4,身支度
街へは馬車で連れていってくれるらしい。
ごとごとと揺れる車内から、外の景色を眺めながら、わたしは改めて異世界に来たんだと実感した。
向かい合って座っているハーシーも、どことなく外を眺めている。
何を考えているんだろう。あんまり喋ってくれないと、ちょっと気まずい。
「あの……ハーシーは、聖女を召喚したかったんだよね?」
わたしが尋ねると、ハーシーは我に返った。
「あ……うん、そうだね」
「王様から通達が来ていたって言ってたけど、じゃあ王様は、色んな人に召喚を頼んでいるってこと?」
「うん、そうだと思うよ。
聖女は、この国を守ってくれる守り神みたいなものだ。だけど、そう簡単に召喚できるわけじゃないみたいで。誰が召喚できるのか、いつ召喚できるのかは、定かではないんだ」
「今までの聖女様は、お役目を終えたら、自分の世界に帰ったのかな?」
「うーん、どうなんだろう。おれが生まれてから、だれかが聖女様を召喚したって話は聞いてない。今回、どうして……王様が聖女を召喚したかったのか、今日聞きに行こうと思ってる」
その言葉に、わたしは耳を疑った。
「え!?今日!?
そんな簡単に会いに行けるものなの!?」
するとハーシーは、ふっと微笑んだ。
「まぁ普通だったら、会えないけどね。おれと王様、幼なじみだから。行ったら話す時間は作ってくれると思う」
開いた口が塞がらない。王様と幼なじみって……なんて太いコネクション。やっぱりこの人は、庶民には考えられないスケールで生きている人なんだ。
それなのに、女の子が寄ってこないって……仕事のためもあるのかもしれないけど、それにしても有り得なさすぎる。
馬車が止まって、目的の場所に着いたようだ。
まさかの、お店の目の前で、徒歩0分。馬車は、使用人さんがどこかへ置きに行った。
お店の中に入ると、元の世界では入ったこともないような、格式高い内装に、一点物の洋服が飾られていた。
「ハーシー……ここ、ものすごく高いんじゃない?」
耳打ちすると、ハーシーもわたしの耳元で囁いた。
「平民の給料の10年分くらいかな」
「えぇええっ!!いやいやいや、そんな高い服を買ってもらうわけには……!!」
「だって今日は、アウル国王に挨拶に行くんだ。そんな使用人の格好で、行かせられないよ」
「まぁ確かにそうだけど……〇山くらいの、フォーマルな服で充分じゃない……?」
そんな話をしていると、ニコニコした店員さんにあれよあれよと中に入れられ、試着室でボディサイズを計られ、あれよあれよと似合いそうな服を持ってこられた。
「ジギス伯爵様は、群青色のお召し物ですので、同じようなお色味がよろしいでしょうか?」
「えっと……1番安いもので大丈夫です……」
わたしじゃあ埒が明かないと思ったのか、店員さんは問答無用でその服を着せて、ハーシーの前に連れ出された。
「いかがでしょう?品のある、素敵なドレスでございますでしょう。このお色味なら、黒髪も美しく見えてございます。王様に会いに行かれるのでしたら、せっかくですから、お揃いの色にされてはいかがでしょうか?」
さすが営業の人は、口が上手いなぁ。でもハーシーの隣に並んで映えるのは、わたしなんかじゃなくて、貴族のご令嬢様だと思う。
わたしなんか、使用人さんの服で充分なのに。
そんな、自信がなさそうなわたしを気遣ってくれたのか、座って待っていたハーシーが、腰を上げて近づいてきた。
「似合ってる。ひよは気に入った?」
「えっと……素敵だと思うけど、やっぱりお値段が……」
「普段はさ、仕事ばっかりしてて、お金の使い道もないから。こういう時くらい、格好つけさせてくれると嬉しいな」
もう……なんてスマートな奢らせ方。紳士にもほどがある。
わたしはそれ以上拒む理由もなく、こくんとうなずいた。
「あと何着か、適当に見繕って、屋敷に送っといて」
「かしこまりました」
もう口を挟む余裕もなく、わたしはハーシーに背中を押されて、店を後にした。
え、これって……あとで請求されたりする?
買った服代を、働いて返せとか?
じゃなきゃ、なんでここまでしてくれるのか分からない。とりあえず帰ったら、メリッサさんに習ってお屋敷のお掃除をしよう……。
「おれさ、女の子が生活するのに何が必要か、全然分からないんだ。ごめん。他に必要なものってあるかな?」
「えっとまぁ……月に一度は、月のものがくるわけで……それ用の下着とかは、必要かな?」
「そうか……ちょっとそこら辺のことは、お妃様に相談しようか」
「お妃様!?」
いちいち驚くわたしにもう構ってられないのか、ハーシーは問答無用で、わたしを馬車に乗せた。
「……え?もうここから、王宮に向かうの?」
「そうだよ」
「だって、王様に会うときの作法とか……この国のマナーとか、わたしなんにも知らないし!」
「とりあえず、ぽかんとしてる口さえ閉じておけば大丈夫さ」
ハーシーに言われて、わたしはずっと口が開いていたことに気がつき、手で口を覆った。
「そうそう。次にぽかんとしてたら……そのかわいい口に、指を突っ込むからね」
……え?今なんて言った?
ハーシーなりの冗談かな?
ここは笑ってもいいところ?
ハーシーって、実はドSなの???
とりあえずわたしは、気まずくならないように、その場を笑ってやり過ごした。
そんなこんなで、馬車はあっという間にお城の敷地に入っていることを、わたしはまだ気づいていなかった。