第七十三話:幻惑の妖姫リリス・美しき刺客
リズとルーカスが幻術を打ち破ったことに、幻影城の主、妖姫リリスは初めて焦りの色を見せたようだった。霧の奥から聞こえてくる声には、これまでのような余裕は感じられない。
「ククク……なかなか楽しませてくれるじゃないの、聖剣の勇者とその仲間たち。でも、本当の恐怖はこれからよ。あなたたちの絆なんて、私の前では脆く崩れ去るわ」
声と共に、城の中心部と思われる場所から、ひときわ強い魔力と、甘く危険な香りが漂ってきた。一行が警戒しながらその場所へと向かうと、そこは美しい花々が咲き乱れる、幻想的な庭園だった。そして、その庭園の中央、巨大な水晶の玉座に、妖姫リリスが妖艶な姿で腰かけていた。
リリスは、人間離れした美貌を持ち、その瞳は見る者を惑わすような妖しい光を宿していた。彼女の纏う薄絹のドレスは、その完璧な肢体を際立たせ、その指先からは、常に淡い桃色の魔力のオーラが立ち上っている。
「ようこそ、私の楽園へ。ここでは、あなたたちの最も美しい夢を、そして最も醜い悪夢を見せてあげるわ」
リリスが微笑むと、庭園の花々が一斉に開き、甘い香りが周囲に満ち溢れた。その香りを吸い込むと、頭がぼんやりとし、現実と夢の境界が曖昧になっていくような感覚に襲われる。
「この香りは……! 精神を蝕む毒か!」
バルドが、大地の盾で顔を覆いながら叫ぶ。
「アリアさん、月光の竪琴を! この邪気を払ってくれ!」
陽介の指示に、アリアは頷き、月光の竪琴を力強く奏でた。清らかな音色がリリスの魔力と衝突し、火花のようなものが散る。竪琴の音色は、リリスの幻術の力をわずかに弱めているようだったが、完全に打ち消すには至らない。
「無駄よ。私の幻術は、あなたたちの魂そのものに作用するの。五感で感じるものは、全て私が作り出した虚構。あなたたちは、永遠に私の手のひらの上で踊り続けるのよ」
リリスは、水晶の玉座からゆっくりと立ち上がり、その手にはいつの間にか、鋭い茨の鞭が握られていた。彼女の美しい顔には、残忍な笑みが浮かんでいる。
「さあ、始めましょうか。あなたたちの絶望の歌を、私に聞かせてちょうだい」
リリスが鞭を振るうと、周囲の空間が歪み、陽介たちの目の前に、それぞれが最も恐れるものの幻影が、より強力な形で現れた。陽介の前には、魔王によって滅ぼされた元の世界の光景と、絶望に泣き叫ぶ家族の姿。アリアの前には、再び両親を失う悪夢。バルドの前には、守りきれなかった戦友たちの亡霊。リズの前には、孤独と裏切りの記憶。ルーカスの前には、彼の魔法が暴走し、仲間たちを傷つけてしまう恐怖。
(くっ……! これは……まずい……! さっきよりもずっと強力な幻術だ……! 精神が……持たない……!)
陽介は、歯を食いしばり、必死に現実を保とうとするが、リリスの幻術はあまりにも巧みで、抗うことができない。
「ヨウスケ……! みんな……!」
アリアのか細い声が聞こえる。仲間たちもまた、それぞれの悪夢の中で苦しんでいるようだった。
その時、陽介の胸に下げた「星詠みの護符」と、体内の「竜の宝玉」が、そしてバルドの持つ「大地の盾」が、同時に強い輝きを放ち始めた。三つのアーティファクトが共鳴し、リリスの幻術に対抗するかのような、温かく力強いオーラが一行を包み込んだ。
「なっ……!? その力は……古のアーティファクト……! まさか、三つ全てを……!?」
リリスの美しい顔に、初めて驚愕と焦りの色が浮かんだ。アーティファクトの力は、彼女の幻術の支配を揺るがし始めていた。




