第四話:聖剣の祠と、繋がる断片
翌朝、アリアたちは村長と共に、再び聖剣の祠へと向かった。彼女たちの表情は険しく、特にアリアの瞳には、怒りの炎が宿っているようだった。陽介も同行を許された。
村の外れの小さな森の中にひっそりと佇む祠は、確かに荒らされた様子だった。祭壇は倒れ、供え物は散乱し、そして、祠の中心にあるはずの聖剣は、見る影もなく朽ち果て、まるで焼け焦げた鉄屑のようになっていた。その周囲には、硫黄のような鼻を突く刺激臭と、鉄錆の匂いが混じり合い、吐き気を催すほどだった。
アリアは、その光景を前に、言葉を失っていた。バルドは沈痛な面持ちで、朽ちた聖剣を見つめている。リズは唇を噛み締め、ルーカスは不安そうにアリアのそばを離れない。
陽介は、祠の周りをゆっくりと歩き、注意深く観察した。焼け焦げた地面。散乱した供え物。そして、微かに残る、あの力強い力の痕跡。昨夜、ふと頭をよぎった、激しい光の残像。そして、祠の隅の瓦礫の下に、何か小さな金属片が落ちているのに気が付いた。拾い上げてみると、それは複雑な紋様が刻まれた、小さな破片だった。材質は、村長の家にあった首のない銀色の像とよく似ているように思えた。その破片を握りしめると、微かな温もりと、何か懐かしいような、それでいて胸が締め付けられるような感覚が陽介を包んだ。
「アリアさん、これは……?」
陽介がその破片を示すと、アリアはハッとしたように顔を上げた。彼女の瞳には、驚きと、何かを認識したような光が宿っていた。
「それは……もしかして、聖剣の一部……?」
村長も近づき、その破片を注意深く見つめた。「確かに……聖剣に使われていた金属に似ていますな。しかし、聖剣は一本きりのはずじゃが……。それに、こんなに脆いはずがない」
しかし、聖剣は朽ち果てていたはずだ。なぜ、このような小さな破片が残っているのか。そして、この焦げ跡は一体……。
その夜、宿に戻った後、アリアは陽介に、改めて向き合った。その瞳には、昼間の怒りに加え、深い探求の色が宿っていた。
「あなたは、やはり何かを知っているはずです。あの時、なぜ勇者様の最期のことを知っていたのですか? そして、この金属片……何か心当たりは?」
彼女の問いは、以前よりもずっと深く、そして逃げ場のないものだった。陽介の胸は、激しく鼓動した。隠し通せるだろうか。だが、この世界の謎、そして自分がここにいる理由を解き明かすためには、何かを打ち明ける必要があるのかもしれない。
覚悟を決め、陽介はゆっくりと口を開いた。「……時折、奇妙な感覚に襲われるんです。まるで、自分が体験したことのないような、激しい光景が、一瞬だけ頭の中に浮かぶような……。この金属片に触れた時も、何か……断片的な映像が見えた気がします」
「映像……? それは、どんな?」
「……はっきりとは。ただ、何かを守ろうとする強い意志と、砕け散る剣のようなものが……そして、誰かの悲痛な叫び声が聞こえたような……」
アリアは、納得したわけではないだろう。しかし、それ以上は追求してこなかった。ただ、彼女の瞳の奥には、陽介に対する新たな警戒と、拭いきれない興味が、複雑に混ざり合っているのが見えた。バルドは黙って陽介を見つめ、リズは不安げな表情を浮かべていた。ルーカスだけが、純粋な好奇心で陽介の話に聞き入っている。
その夜、陽介は、アリアから預かった金属片を握りしめて眠りについた。意識の奥底で、あの光の残像が、ゆっくりと形を変えようとしているような気がした。そして、夢うつつの中で、鮮明な光景を見た。燃え盛る戦場。絶望的な状況の中、何かを守るために剣を振るう一人の騎士。その騎士の顔は靄がかかって見えないが、その姿は、どこか村長の家にあった首のない像を彷彿とさせた。そして、その騎士が持つ剣が、眩い光と共に砕け散る瞬間――。
「うわっ!」
陽介は飛び起きた。全身に冷や汗をかいている。今の夢は、あまりにも鮮明だった。まるで、自分がその場にいたかのような錯覚さえ覚える。
ふと、村人から聞いた話を思い出した。この辺りには、人間以外にも、森の奥深くにエルフが、険しい山脈にはドワーフが住んでいるという。彼らはあまり人里に姿を現さないが、古い知識や魔法に長けているらしい。もしかしたら、彼らなら何か知っているかもしれない。