第十九話:砂漠の民との出会いと、新たな脅威
オアシスで休息していた旅商人たちは、武装した陽介たち一行の姿を見て最初は警戒の色を隠さなかったが、陽介が丁寧に挨拶し、水を分けてほしいと頼むと、意外にも快く応じてくれた。彼らは「砂漠の民」と呼ばれる、この灼熱の地で生活を営む遊牧民の一団だった。日に焼けた褐色の肌、独特の模様が織り込まれたゆったりとした衣服、そして何よりもその厳しい環境で生き抜いてきた者特有の鋭い眼光が印象的だった。彼らの言葉は、陽介たちがこれまで接してきた言葉とは少しアクセントが異なっていたが、意思疎通に問題はなかった。
「見慣れぬ顔ぶれだが、どこから来たのだ? この砂漠は、よそ者には厳しいぞ。特に、お前たちのような軽装では、すぐに命を落とすことになる。水も食料も、命そのものだからな」
旅商人たちのリーダーらしき、日に焼けた壮年の男性が陽介たちに問いかける。その声は低く、威厳があった。彼の腰には、湾曲した刀が差されており、その鞘には美しい宝石が嵌め込まれていた。
アリアが代表して、聖剣の破片を探して旅をしていること、そして賢者の森のエルミールの導きでこの地に来たことを告げると、男は眉をひそめた。エルミールの名を聞いて、彼の表情がわずかに和らいだように見えた。
「聖剣の破片……? エルミール様の……。もしかして、古の『太陽の神殿』のことか? あの忌まわしき場所に、まだ何かを求める者がいるとはな。エルミール様も、相変わらず厄介事を人に押し付けるのがお好きなようだ」
男の言葉には、どこか苦々しさが滲んでいた。
「太陽の神殿? やはり、そう呼ばれているのですね。私たちは、そこに眠る聖剣の破片を必要としているのです。何かご存じありませんか? あの神殿について、何か不吉な噂でもあるのでしょうか?」
陽介たちが聞き返す。
「ああ。この砂漠のどこかにあると伝えられる伝説の神殿だ。そこには、太陽の力を宿した聖なる遺物が眠っていると言われている。だが、神殿は砂嵐の中に隠され、強力な守護者によって守られているため、近づくことすら困難だ。それに、あの神殿は、我々砂漠の民にとっては、あまり良い記憶のない場所でもあるのだ……」
男は遠い目をして、何かを思い出すように言葉を続けた。
「かつて、我々の祖先も、あの神殿の恩恵を受けていた時代があったと聞く。太陽の力は、この砂漠に恵みをもたらし、我々の生活を支えていた。だが、ある時を境に、神殿は災厄をもたらす場所へと変わってしまった。神殿に近づいた者は、正気を失い、あるいは二度と戻ってこなかった。多くの同胞が、神殿に近づき、命を落とした……。それ以来、我々は神殿を『禁断の地』として恐れている」
エルミールの地図が示す場所と、砂漠の民が語る「太陽の神殿」が一致する可能性が高い。陽介たちは、男に神殿の場所を詳しく尋ねたが、彼も正確な位置は知らないという。
「砂漠は常に姿を変える。神殿もまた、気まぐれに姿を現したり隠したりするのだ。まるで、選ばれた者だけを招き入れるかのように。ただ、最近、この先の『風の谷』と呼ばれる場所で、奇妙な光を見たという噂を聞いた。夜空を焦がすような、赤い光だったそうだ。あるいは、それが神殿の兆候やもしれぬ。だが、風の谷もまた、危険な魔物の巣窟だ。巨大な蟻地獄や、幻を見せる妖しい花が咲き乱れているという。行くのであれば、細心の注意を払うことだ」
新たな手がかりを得た陽介たちは、砂漠の民に礼を言い、風の谷を目指すことにした。砂漠の民は、陽介たちの覚悟を感じ取ったのか、わずかながら食料と水を分け与えてくれた。それは、この厳しい砂漠においては、何よりも貴重な贈り物だった。リーダーの男は、別れ際に陽介に小さな革袋を手渡した。「これは、砂漠の守り石だ。気休めかもしれんが、持っていくといい」その石は、太陽の光を浴びると微かに温かくなる不思議な石だった。
その夜、野営の準備をしていると、アリアが陽介の隣に座った。焚火の炎が、彼女の真剣な表情を照らし出している。
「ヨウスケ、あなた、本当にすごいわね。さっきの蒸留器もそうだけど、あなたの知識や発想は、私たちだけでは思いつかないものばかりよ。それに、あなたのその冷静な判断力は、何度も私たちを救ってくれたわ。まるで、経験豊富な隊長のようだわ」
アリアは、少し照れたように言った。その横顔は、焚火の光に照らされて美しく輝いている。
「いや、大したことじゃないさ。ただ、元の世界では当たり前のことでも、こっちでは役に立つことがあるみたいで、俺も驚いているよ。それに、俺一人じゃ何もできない。アリアさんたちがいてくれるから、俺も何とかやっていけてるんだ。特に、アリアさんのリーダーシップにはいつも助けられている」
陽介も、少し照れながら答える。仲間たちの存在が、彼にとってどれほど大きな支えになっているか、言葉では言い尽くせないほどだった。
「あなたのその力……そして、聖剣カレドヴルフ。本当に、あなたは……エルミール様の言う通り、特別な存在なのかもしれないわね……。私も、あなたと一緒にいると、なんだか……不思議な気持ちになるの」
アリアは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。彼女の瞳には、陽介への信頼と、それ以上の複雑な感情が揺らめいているように見えた。それは、友情なのか、尊敬なのか、あるいは……。陽介もまた、アリアのその言葉に、胸の奥が微かにざわつくのを感じていた。
その時、遠くから地響きのような音と共に、巨大な影が近づいてくるのが見えた。それは、数十体ものサンドワームの群れだった。しかも、その中にはひときわ巨大な個体も混じっている。その巨体は、まるで小山が動いているかのようだった。砂漠の民たちが悲鳴を上げ、オアシスは一瞬にしてパニックに陥った。
「まずい! サンドワームの襲撃だ! しかも、あれは……キングサンドワーム! なぜこんな場所に、あれほどの数の群れが……! まさか、神殿の守護者と関係が……!?」
バルドが叫び、剣を構える。オアシスにいた砂漠の民たちも、悲鳴を上げて逃げ惑う。彼らの顔には、絶望の色が浮かんでいた。
「アリア、バルド、リズは砂漠の民の避難誘導を! ルーカスと俺で、あのでかいのを引き付ける! リーダー、指示を! 避難場所は、あそこの岩陰だ! ルーカス、キングサンドワームの動きを魔法で攪乱できるか!?」
陽介は冷静に指示を出し、聖剣カレドヴルフを握りしめた。三十路リーマンの危機管理能力と、仲間を思う気持ちが、ここでも発揮される。彼は、この絶望的な状況を打開するための策を、瞬時に頭の中で組み立て始めていた。




