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わたしを召喚したのは金髪碧眼の騎士様でした  作者: RUNA
第3章 わたし、聖女になる
18/40

18,花畑

 目が覚めると、まだ日は登っていなかった。

 屋敷もしんと静まり返っている。


 最近アビーと一緒に寝ていたから、横に誰もいないのが寂しい。だけど、昨日はぐっすり眠れた。


 あの後帰って、使用人さんたちに話すと、みんな急なことなのに、喜んでくれていた。

 パーティは、夜に開催されることになった。


 昨日ハーシーの隣で「楽しみすぎて、寝られないかも……」とつぶやいたら、彼が「寝られるまで添い寝しようか?」なんて言ってきた。


 わたしは「子供扱いしないでください!」と怒ったけど、あれは冗談だったのかな……。

 あんまり冗談を言う人じゃないから、本気で言ってくれてたのかもしれないけど、添い寝なんかされたら目がギンギンして、逆に眠れないよ。



 それくらい、ハーシーはかっこいい。護衛士館の団長さんだし、貴族だしイケメンなのに、全然威張っていなくて、その優しい人柄も親しみやすい。


 そんな彼はまさに、白馬に乗った王子様だから。

 黒髪モブ顔のわたしと、釣り合うわけない。


 護衛士は、人の盾となって働く大変な仕事だ。だけどいつか、彼はお似合いのお姫様を見つけて、幸せに生きていく。

 出会った頃からそう思っていた。


 でも、どうしてだろう……出会ってこの1ヶ月。ハーシーの隣にいることが、今まで生きてきて1番、居心地がいい。


 大事にされているという実感がある。

 わたしは本当に、元の世界で何もなかったかのように、生きていけるのかな……?


『君がいなくなったら、おれの笑顔は消えてしまいそうだ』


 ハーシーが、あんなこと言うから。

「ずっとこの世界にいてくれないか?」と言われた時は微塵にも思わなかったのに、いまは後ろ髪を引かれる。


 きっと……ハーシーの中に残るのは、「大事にした恩も返さず、元の世界に帰ったわたし」。


 仕事とか、元の生活とか、色々説明してもピンときていない様子だった。ただ「帰ってしまう」という事実に悲しんで、「帰る方法を教えない」なんて意地悪を言ってしまったんだと思う。



 あの時は正直、面倒くさい人だなと思った。

 わたしは勝手にこの異世界に連れてこられて、家族も友達も、自分の心休まる家もないのに。


 自分が同じ立場になってみないと、人は他人の気持ちを理解することは難しいと思う。それはわたしだって同じだ。


 だから何も言わなかったけれど……自分の世界に帰れないと、絶望を与えた彼に、わたしは静かに怒っていたような気がする。


 その気持ちが、自分ではどうしても消化できなくて……何も考えたくなくて。

 今まで子供に戻っていたのは、彼への当てつけのようなものだったのかもしれない。



 今は『元の世界に帰りたい』という気持ちを尊重してくれていても、心のどこかで、甘やかせばわたしが「帰りたくない」と言ってくれると思っているのだろうか。


 記憶が無くなっていたとは言え、お姫様扱いされて、舞い上がっていた昨日の自分が恥ずかしい。


 ハーシーに「一緒に舞踏会に行きたい」と言ってしまった自分も。そんな優柔不断なことをして、期待させれば余計傷つけてしまうだけなのに。



 今までの記憶が、全て戻ったみたい。

 頭が冷えたように、思考が冴えている。


 本当は、パーティも開いてもらうべきじゃない。ジギス伯爵に2人で報告に行った時のことだ。


「君たち、結婚するの?」と言われて、わたしはとっさに「そんなわけないです!」と否定した。


 その時の、ジギス伯爵の困った顔から察することができた。何も言わなかったハーシーの顔を、わたしは見ることができなかった。

 


 彼の気持ちに気づいていながら、その気持ちを振り回すなんて……こんなモブ女がしていいことじゃない。


 早く気づいてもらわないといけない……わたしは、彼の隣に立っていい人間じゃないって。



 わたしは、体を起こしてベッドから抜け出した。

 靴を履いても、ひんやりした床の感触が、足に伝わってくる。


 壁にかかっている鏡を見て、確信した。

 もとの自分に戻っている。社会人で、社畜で、天涯孤独で、上手に生きられないわたしに。


 元の世界に戻っても、辛いだけなのは変わりない。

 それでも……こんな優しい世界に、ずっといられない。


「……逃げよう」


 わたしは寝間着のワンピースまま、部屋から出た。

 廊下には誰もいない。なるべく足音を立てないように裸足になって、靴だけ持って駆け出した。


 このまま誰にも気づかれずに、外に出られたら。

 1週間、山に引きこもっていよう。何もかも放り出して。


 ハーシーが買ってくれた服も、食べ物も。与えてくれた居場所も。せっかく用意してくれた、お姫様になれるチャンスも。


 これ以上引き止められる前に……全部投げ出して、わたしはそういう人間なんだって、失望してもらう。


 そうして1週間経ったら、何食わぬ顔で帰ってきて、元の世界に戻してもらう。そうしたら、喜んで帰してくれるはずだから。


 わたしは玄関の扉を開いて、外に飛び出そうとした。

 だけど、飛び出そうとしたところで、足が前に進まない……。


「なにこれ……」


 目の前に広がる、花畑。

 昨日はなかったはずの、お屋敷を取り囲む花々。


 日が登ってくるにつれて、徐々に頭をもちあげて花開く。その花は、全部わたしが好きな花……この異世界に咲いているはずのない、日本の花もたくさんある。


 わたしは、足を進めた。花畑の中を歩いていくと、不思議なことに、地面は元のお屋敷の庭だ。

 立派な石畳があったのに……その隙間を埋めるように、びっしりと花が咲いている。


 しかも、なにこれ。わたしが進むと、どんどん花が広がって咲くんですけど……。


「ひよ!」


 後ろから声をかけられて、わたしは立ち止まった。

 振り返ってはいけないのに……振り返ってみると、やっぱりあなたがいる。


 彼は使用人たちと一緒に、屋敷の中からわたしを見つめながら、その場から動かずにいた。

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