5,王宮
わたしとハーシーは、応接間に通された。
さすが王宮。召使いさんもたくさんいるし、来ただけで、高級そうな飲み物とお菓子を出してもらえた。
「ただいま、お呼びいたします。少々お待ちくださいませ」
わたしはきょろきょろと、応接間を見渡した。天井を見上げると、それは見事な絵画が描かれている。
どこぞの美術館みたいに、とてつもない威厳と歴史を感じる。
ハーシーは慣れているのだろう。優雅にお茶を飲んで、落ち着いた表情でとなりに座っている。彼は、こういう部屋が本当に似合う。まるで絵の中の一部のように、ここにいることになんの違和感もない。
せっかく出してもらったので、わたしもカップに手を伸ばした。日本で売られている紅茶とは、風味が違うけど、口の中がすっきりして美味しかった。
わたしは気まずくならないように、目の前に置かれたクッキーに手を伸ばした。
「美味しい?」
「うん、ハーシーは食べないの?」
「おれはあんまり、甘いものは好きじゃないかな。もともと平民だから、食べ慣れてないし」
「え?もともと平民て……」
その時、ゆっくりドアがノックされた。
ハーシーが立ち上がったのを見て、わたしも同じように立ち上がった。
「待たせたな」
「失礼しますね」
それは、まごうことなきこの国の王様と、お妃様だった。だけど2人とも、思ったより年若いことにびっくりした。
そうか、ハーシーと王様が幼なじみって言っていたから、同じ年頃なんだ。
王様は、わたしと同じような黒髪をしている。漆黒で、つやつやと整えられた髪に、碧い瞳がひときわ映えている。
男性と言うには中性的な、髪が長ければ女性とも見てとれるような、とてもきれいな顔立ちの方だ。
お妃様は、ハーシーとおなじ金髪碧眼。
髪は清楚にまとめられているけど、その顔のきりっとした美しさが、飾りなんてなくても高貴さを感じた。
2人が近づいてくるたびに、わたしはそわそわしてしまいそうな体をおさえ、開いてしまいそうな口を固く閉ざした。だって開けたら、ハーシーに指を突っ込まれるから。
「はじめまして。わたしはアウル国王、クラウスと申します」
「はじめまして。わたくしはアウル国王妃、アレクサンドルと申します。かわいらしい聖女様にお会いできて、とても嬉しいですわ」
わたしは、見よう見まねでやるより、日本式のお辞儀で挨拶を返した。
「はじめまして!日向ひよと申します!このたびは、突然の訪問をお許しくださいまして、誠にありがとうございます!」
学生時代、部活をしていた名残で、挨拶の声は大きく!はきはきと!と口うるさく言われていたのが、今に生きてよかった。
「まぁ、元気な聖女様ね。今度ゆっくり、お茶しましょうね」
「お茶の前に、アレク様。お願いなのですが、ひよの生活用品を、見繕ってもらえないでしょうか。おれだと、何を準備していいか分からなくて……」
するとお妃様は、目を丸くした。
「まぁ、もちろんよ!今すぐわたしの部屋にいらっしゃい、必要なものは全部あげるわ」
わたしはハーシーに、1人にしないで〜!と視線を送った。だが「ここで待ってるから」と、にこやかに見送られた。
「……なぁ。どうしておれに、聖女召喚の魔法陣を送った? ご丁寧に、魔力のないおれのために、お前の魔力を込めてまで」
ハーシーの問いに、クラウスは肩をすくめた。
「迷惑だったか?」
「何か意図があるのかって聞いてるんだ」
苛立ちをおさえられない様子で、ハーシーはクラウスをにらんだ。
「……お前が、いつまでも結婚しないから。なにか変わるきっかけになればと思ったんだ」
「そんな特別扱い、してくれなくていい」
クラウスは、冷たく微笑んだ。昔からこいつは、こういう笑い方をするやつだった。
「そう言って、ちゃっかり召喚しているじゃないか。良かったな、同じ年頃の子で。
お揃いの服を着て、もう夫婦のようだったぞ」
「……聖女について教えてくれ。彼女は、どれくらいこの世界にいるんだ。どうしたら、元の世界に帰れる」
「お前は彼女を、元の世界に帰したいのか?」
「彼女は帰りたがってる。無理やり、異世界から連れてきて……そんなの間違ってる」
ハーシーは拳を握った。
さんざん優しくしてしまったけれど……これ以上、情を移すのは危険だ。
彼女が、はやく元の世界に帰るように……まだなんの思い入れのない、ただの他人でいるうちに。
おれの本当の性格を見せて、嫌われてしまう前に……。
「1ヶ月だ」
クラウスの言葉に、ハーシーは顔を上げた。
「聖女の魔力は絶大と聞く。そのぶん、契約の更新もこまめに行わなければいけないらしい」
「契約の更新?」
「永住の条件は、この世界の人間と結婚すること。そうして、死ぬまでこの世界で過ごした聖女も過去にはいたらしい。
更新は……そうだな。恋人らしいことをしなければ、彼女は自然に元の世界に帰るだろう」
「……分かった。それで、恋人らしいことってなんだ?」
するとクラウスは、吹き出したように笑った。
珍しい。こんなに感情をさらけだして、腹を抱えて笑うなんてこと、めったにない。真剣に聞いたのに……おれなんか、変なこと言ったか?
「お前さ、ちょっとは自分で勉強しろよ。いつまでも聖人みたいな顔して。仕事のし過ぎもほどほどにしろよ」
そのとき、応接間の扉が開いて、女性陣が帰ってきた。
「あの……お妃様に、たくさんお土産をいただいてしまって。なんとお礼を言っていいのか……」
「いいのよ。遠慮なく使ってちょうだい。またね、ひよさん」
ごきげんよう、と見事なお辞儀を見せてくれたお妃様は、さっそうと部屋を出ていかれてしまった。
「わたしもそろそろお暇しよう。どこかの誰かさんと一緒で、仕事が忙しいのでね」
なぜか嫌味っぽいセリフを吐いて、王様も去っていってしまった。
わたしは、少し暗いハーシーの表情に気がついて、顔をのぞきこんだ。
「……大丈夫?疲れちゃった?」
ハーシーは我に返って、微笑んでくれた。
「うん、大丈夫。家に帰ろう」