7,護衛士館の人々
わたしはハーシーと一緒に朝食を食べ、護衛士館へと向かった。
ジギス伯爵家と護衛士館はとても近く、歩いて行ける距離だった。
「ハーシー、なんにも荷物持ってないね」
わたしが目を丸くすると、ハーシーは「まぁ、家がすぐそこだし」と言った。
「いいねぇ。わたし出勤の前は、自分でお弁当作って、メイクして、持ち帰った仕事を持って…毎朝バタバタだったなぁ」
「え?家に仕事を持ち帰ってたの?それは働きすぎじゃないのか?」
「いや〜、自分でもそう思ってるんだけど……なかなか、仕事が回らなくて」
ハーシーはうなって、どこの世界も大変なんだな……と呟いた。
「ちなみにお昼ご飯は、見習い護衛士たちが作ってくれる。彼らにとっては、それが仕事だからさ」
「へぇ。じゃあハーシーも、見習いの時代は作ってたの?」
「そうだよ。手が回らない時は、今も手伝ったりしてる」
「さすが……人望のある団長さんは違うね〜」
わたしが残業してても、飲みに行くために見て見ぬふりして帰る同僚、たくさんいたもんね……ははは。
すると、ハーシーは褒められて嬉しかったのか、もっと褒めてほしそうな顔で言った。
「こう見えておれ、一応荷物は持ってるんだよ」
「え、どこに?」
するとハーシーは、コートの首元のボタンを外して、少しだけ中を覗かせてくれた。
なんとコートの中には、無数の小さい刃や、かくしポケットがあった。
「えぇええ!!外からは全然分からなかった!」
「そうだろ。だから不用意に、誰かのコートが落ちていたりしても、触っちゃダメだよ。怪我をするかもしれないし、もしかしたら、毒がついているかもしれないから」
そういえば、はじめに崖から落ちて、助けてくれた時。とっさのことだったのに、ハーシーは重りのついたロープを投げて木にかけていた。
もしかして袖に、ずっとその重りを入れてる……?
「すごい。護衛士さんて、本当に体を張って、人を守ってるんだね。
わたし、ハーシーに助けてもらえて本当にラッキーだったよ」
そう言うと、ハーシーは微笑んで「こちらこそ」と言った。
「実はいま、護衛士館で人手が足りなくてね。できれば若い女性にいて欲しいんだけど、なかなか続かなくて……」
「うん、私にできることなら、何でも言ってね!働かざる者食うべからずだから!」
「すごいな……」
ハーシーが呟いた言葉に、わたしは首をかしげた。
「ひよは、腰が低いだけじゃない。元気で、やる気もあって、見ていて元気をもらえる。
いいご両親のもとで育ったんだなぁって感じるよ」
その言葉に、わたしは一瞬固まったけれど、表には出さなかった。不幸自慢なんてしたくない。
わたしを見て、元気をもらえるって言ってくれたことが、すごく嬉しいんだから。
護衛士館に着くと、朝早くから、すでに訓練が始まっていた。野太い掛け声とともに、刃が混じり合う、甲高い音が聞こえる。
「ひよが働くのは、護衛士見習いの館だよ。案内しよう」
ハーシーに着いていくと、今ちょうど、見習いの子達は台所で、朝ごはんの片付けをしているようだった。
その子たちが働いている姿を見て、わたしは固唾を飲んだ。
「ハーシー……この子達、何歳?」
「下は5歳、上は15歳までいるよ。16歳から、正式な護衛士になるからね」
「この子達……お父さんとお母さんは?」
「……いないよ」
そう答えてくれた瞬間、ハーシーはその子たちの前に出ていった。
すると顔が明るくなって、パッと手を止めて子どもたちが駆け寄ってきた。
「ハーシー!昨日ね、夜までお洗濯がんばったよ」
「ぼくだって、夜まで仕込みがんばった!」
みんな口々に、ハーシーに褒められようとアピールしている。そんな中で、近づいてこず、遠巻きに様子を見ている子もいる。
「みんなえらいぞ。また遊んでやるからな。
今日は、新しい仲間を連れてきたんだ」
緊張した面持ちで前に出ると、子どもたちもしんとなって、わたしの顔を見あげた。
「はじめまして、ひよといいます。
最近この国に来て、分からないことだらけなので、色々教えてね」
「おーい、ライラさん!ライラさんどこにいる!?」
ハーシーが呼ぶと台所の奥から、恰幅のいい煤だらけのお婆さんが出てきた。
「新入りだから、よろしくね。
ひよ、何か困ったことがあったらいつでも、護衛士館の執務室においで」
そう言い残して、ハーシーは颯爽と行ってしまった。
まるで、現場に1人残された、懐かしき新入社員の頃のようだ。