表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしを召喚したのは金髪碧眼の騎士様でした  作者: RUNA
第2章 わたし、成長する
15/40

15,招待状

 アパトさんから、会いに行ってもいいと伝えられて、わたしは執務室の前に来た。


 なんだか緊張する……でもちゃんと、ネックレスのお礼を伝えなきゃ。


 すると案内してくれたアパトさんが、窓の外を覗いた。


「あれ、お客さんが来てる」


 わたしも窓の外を見た。

 本当だ。黒い艶のある車体に、真っ赤なバラの装飾がたくさんついた、豪華な馬車が止まっている。それは王様のものでもなく、ジギス伯爵家のものでもなく、初めてみる馬車だ。しかもその風貌から、女性が乗ってきたと分かる。


 アパトさんも気になったのか、「本当はだめだけどね……」と呟きながら、ドアに聞き耳を立てた。

 わたしも、ドアに耳をぴったりとつけた。


 すると確かに、ハーシーと女の人の声が聞こえてきた。声がはきはきとしているおかげで、しっかり内容が入ってくる。


「ハーシー様も、世が世なら公爵家の跡取りです。わたしは、夫の爵位を気にする事はありませんが……」


 その言葉に、沈黙が続いた。ハーシーはどんな顔をしているだろう。さきほどの女性の言葉を、意に介していないような声で言った。


「それで、今日のご用事は?」

「まぁ、つれないお方。実は今日、王宮から舞踏会の招待状が届きましたの」


 女性はカサカサと言う音を立てた。


「このたびは何か重大な発表があるとかで、式典も兼ねているとのこと。

 なので従来の舞踏会とは違い、誰を誘っても良いものとされています。友人で参加するも良し、気になる殿方を、お誘いするも良し……」


 ハーシーはひと呼吸おいて答えた。


「わたしは舞踏会には行きません。ご存知の通り、護衛士は、近衛士とは仲が悪い。

 たとえ伯爵家でも、歴代の当主が参加してこなかった所以ゆえんは、汚れ仕事をしているからです」

「まぁ、汚れ仕事だなんて。人の盾となって働く、尊いお仕事ですわ。

 ……それにこのたびは、わがケンディ侯爵家とジギス伯爵家の、友好の証としてお誘いに来ました。

 これまで父は、細々と護衛士館に援助をしていると聞きます。

 父の顔を立てる面でもどうか、エスコート役を引き受けてはくださらないでしょうか」


 女性はなんとか、彼と一緒に舞踏会に行きたいのだろう。家の話まで持ち込んでまで……。


「……仕事としてで良ければ、喜んで」


(あ……行くんだ)


  断りそうで安心していたけど、ハーシーのその言葉に、胸がズンと沈むのを感じた。


「まぁ、ありがとうございます。1日だけでも、ハーシー様を独占できるのですね。身に余る光栄です。

 それではどうぞ、よろしくお願いいたしますね」


 話が終わった気配がして、わたしとアパトさんは急いでドアから離れた。廊下の端に並んで立ったところで、ふたりが姿を現した。


 女性は、真っ赤なドレスを着た、長い黒髪の美しい人だった。勝気な顔をしていて、こちらに気づくと、わざとらしくハーシーの腕に手を添えた。


「まぁ、あちらのお嬢さんは?」


 本当なら、あの手を振り払って「そっちは痛い方の腕です!」と怒ってやりたい。


「……彼女は、護衛士館の一員です」

「まぁ。それでは、ハーシー様のご家族のようなものですね。ごきげんよう」

「……ごきげんよう」


 満面の笑みで挨拶してくれたけど、友好の証には思えない。

 わたしと彼女には、大きな身分の違いがあることを見せつけるかのように、彼の腕を離さずエスコートしてもらって、馬車へと帰って行った。



 アパトさんは何を思ったのか、「中で待っていなよ」と声をかけてくれて、仕事に戻っていってしまった。


 だけどしばらく経っても、なかなかハーシーは帰ってこない。痺れを切らして、また廊下に出て外を覗くと、まだ馬車が止まっている。


 ハーシーは優しいから、ずっと話に付き合ってあげてるんだろう。それとも、本当に話が楽しくて終わらないのか……。


 そんなことを考えていたとき、館から護衛士さんが出てきて、ハーシーに何かを伝えた。彼は急に、女性に謝り始めて、諦めて馬車に乗った彼女を見送り、やっと館に入ってきた。


「……やあ、待たせたね」


 そのままどこかに行ってしまうかと思ったけど、彼はまっすぐわたしのところに戻ってきてくれた。


「あの、何かあったんじゃ……?わたしのことはいいので……」

「あぁ、さっきのはね。こうやって帰ってくれない時は、折を見て呼んでもらうようにしてるんだ」

「なんで、ご自分で断らないんですか?倒れたばかりなのに……」


 そう言うと、彼は待たされたことを怒っていると思ったんだろう。「本当にごめんね」と謝って、わたしを執務室に入れてくれた。


 彼と向き合って座ったけど、まだソファが暖かい。さっきの女性の顔がちらついて、わたしは頭が真っ白になった。


 ……あれ、わたし、何を話しにきたんだっけ……。


 沈黙が続いてしまって、彼は気を遣って口を開いた。


「ひよ、また少し成長したね。でもまだ、この国に来た時の姿ではないみたいだ」

「……はい。まだあまり、記憶も戻ってなくて……でも、アビーと喧嘩したことは覚えています」


 その話をすると、わたしははっと思い出した。


「あの時、反抗してしまってすみませんでした。あと、ペンダントを見つけてくださって、ありがとうございます」


 深々と頭を下げると、ハーシーは「顔を上げて」と言った。

「いきなり記憶がなくなったら、みんな気も動転すると思う。気にしてないよ。

 あとペンダントの件は、魔物討伐の依頼が来ていてね。たまたま見つけられて良かったよ」

「でもそのために、怪我まで……腕は、大丈夫なんですか?」


 さっき、女性が掴んでいた左腕。話によると、ひどい火傷をしたと聞いていたけど、服の上からだとまるで分からない。


「王様の治癒魔法で、大した痕は残っていないんだ。ひよが気に病むことじゃないよ」

「そうですか。じゃあ気がねなく、舞踏会に行けますね」


 そう言うと、彼は「聞いていたのかい?」と、苦笑いした。

  わたしは盗み聞きしたことを謝ることなく、「話は以上です。お忙しい中、ありがとうございました」と言って立ち上がった。


 そのまま部屋を出ようとしたわたしに、彼は「ちょっと待って」と呼びかけてきた。


「なにか落ちたよ」


 彼が拾ってくれのは、ポケットに入れておいたはずのミサンガだった。


「もう、必要ありません。捨てておいてください」

「……なにか、怒ってる?おれ鈍いからさ。何か気に触ることをしたなら、謝るよ」

「違います。あげようと思ってたけど、やっぱりハーシー様には、似合わないと思ったんです。そんなものつけて、舞踏会に行ったら恥ずかしいですから!」


 そう言って部屋を出ようとしたわたしは、背後に彼の気配を感じた瞬間、目の前のドアを押さえられた。

 これ、もしかして……うわさの壁ドン?


「これ、おれに?」


 わたしは背を向けたまま、うなづいた。そして今や、アビーや護衛士見習いたちみんなに編み方を教えて、みんなつけてくれていることを話した。


「へぇ、これ君が編んだの!?

 器用だなぁ……どこにつけたらいい?」

「……手でも足でも、お好きなところに」

「あれ、首にはつけられないのか。残念」


 振り向くと、本当に彼は首にまきつけようとしていて、吹き出してしまった。


「明らかに短いって、見たら分かりますよね」

「そう?だって、ひよがつけてくれないからさ」


 彼なりの甘えなのだろうか。わたしは「もう、仕方ないですね」と言いながら、彼の手からミサンガを奪って、左手に結びつけた。


「……火傷した手が、早く治りますように」


 すると彼は、とっさにわたしの手を掴んできた。びっくりして顔を上げると、彼はうつむいたまま、「ありがとう、大事にする」と言ってくれた。


 かすかに、目に涙が浮かんでいる。その涙がひとしずく、ぽろりと流れ落ちたのを見て、わたしはつい彼の頬に手を当てた。


「ど、どうしたんですか!?」

「おれもさ、一つだけ気になっていること、聞いてもいい?」


 うなづくと、彼はわたしがつけているネックレスにそっと触れた。


「……このネックレスは、さ」


 彼は、わたしの手を握ったまま言った。


「大事な人から、もらったもの?」

「……はい。亡くなった、父と母から」


 そう言うと、彼はもっと力を入れて、ぎゅっと手を握ってきた。


「……ごめんね。おれは君に、酷いことを言ったんだ」


 そう言って、彼の潤んだ瞳から、ぽろっと涙が溢れ出てきた。

 青い瞳から出る涙は無色透明だけど、まるで宝石の雫のように、きらきらして見えた。


「えっと、なんのことか分かりませんが……泣かないで……」


 その顔に手をのばして、涙を拭ってあげても、どんどんぽろぽろと落ちてくる。

 わたしはハーシーの泣き顔に、胸をぎゅっと掴まれるような感覚を覚えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ