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第二話:旅立ちの朝と、隠された力

夜が明け、森の木々の間から、柔らかな陽光がこぼれ落ちてきた。昨夜の張り詰めた空気は薄れ、代わりに小鳥たちの軽やかなさえずりが耳に心地よい。陽介は冒険者たちに促され、簡素な朝食を共にした。乾いたパンと、見たことのない赤い果実を煮込んだだけの粗末なものだったが、空腹を満たすには十分だった。彼らの言葉はまだ完全に理解できるわけではない。しかし、身振り手振りを交え、アリアが時折通訳のように簡単な言葉を選んでくれるおかげで、最低限の意思疎通は図れた。そして、昨夜、咄嗟に振るった木の枝の、信じられないほどの破壊力。あれは、単なる偶然だったのだろうか。疲労のせいだと片付けようとしても、身体の奥底には、確かに今まで感じたことのない、漲るような力が宿っている気がしてならなかった。


昨夜、陽介を助けてくれた若い女性はアリアと名乗った。日焼けしたような健康的な肌に短く切りそろえられた黒髪が、精悍な顔立ちを一層引き立てている。切れ長の瞳は深い青い光を湛え、獲物を射抜くような鋭さを持つ一方で、話すときはどこか温かみが感じられた。機能美を追求したような革の鎧は彼女の俊敏な体躯をさらに際立たせ、腰には銀色の鋭い剣が二振り佩かれていた。その剣の柄には、見慣れない紋様が刻まれている。陽介がそれとなく尋ねると、アリアは「家系に伝わる古い印よ」とだけ答え、少し寂しそうな表情を見せた。


他のメンバーたちを見ると、巨漢のバルドは太い髭で覆われた顔に深く刻まれた皺が彼の重厚な性格を物語っているようだった。古びているが頑丈そうな甲冑は彼の強靭な体躯を包んでおり、手に持つ巨大な両手剣は威圧感を漂わせていた。彼は口数こそ少ないが、時折見せる鋭い眼光は、ただ者ではないことを窺わせる。アリアによると、バルドはかつて、この地を救ったとされる勇者のパーティーにいた経験があるらしいが、その詳細は語ろうとしない。彼が勇者の話をする時のアリアの表情には、どこか特別な敬意が感じられた。バルドは陽介に対して、言葉少なながらも、時折気遣うような素振りを見せる。


リズは小柄で敏捷そうな体つきに明るい茶色の髪を高く結っていた。弓と矢筒を背負う彼女の瞳は好奇心といたずらっぽさでいっぱいだったが、時には鋭い光を閃かせた。彼女は勇者に何らかの恩があるらしく、その話題になると少しだけ表情が和らぐ。陽介に対しては、まだ警戒心を解いていないのか、時折探るような視線を向けてくるが、ルーカスが陽介に懐いているのを見て、少しずつ態度を軟化させているようにも見えた。


最後にルーカスは十歳ほどに見えるあどけない顔の少年だった。乱れた金髪の下できらきら光る緑色の瞳は好奇心で満ちていた。胸に大切そうに抱える木の杖からはほのかな光が漂っていた。彼は魔法使い見習いで、薬草に関する知識も豊富らしい。夜の森で道に迷わないようにと、ルーカスが杖の先をかざすと、そこから柔らかな光が生まれ、周囲を照らし出した。陽介は、それがこの世界で初めて目にする「魔法」だった。ルーカスは陽介に興味津々で、色々なことを質問してくるが、陽介が答えに窮すると、アリアが助け舟を出してくれた。彼は陽介のジャージのポケットに入っていたボールペンに目を輝かせ、「これはどんな魔法の道具なんですか?」と尋ねてきた。陽介が使い方を教えると、ルーカスは木の皮にインクで絵を描き始め、その無邪気な姿に陽介も思わず笑みがこぼれた。


「ヨウスケさんは、これからどうするつもりですか?」


朝食を終え、アリアが改めて陽介に問いかけてきた。その瞳は、陽介の答えを真剣に待っているように見えた。


「まだ何も……。元の世界に戻る方法を探したいのですが、この世界のことは何も分かりません」


正直に答えると、アリアは少し困惑したような表情を浮かべた。


「元の世界、ですか……。そのような話は、私たちの間では聞いたことがありません。もしかしたら、遠い国には、そのような伝承があるのかもしれませんが……」


アリアの言葉に、バルドも静かに頷く。この世界では、異世界からの来訪者というのは、それほど珍しい存在ではないのかもしれないが、「元の世界に戻る」という概念は一般的ではないのかもしれない。


やはり、そう簡単には手がかりは見つからないらしい。落胆しかけた陽介に、アリアは言葉を続けた。


「しばらくの間、私たちと行動を共にしても構いません。この近くの村まで、魔物の護衛の依頼を受けています。そこまで行けば、もう少し情報が集まるかもしれません。それに、あなたのような方が一人でこの森を彷徨うのは危険すぎます」


その言葉には、冒険者としての責任感と、陽介に対する純粋な気遣いが感じられた。


それは、まさに渡りに船だった。見知らぬ森を一人で彷徨うより、ずっと安全で、情報も得られる可能性が高い。そして、もしかしたら、あの得体の知れない力についても、何か手がかりが得られるかもしれない。


「ありがとうございます。ぜひ、お願いさせてください」


こうして、陽介はアリアたち冒険者パーティーに、一時的に身を寄せることになった。彼らの旅の目的は魔物討伐であり、その過程で、陽介のような旅人を護衛することも厭わないらしい。昨夜遭遇した異形の獣も、この世界では決して珍しい存在ではないのだろう。


道中、アリアたちは手慣れた足取りで森の中を進んでいった。バルドは常に周囲のわずかな変化にも目を光らせ、リズは時折、鋭い視線で空を警戒していた。ルーカスはまだ幼いながらも、薬草に関する知識が豊富で、道端に生える見慣れない植物について、熱心に説明してくれた。彼の話す言葉には、陽介にとって初めて聞く単語も多かったが、その度にアリアが簡単な言葉を選んで言い換えてくれた。歩いているうちに、昨夜から時折感じていた、微かな焦げ付いたような臭いが、再び鼻腔を掠めた。アリアにそのことを尋ねてみたが、彼女は一瞬顔を曇らせ、「この辺りは、少し前に大きな戦いがあったらしいから……そのせいかもしれません」と、多くを語らずに答えた。大きな戦い。一体、何と何が争ったのだろうか。その戦いが、この森の異様な雰囲気と関係しているのだろうか。


一日中歩き続けたにも関わらず、陽介は以前の世界で感じていたような疲労感をほとんど覚えていなかった。むしろ、身体の奥から力が湧いてくるような感覚さえある。これもまた、あの力の恩恵なのだろうか。


やがて、視界が開け、遠くに簡素な木造の家々が見え始めた。目的地である村が近づいているようだ。しかし、その村全体を覆うように、どこか沈んだ、重苦しい空気が漂っているのが気になった。人々の営みの活気が、感じられない。村の入り口に到着すると、数人の村人が憔悴しきった表情で出迎えてくれた。彼らの話によると、最近、村の周辺で魔物の活動が活発になり、大切な作物が荒らされ、飼っていた家畜が次々と襲われる被害が続いているらしい。アリアたちは、その討伐のために、遠方から呼ばれたのだという。


村長らしき老人に案内され、陽介たちは村の一室を借りることができた。簡素な部屋だったが、雨風を凌げるだけでもありがたかった。アリアたちはすぐに魔物討伐の準備に取り掛かり、陽介は言われた通り、邪魔にならないように部屋の隅で静かに待機していた。その時、ふと、部屋の隅に置かれた小さな祭壇のようなものに目が留まった。そこには、精緻な装飾が施された銀色の小さな像が飾られていたのだが、その像の首の部分が、まるで鋭利な刃物で切り落とされたかのように、綺麗に失われていたのだ。そして、その祭壇の周囲には、昨夜から感じていた焦げ付いたような臭いが、微かに漂っていた。村人にそれとなく尋ねてみると、その像は古くからあるものだが、いつからか首がなく、不気味なので誰も近づきたがらない、という返事だった。


何気ない違和感。しかし、その小さな違和感が、陽介の心の奥底に小さな棘のように引っかかった。一体、この像は何を意味するのだろうか。そして、この焦げ付いたような、どこか不吉な臭いは……。そして、あの時、咄嗟に発揮された、まるで自分の身体ではないような力強さ。それら全てが、この見知らぬ世界に隠された何かと繋がっているような、そんな気がしてならなかった。


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