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わたしを召喚したのは金髪碧眼の騎士様でした  作者: 星野 青明
第2章 わたし、成長する
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9,子ども返り

 あの時のひよの顔が、頭から離れない。

 彼女は優しいから、おれの言葉に傷ついていて、でも責めることもしなかった。


「……わたし、ちょっと頭冷やして帰るね」


 そう言って走っていった彼女を、おれは追いかけなかった。おれは自分の部屋に戻り、コートを脱いですぐ、ベッドの上に寝転がった。


 頭を冷やさなければいけなかったのはおれだ。

 明日は非番で、彼女が喜びそうなお菓子の売っているお店に、連れて行ってあげたかったのに。


 この国は、水晶の結晶が特産品だから、鉱山にも連れて行ってあげたかった。いい所をたくさん知ってもらってから、あの話をすればよかったのに。


 ……いや。それでも彼女の気持ちは、変わらなかっただろう。


 このまま嫌われて、あと2週間経ってしまえば、何事もなく彼女は元の世界に帰れる。

 それで良かったじゃないか。


 しばらくすると、部屋をドンドンと叩く音が聞こえた。


「あのう、ハーシー様」


 メリッサの声だ。おれが扉を開けると、彼女は焦ったような顔をしていた。


「まだ、ひよさんはお戻りではないのでしょうか?」

「帰ってきてないのか?」

「そのようですが……一緒にお帰りになられたのでは?」


 もうとっくに日没だ。この暗闇の中、まだ帰ってきてない……?

 おれは、さっき脱いだコートをまた羽織って部屋を飛び出した。


「……探しに行く」

「かしこまりました、みんなで手分けして探しましょう」

「いや、メリッサはここにいてくれ。おれは夜目がきくから」


 そう言って、心配そうなメリッサをあとに残し、家の玄関を出た。すると柵の前に、誰かが立っているのが見えた。


「……デイヴィス!」


 彼は、手練れの護衛士だ。おれやクラウスが見習いだった頃、指南役でもあった。


 いまは旅の護衛を頼まれ、数ヶ月ぶりにその任務から帰ってきたのだ。


 彼の腕には、ひとりの小さな子供がいた。その子は布にくるまれ、デイヴィスの腕で眠っていた。


「その子は?」

「森の中で、倒れていた。護衛士館の子じゃないのか?」


 その子の顔を覗き込むと、どことなく見覚えのある顔だった。でもまさか……そんなはずはない。


「ひよ……?」


 着ている服は、さっきまでひよが着ていた服だ。髪の色も、肌の色も同じ。だがまるで、5歳ぐらいの女の子になっている。


 彼女がふと気がついて、目を開けた。茶色い褐色の、飴玉のような瞳も同じだ。


「ひよ、何があった?

 どうして子どもの姿に……」


 その瞬間、彼女はデイヴィスの首に飛びついた。まるで、誰か知らない人に話しかけられているかのように。


とうしゃ……ここどぉこ?」

「ジギス家だ。俺は、お前の父さんじゃないんだが……」

「父しゃ……このひと、だあれ?」


 いぶかしげな顔でおれを見てくる彼女は、相変わらず、彼をぎゅっと抱きしめている。


 その姿にムッときて、「その人はきみのお父さんじゃない」と、無理やり彼女をこちらに来させようとすると、彼女は「いやー!」と怖がり、泣き出してしまった。


 心まで、子供にもどっているのか……。デイヴィスの胸でわんわんと泣く姿に戸惑い、おれは、どうしたらいいか分からなかった。


 その声を聞きつけて、中からメリッサや他の使用人たちが出てきた。


「ハーシー様、これは一体……」


 その時だった。

 かすかな揺れとともに、屋敷の窓がガタガタと音を鳴らした。


「地鳴り……?」


 すぐ止むだろうと思っていた揺れは、やがてドンと下から突き上げるような衝撃となり、立つのもままならないほどになった。

 使用人たちはうろたえ、身を寄り添わせて頭を抱え、震えている。


「みんな、建物から離れろ!」


 中から出てきたジギス伯爵が、いつもの腑抜けとは違うハッキリとした声で叫んだ。

 その声を聞き、使用人たちはサッと命令通りに動いた。


 おれたちも建物から離れた。ひよは相変わらず、わんわんと鳴いている。

 そういえば、ひよは聖女として、この国に召喚されてきた。彼女は、ただこの国の、幸福の象徴になるだけだと思っていたが……。


「……もしかして、この揺れは……」


 自信はないが、否めない。どうにかして、ひよを泣き止ませなければ……!


 何を見せたら泣き止む?

 ひよが好きなもの?分からない……。

 彼女は、子どもと遊ぶのが好きということしか……。



 その時ひよが、子どもたちと遊んでいる姿が目に浮かんだ。全力で遊び、笑って、笑顔がきらきらと輝いていた……。


 これしかない。おれがやるしか、今はこの揺れを止められる人間はいないんだ。


「……あ、あーー!たいへんだ。舞踏会ぶとうかいがたのしすぎて、馬車にのりおくれてしまった!」


 泣いている彼女に聞こえるように、大きくはっきりと言うと、すかさずデイヴィスが「お前、こんなときに何言ってる!?」と喝を入れてきた。


「ど、どこかに、馬車に乗せてくれるいい人はいないかなあー!!」

「だめ!!おひめさまごっこがいい!!」


 泣いていたはずのひよが、急にこちらに反応してきた。よし、注意を向かせられたようだ。


「この悪党あくとう!!

 はやく、わたしのひめをかえせ!!!!」


 セリフは真剣だが、顔では「お願いだ!!話を合わせてくれ!!」と必死に頼んだ。デイヴィスはぽかんとして、おれたちのやりとりを見ていた。


「わぁああこわいよーー!!ドラゴンに食べられるーー!!」

「おのれドラゴン、この勇者の剣で、やつざきにしてくれる!!えい!!やあ!!!!」


 死ぬほど恥ずかしい。普段は飲まないが、今すぐ酒をかきこんで、酔っ払って寝たい気分だ。


 おれは長年の師を、透明とうめいの勇者の剣でやつざきにして、その腕からひよを取り戻した。

 小さい体を地面に立たせると、おれはなるべく、目線が下になるように腰をかがめた。


「お待たせしました、我が姫。お怪我はございませんか?」


 すると、ひよは満足そうに、目を見開いて言った。


「お兄ちゃ……おめめがきらきらねぇ」


 気がつくと、揺れはおさまっていたようだ。

 デイヴィスは「付き合いきれん」と吐き捨てて、護衛士館へ戻って行った。


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