来訪は、とうの昔から予見されておった」
エルミールと名乗るエルフの賢者は、一行を家の中へと招き入れた。家の中は、不思議な光に満ち、壁一面には古い書物や奇妙な道具が並べられている。空気中には、様々な薬草の香りが漂っていた。部屋の中央には、水晶玉が置かれ、そこから微かな光が放たれている。
「さて、何から話そうかの。お主たちが知りたいことは、山ほどあろう」
エルミールは、陽介の右手に握られた金属片に目を向けた。
「その金属片は、確かに聖剣『カレドヴルフ』の破片じゃ。かつて、魔王と戦った二人の勇者のうちの一人、『影の勇者』が振るった剣」
「影の勇者……」バルドが息を呑む。彼の表情から、その名に聞き覚えがあることが窺えた。
「左様。光の勇者エクスカリバーと共に戦い、その身を犠牲にして魔王の力を大きく削いだ、もう一人の英雄じゃ。だが、その存在は、ある理由から歴史の影に葬り去られた」
エルミールは、遠い目をして語った。その「ある理由」については、今はまだ語るべき時ではない、というように。
エルミールは、衝撃的な事実を淡々と語り始めた。10年前、魔王が再び現れた際、光の勇者は魔王を封印することに成功したが、その代償として命を落とした。しかし、その封印は完全ではなく、魔王は徐々に力を取り戻しつつあるという。
「そして、お主、神谷陽介よ」エルミールは陽介に向き直った。
「お主がこの世界に召喚されたのは、偶然ではない。10年前、光の勇者が最期に放った願い……それは、失われた影の勇者の力を継ぐ者を、別の世界から呼び寄せることじゃった」
「俺が……影の勇者の力を……?」
「左様。お主の身体に宿る力、そしてその金属片こそが、その証。カレドヴルフは、持ち主の魂と共鳴し、その力を増幅させる。お主が無意識に発揮する力は、影の勇者の技と経験の一部なのじゃ」
エルミールの言葉は、陽介にとってあまりにも衝撃的だった。自分がこの世界に来た理由、そしてこの力の正体。全てが、壮大な運命の糸で結ばれていたのだ。
「では、祠を荒らし、聖剣エクスカリバーを朽ちさせたのは……?」アリアが問う。
「それは、魔王の手先じゃろう。エクスカリバーの力を恐れ、完全に破壊しようとしておる。そして、カレドヴルフの復活も阻止しようとしておるのじゃ」
エルミールは、村にあった首のない像についても語った。あれは、影の勇者を模した像であり、カレドヴルフの破片と共鳴することで、勇者の魂を呼び覚ます触媒の役割を果たすのだという。
「魔王の完全復活が近い。それを阻止できるのは、二つの聖剣を手にし、二人の勇者の力を受け継ぐ者たちだけじゃ」
エルミールの言葉は、重く響いた。