2,金髪碧眼の騎士様
馬なんて乗ったことないから、どうぞと言われても乗り方も分からない。
するとハーシーが先に乗り、足をかける場所を教えてくれて、上から引っ張ってくれて乗ることができた。
うわぁ、めちゃくちゃ視線が高い!
それにけっこう揺れるから、振り落とされないか心配で怖すぎる。
そういえば会社の福利厚生で、乗馬体験のチケット入ってたなぁ。1回でも行っておけばよかった。
いやいや、それどころじゃない。一人暮らしの家の家賃もあるし、早く戻らないと滞納になって、住む家がなくなってしまう。
職場にも迷惑をかけるし……。
「ひよ。きみは、どこから来たんだい?」
後ろに乗っているハーシーに話しかけられて、わたしは顔を上げた。
「日本ていうところ。ここは……」
「うん、アウル国だ」
聞いたこともない国。たぶん、わたしの生きていた世界には存在しない。
ということは、わたし……。
「もしかして、異世界に来ちゃったのかな」
「そうみたいだね。にほんていう国は、おれもはじめて聞いた。近くにもないはずだから」
となると、歩いて帰れるわけじゃない。わたしがなぜ今ここにいて、どうやって来たのか。その真相を突き止めない限り、戻る方法は分からなそうだ。
「あの……ハーシーさんは、」
「ハーシーでいいよ」
「ハーシーは、どうしてわたしを助けてくれたの?」
すると彼は、しばらく間を置いたあと、重たそうな口を開けた。
「おれがきみを……召喚したからだよ」
「え!?」
「あ、いや、王様から通達が来ててさ。聖女を召喚して欲しいって」
「聖女?」
「そう。だからひよは、きっと聖女として選ばれたんだろうね。まさか魔法もろくに使えない、護衛士のおれが、召喚に成功するなんて思ってもみなかったから……」
ごにょごにょと言い始めたハーシー。彼にとっても、わたしが来たのは予想外だったみたいだ。
「でも、召喚できたなら、元の世界に戻る方法もあるよね?」
「うーん……おれは、配られてた聖女召喚の魔法陣を、試しに使ってみただけで。王族や魔法使いなら、わかる人がいるかもしれないけど」
そうか。この国では、魔法使いがいるんだ。なら希望はありそうだ。早く会いに行って、家賃滞納を阻止しなきゃ。
それにしても、こんな裸足のパジャマ姿で会いに行くわけにはいかない。
ハーシーは、貴族のような襟の高いコートを着ているから、明るくなると、なんともわたしは滑稽に見えるだろう。
まだ暗いうちに、着替えができるといいんだけど。
「ハーシー、今はどこに向かってるの?」
「おれの家だよ。心配しなくてもいい。住むところも、食べるものも、ぜんぶおれが保証するから」
「……ありがとう。でもその前に、何か着るものをくれる?
この格好じゃ恥ずかしくて、おうちの人にご挨拶もできないから」
するとハーシーは、笑いながら「可愛い服だと思ったけどなぁ」と言った。
えぇ、可愛いでしょうよ。社会人のわたしが、年甲斐もなくクマちゃんがプリントされた、耳つきのフードパジャマを着ている。
仕事に疲れて、家ではテンションを上げたくて、衝動買いしてしまったのよ。
そんなことを考えていると、急に森が開けて、はるか空まで届きそうなほど高い柵が、目の前に現れた。
お馬ちゃんに乗ったまま近づくと、中から誰かが、柵を開けてくれた。
もうご挨拶しないといけないかと思ったけど、その人は柵を閉めると、あっという間に暗闇に消えた。
中に進むにつれて見えてくる、白くて大きな洋館。
かつて修学旅行で見た、国会議事堂よりも大きいその建物に、わたしは息を飲んだ。
「ハーシーって……王子様なの?」
「え、いや、そんなことないよ。おれは伯爵だから、身分はそんなに高くない。
この国じゃ、これくらいの屋敷、どこにでもあるから」
そう言いながら、ハーシーは馬を止めて、また丁寧に降り方を教えてくれた。乗る時も苦労したけど、降りる時も、なかなか足が地面につかない。
するとハーシーが、後ろから体を抱きとめてくれて、なぜかお姫様抱っこされてしまった。
「えっ、いやいや、申し訳ないから降ろして!」
「ひよは、裸足だから。森で走って、怪我もしているだろう?」
お屋敷の中は、ぽつぽつと火の灯りがともっている。そこを通るたびに、ハーシーの髪はきらきらと黄金に輝いて、一瞬、瞳の碧さまで鮮明に見えた。
……どうしよう。素敵すぎる。こんな経験、日本じゃどんなにお金を積んでも、得られなかったと思う。少しの間でも、召喚されて良かったかも。
彼はそんなに身分は高くないと言ったけど。
わたしにとっては充分、かっこよくて、気遣いに溢れていて、王子様みたいだ。
わたしは恥ずかしさで顔を上げられないまま、ハーシーの腕の中で、身を固くしていた。