14,プレゼント
見習い館の仕事をしていると、護衛士たちが騒ぐ声が聞こえてきた。
外で薪割りをしていたあたしたちは、顔を見合せた。
「誰か怪我したのかな」
「見に行ってみようよ」
みんな心配そうな顔で、隣の護衛士館に走った。あたしも、何だか嫌な予感がしてついていった。
「医者を!」
「ジギス伯爵に報告だ!」
慌ただしく、護衛士たちが動いている。怪我をしている人は、すでに屋敷に入ったのだろう。その中に入っていくと怒られそうで、子どもたちは足を止めた。
すると中から、見慣れない人が出てきた。その人は高価そうなマントをかぶっていて、護衛士たちは動きを止めて敬礼し、その人の話を聞いている。
その人の顔は、男か女か分からないほどきれいな人だった。でも声が低くて、男の人だとわかった。
彼はあたしを見て、近づいてきた。
「これは、あなたのものか?」
そういって差し出されたものを見て、おどろいた。
「あたしのネックレス!」
それは、四つ葉のクローバーのネックレス。死んでしまった両親にもらったものだ。ずっと、肌身離さずつけていたのに……いつなくしてしまったんだろう。
「ハーシーは、自分の身を呈して、それを魔物から取り返したんだ」
「えっ!?じゃあ怪我をしたのは、ハーシー様なんですか!?」
アビーが声を上げた。ハーシーとは、あの金髪の若い団長のことだ。アビーと喧嘩した時、さんざん反抗してしまった……。
「治癒魔法で、だいぶましにはなっているはずだ。それでも治るのには時間がかかるし、痛みもある。ハーシーを頼んだよ」
あたしの肩をぽんと叩くと、その人は馬車に乗って行ってしまった。
後で聞くと、あの人がこの国の王様なのだそうだ。
次の日、やっとジギス家にお見舞いに行ってもいいと言われた。
それでも、まだ意識はないから話はできないし、なるべく起こさないように静かにしていろと言われた。
あたしたち見習いは、息を飲んで団長の寝室に入った。
「……ハーシー様」
だれかが、彼の名前を呼んだ。彼はあちこち包帯を巻かれ、痛々しい姿で寝ていた。
すすり泣くみんなの姿に、この人は、本当に慕われている人だったんだなと思った。
あっという間にお見舞いの時間は終わって、外に出されてしまった。
あたしは、このまま帰れない。
ジギス伯爵家の使用人さんに、「団長の看病をさせてください!」と言ったけど、首を横に振られた。
あたしはみんなと一緒に、見習い館に帰るしかなかった。悔しかった。大事なネックレスを取り返してくれたのに、あたしは、あの人のために何もできない。
「ひよ……泣かないで」
いつの間にか、あたしが1番泣いていた。なんだかもう、あの人に会えない気がして……伝えたい言葉が、伝えられなかったらどうしようって不安が、どんどん湧いてきて止められなかった。
あたしはアビーになぐさめられながら、同じベッドで眠りについた。
目が覚めると、体が痛かった。ベットが狭くて、ずっと縮こまって寝ていたのだろう。
体を起こすと、アビーも一緒に目を覚ました。すると彼女は、びっくり顔でこちらを見た。
「ひ、ひよ……!?」
自分の体を見ると、貸してもらった服が小さくなっていた。上着の丈が合わず、お腹がさらけ出されてしまっている。
「あなた、また大きくなったの?」
「また……?」
首を傾げた。前にも、同じことがあったのだろうか。
昨日より5歳くらい大きくなって、顔も鏡を見せてもらうと、お姉さんという感じになっている。
何が何だか分からなくて、怖くなってきた。
アビーがすぐにライラさんを呼んできてくれて、彼女か用意してくれた服に着替えた。
それは以前、団長が買ってくれた服みたいで、高価な刺繍がついているワンピースだった。
「ひよ、前の記憶は戻ってないの?」
「……はい」
「そう。まだ背も、元通りにはなってないものね」
ということは、わたしはここに来た時、大人だったんだろうか。でも、なにも覚えてない。
この服を買ってもらったことも……すごく嬉しかったはずなのに、覚えていないなんて。
その日はとりあえず、その服でみんなと仕事をした。みんなと一緒にパンを焼いて、食堂で昼食を食べていると、護衛士さんたちが近づいてきた。
「え、ひよちゃん!?」
その人は、たまに見習い館にお手伝いにきてくれる、アパトさんだった。童顔だけど、これでもハーシー様と同い年らしい。威圧感がないから、あんまり仕事が来ないんだよねぇと前に呟いていた。
彼は大きくなったわたしを見て、びっくりしていた。
「すっかりお姉さんになっちゃって……記憶は戻ったの?」
「いえ……ごめんなさい」
「え、なんかしおらくなっちゃって可愛いけど……昨日のことは覚えてる?」
昨日のこと、というのは、団長のお見舞いに行った時のことだろう。
「はい。あの、ハーシー様は……」
「意識が戻ったみたいだよ」
その言葉を聞いて、みんなわぁー!と声を上げた。アビーが「良かったね」と声をかけてくれて、「うん、よかった……」と言うと、自然と涙がぽろぽろこぼれてきた。
「それを、みんなに伝えに来ようと思って」
「こっちには、まだ来ないの?」
「うん。今日は静養して、家で仕事するそうだよ」
仕事ができるまでに、回復したんだ。本当に良かった。それでも、けっこうな火傷を負っていたはずだけど……跡は残ってしまうのかな。
その日の夜、仕事を終えて自由時間となったときに、わたしはアビーに「あのね……」と話し始めた。
「わたし、ハーシー様になにか、プレゼントしようと思って」
すると彼女は、目を光らせた。
「えぇ!?いいじゃん、何をプレゼントする?」
「お金がなくて、何か買うことはできないから……ミサンガでもどうかなって思って」
「ミサンガって、なに?」
きょとんとする彼女に、わたしは「腕につける紐飾りなの」と説明した。
「それはね、願いが叶うまで、ずっとつけとかなきゃいけないんだけど……自然に切れたら、願いが叶うって言われているの」
「へぇ、いいじゃん!ひよはそれ、作れるの?」
「うん。学校で流行ってて、友達と休憩時間に作ってたから……」
「わたしにも教えて!一緒に作りたい!」
わたしたちはさっそく、ライラさんのところに刺繍糸をもらえないか、聞きに行った。
白くて細い糸しかなかったけど、わたしたちはそれを部屋に持って行った。
糸の端をベッドに結んで、わたしはアビーに編み方を教えてあげながら、その夜は2人でミサンガ作りに熱中した。