第三十四話:氷原の追跡者とリズの妙技
村の外れから聞こえてきた悲鳴は、まだ村に残っていた数少ない若者たちの一人が、夜警中に何者かに襲われたことを示していた。
陽介たちが駆けつけると、そこには体長3メートルはあろうかという、全身が氷の結晶で覆われた狼のような魔物が数体と、それらを操るかのように佇む人影があった。
人影は、深いフードを目深にかぶり、その顔を窺い知ることはできないが、その身のこなしから相当の手練れであることが見て取れた。
「氷狼鬼……! それに、あれは……魔王軍の紋章! まさか、こんな辺境の地にまで手が伸びているとは!」
バルドが、人影の纏う黒いマントの隅に微かに見える紋章を指差し、驚愕の声を上げた。それは、かつてドワーフの古都で戦った魔将軍バルログが身に着けていたものと同じ、禍々しい魔王軍の紋章だった。
「どうやら、太陽の神殿から私たちのことを追ってきたようね。それとも、この村を襲っている『氷の魔女』とやらも、魔王軍の一味なのかしら」
アリアが双剣を構え、鋭い視線を人影に向ける。
「ククク……聖剣の勇者一行か。わざわざこんな辺境までご苦労なことだ。魔王様は、お前たちの首を心待ちにしておられるぞ。その聖剣、ここで奪い取ってくれる!」
フードの人影は、甲高い、それでいてどこか歪んだ声で嘲笑い、氷狼鬼たちに攻撃を命じた。
氷狼鬼は、鋭い氷の爪と牙を剥き出しにして、一斉に陽介たちに襲いかかってきた。その動きは素早く、氷の上を滑るように移動するため、足場の悪い雪原では捉えにくい。
戦闘は、村の外れに広がる凍てついた平原――氷原で行われた。
氷狼鬼は、口から強力な吹雪を吐き出し、視界を奪いながら攻撃してくる。その爪は鉄をも切り裂き、氷の鎧は並大抵の攻撃を弾き返す。
「くっ……! 足元が滑って、まともに力が入らないわ! こいつら、この地形を利用して戦っている!」
アリアが、氷狼鬼の爪を双剣で受け止めながら、苦々しげに言った。
バルドも、その巨体を持て余し気味で、氷の上での戦闘に苦戦している。ルーカスの炎の魔法も、氷狼鬼の冷気によって威力が相殺されがちだった。
その時、これまで後方支援に徹することが多かったリズが、前に出た。
「みんな、下がって! こいつらの相手は、私がする! この氷の上なら、私の独壇場かもしれないわ!」
リズは、腰に下げた短いナイフを両手に持ち、まるでフィギュアスケーターのように華麗に氷の上を滑り始めた。
その動きは、これまでの彼女からは想像もできないほど軽やかで、正確無比だった。彼女は、氷狼鬼の攻撃を最小限の動きでかわし、その懐に潜り込んでは、ナイフで関節や装甲の隙間といった急所を的確に切り裂いていく。
「リズ!? あなた、そんな動きができたの!? まるで、氷の妖精みたいだわ!」
アリアが驚きの声を上げる。
「ふふん、ちょっと昔取った杵柄よ! 実は私、故郷の村では『氷原の踊り子』なんて呼ばれてたのよ! なんてね! でも、このツルツル滑る氷の上じゃ、重い鎧を着たあんたたちより、身軽な私の方が有利でしょ!」
リズは悪戯っぽく笑いながら、次々と氷狼鬼を翻弄していく。彼女のナイフ捌きは、弓の技術とはまた異なる、近接戦闘における隠された才能を感じさせた。
時折、氷の破片を蹴り上げて目くらましにしたり、氷柱を足場にして跳躍したりと、地形を巧みに利用した戦い方は、まさに「妙技」と呼ぶにふさわしかった。
陽介は、リズの意外な才能に驚きながらも、聖剣カレドヴルフを構え、フードの人影へと向かっていく。
「お前の相手は俺だ! ただの旅人と思うなよ!」
陽介の剣と、人影の操る氷の魔法が激しく衝突する。人影は、杖から鋭い氷の槍を連続して放ち、陽介の動きを封じようとする。
しかし、陽介もまた、影の勇者の力を部分的に覚醒させ、その攻撃に対応していく。聖剣の放つ微かな熱が、周囲の氷を溶かし、陽介の足場を確保する。
リズの活躍によって氷狼鬼の数が減り、戦況は徐々に陽介たちに有利に傾き始めた。
追いつめられたフードの人影は、忌々しげに舌打ちをすると、強力な吹雪を巻き起こして陽介たちの視界を遮り、その隙に姿を消した。
「逃げられたか……! しかし、奴は言っていたな。『魔王様がお前たちの首を心待ちにしている』と。やはり、私たちの行動は魔王軍に筒抜けなのかもしれない」
陽介は、人影が消えた方向を睨みながら呟いた。
戦闘後、村人たちはリズの活躍を称え、彼女に感謝の言葉を述べた。リズは照れながらも、満更でもない様子だった。
「リズ、あなた、あんなすごい特技を隠していたなんて、水臭いわよ」
アリアがリズの肩を叩く。
「ま、まあね! いつでも見せられる技じゃないのよ! それに、あんまり目立つと、また変なあだ名つけられそうだし……」
リズは頬を掻きながら言った。その横顔は、いつもの彼女よりも少しだけ大人びて見えた。
今回の戦いは、彼女にとっても大きな自信となっただろう。そして、仲間たちは、リズの新たな一面を知り、彼女への信頼をさらに深めるのだった。




