36,魂を探す魔法
わたしは、覚悟を決めて石像に触れた。
今度はちゃんと、触る前にアビーとラッセルと打ち合わせをした。
最悪、自分で戻ってこれなくなっても、1時間経ったら王様に報告してくれる。
そうして危ないと判断されたら、またハーシーのもとに召喚してもらう手はずにしている。
また突然現れたら、ハーシーに迷惑をかけるだろう。だから、それは最悪のパターンとして避けなければならない。
そう考えてるうちに、わたしは石像に引きずり込まれるような感覚を覚えた。
まるで、鍵穴に入ったようだった。暗闇の中、ひとつだけ、石像から伸びている魂の糸が光っている。
良かった……今度は成功した!
「魂を探す魔法」が、石像に一番マッチしたのかもしれない。
わたしはそれを辿って、ずんずんと前へ進んで行った。
しばらく歩くと、出口が見えてきた。
よし……引き返そう。
まずは、魔法が成功したことが大きな第1歩だ。
『振り返ってはだめ!!』
わたしが振り返ろうとすると、どこからか声が聞こえてきた。
綺麗な、女の人の声だ。
どうして、振り返ったらだめなんだろう?
そうしないと、自分の体に戻れないんだけど……。
『まっすぐ、こちらへ来て』
「いえ、わたしは帰ります。帰るって言ったら聞かないんですよ、頑固者なので」
そう言って、わたしは後ろを振り返った。だって、よく知りもしない人の言葉を信用できないから。
だけど、後ろを振り返った瞬間……わたしは背後の出口へと、引きずり込まれるように飛ばされた。
こんなこと……聖典に書いてなかったのに……!!
目を開けると、自分が座っている感覚を覚えた。
だけどおかしい。周りのものが大きく見えて……えっ、畳がある!?
ちゃぶ台もあって、和室は障子でしめきられている。
ここって……日本じゃん!!
首を動かそうとすると、ギシッと嫌な音がした。
下を向くと、わたしはどこか、棚のようなものに座っている。
青くて、綺麗なドレスを着ていて……髪が長い!?
しかも、綺麗な金髪だ。
(どういうこと……?)
状況が掴めないまま、部屋に近づいてくる足音がした。入ってきたのは、複数の男女だった。
「お邪魔しまーす」
「フローラちゃん、こんにちは」
1人の女の子が、こちらに近づいてきて挨拶してくれた。その子は、純日本人の顔だ。黒髪黒目、前髪ぱっつんの大人しそうな子だった。
「お茶を入れるから、くつろいでいてくれ」
「あ……アダムさん、お手伝いします!」
挨拶してくれた女の子は、男の人について部屋を出ていってしまった。
残った男女は、まだ学生さんなのだろう。制服を着ていて、通学カバンも持っている。
「フローラ、こっちに来い」
ふいに、髪の明るい男の子に呼ばれた。その子をよく見ると、ラッセルにそっくりな……黄土色の髪をした、外国人顔の少年だった。
わたしはその子に呼ばれたようだったけど、思うように体を動かせなかった。
またあの、ギシッという嫌な感覚を味わうのに抵抗がある。
「フローラ……?」
その男の子は、いぶかしげにこちらを見ている。わたしは、口を開けて声を出そうとしたけれど、なぜか声が全く出なかった。
「フローラ、調子が悪いのかしら?
時影、話しかけてみてくれない?」
その時、ポニーテールの女の子が言った。彼女はどことなく、アビーにそっくりだ。
彼女が通学カバンを開けると、中からひょっこりと、何かが顔を出した。
(えっ……人形!?)
わたしは、忍者の格好をした人形が動いている姿に、心底びっくりした。
彼は頭巾で頭をおおわれて、顔全体は見えなかったけど、キリッとした目でこちらを見つめている。
『フローラ殿、いかがされた?』
『フローラ……この体の持ち主は、フローラ様なの……?』
わたしがそう思うと、彼は困惑しているように、女の子に目を向けた。
「ん?時影、やっぱりフローラは調子悪いの?」
忍者人形は、何も言わずにうなずいた。
「そんな……アダムおじさん!!フローラがおかしいよ!!」
ラッセルに似た男の子がそう叫ぶと、大人の男の人が、お盆を持って部屋に入ってきた。
その人も、この和室に似つかわしくない外国人顔だ……。
彼が、こちらに近づいてきた。そしてまじまじと、わたしの体を四方八方から確認した。
「別に、どこも壊れてはいないが……」
「だってさっきから、呼んでも動かないんだ。起きてはいるみたいだけど……」
すると、忍者人形の他にも、もう一体の人形がわたしのもとへ近づいてきた。
その女の子人形は、真っ赤な着物を着ていて、大人しそうな女の子にそっくりな顔をしている。
『あなた……大丈夫?』
無表情だけど、優しく話しかけてくれた。わたしはその人形に、頑張って顔を向けた。
『あの……ここは、どこですか?』
『ここ?鳴瀬さんの家だけど』
『えっと……何県とか……』
『広島県』
『広島!?どうして……フローラ様の魂が、日本に……?』
彼女は、パニックになって話が通じないわたしを見て、首をかしげている。
わたし今、人形としかお話できてない……ということはやっぱり、わたしも人形になっているのだろうか。
「あなたは、フローラちゃんじゃないの……?」
黒髪の、大人しそうな女の子が話しかけてきた。
わたしがその質問に『はい』と答えると、彼女はそれが聞こえたように、驚いた顔をした。
「あなたは誰ですか?」
『わたしは、日向ひよと言います。日本人だけど……召喚されて、異世界に行ってて……そこから、魔法でここに来たんです』
「異世界?魔法で……?」
彼女は、話に追いつけてない様子で、不安そうな顔をしている。
それでも、わたしは喋るのを止められなかった。
『わたし、フローラ様の魂を探しに来たんです。こっちの世界では、フローラ様は、生きたまま石像にされていて……元に戻す方法を探しているんです』
女の子が、わたしから聞いた言葉を、そのまま他の人に伝えてくれた。
その子だけはどうやら、人形の声を聞けるみたいだった。
だがその瞬間、アダムと呼ばれた男の人が、湯呑みをこぼした。
動揺しているような顔で、こちらを見ている。
「アダムさん?どうしたんですか……?」
彼はとっさに、濡れたちゃぶ台を拭いたあと、今度は鋭い目でこちらを睨んできた。
「はやく、帰りなさい……さもないと、魂の糸を切る」
『あなた、もしかして……前王アダムスですか!?』
わたしは、ギシギシと鳴る関節を死ぬ気で動かし、その場で立ち上がった。
『フローラ様を、元に戻してください!』
「フ、フローラ様を、元に戻してくださいって……」
女の子が通訳をしてくれて、彼は険しい顔をした。
「彼女はもう、亡くなっている……せっかくその魂を、その体に留めていたのに……フローラの体から、早く出ていけ!!」
彼がわたしを捕まえようとした時、ふと強い風が吹いて、彼は障子とともに部屋の外へ飛ばされていった。どうやら、赤い着物の人形が助けてくれたようだった。
『彼を敵にまわすのは、危ないわ……あなた、早く帰りなさい』
『だめです!フローラ様を、元に戻す方法が分かるまで……!』
『その前に、あなたがやられてしまうわよ。彼は、フローラを作った人形師で……人形たちに命を吹き込んだ人だから』
するとアダムが起き上がり、こちらに手を向けた。彼の周りには魔法陣が現れ、わたしに向けて何かを唱えている。
その瞬間、私の体の周りに現れた魔法陣が、つよい光を放った。何が何だか分からなかったけど……これは、王様がかけてくれた守護の魔法だ!
「くそっ……クラウスか」
そういえば、どことなく王様に似ている……やっぱり彼は、クラウス王のお父さんなんだ。
どうしてこんなところに……どうして、フローラ様の魂と一緒にいるの……?
その瞬間、また後ろに引っ張られるような感覚を覚えた。魂だけが、また鍵穴を通るように吸い込まれていく。
1時間経ったんだ……わたしの魂は、またハーシーの元へ還るのだろう。
自分の体に戻る瞬間に、誰かとすれ違った。その人はどこか……あの石像の顔と、似ていたような気がした。




