10,きらきら
「……それで?昨日の天災は、お前の恋愛下手のせいで起こったと報告しにきたわけか」
クラウスは、疲れきった顔でため息をついた。
王様の仕事で、あまり寝ていないのだろう。明らかに不機嫌な態度があらわれている。
ここは王宮にある彼の自室だ。部屋には、お妃様もいる。
彼女は小さくなったひよを見るなり、「まあ、姪っ子ができたみたいね!」と目を輝かせて、一緒に遊んでくれている。
「何とかならないか、クラ。このままじゃ、«きらきらのお兄ちゃん»なんて恥ずかしい異名で呼ばれて、生活しないといけないんだ」
「ふざけるな。お前のせいで、怪我人が出ている。リバルのおばあさんが、揺れにびっくりして、転倒したそうだ」
「……あとで、謝っておくよ」
「まぁ、尻もちをついたくらいだそうだかな。それで、彼女になにを言ったんだ?」
おれは、アレクサンドルと一緒にお絵かきしているひよを見ながら、重たい口を開いた。
彼女に言ったことをそのまま打ち明けると、クラウスは椅子にもたれかかって、足を組んだ。
「お前、普段は聖人のような顔で仕事しているのに。恋愛になると、急にらしくなくなるのはなぜなんだ?」
「……なぁ、どうしたらひよは、元の姿に戻る?」
「小さくなっているのは、彼女の防衛であることは間違いない。今まで使っていなかった聖女の力を、ここで発揮してしまったんだろうな。
そもそもお前は、どうして『知っているけど教えない』なんて、もったいぶって言う必要があった?直接、ここにいてほしいと言えばよかったじゃないか」
「それは言ったよ。でも彼女が、どうしても帰らなければならないんだと……」
「その理由は聞いたか?」
おれは、口を噤んだ。
断られたことがショックで、そこまで深く聞こうとはしなかった……。
「何を思って、お前が彼女を召喚したのかは聞かない。でもおれは、お前のために魔法陣を贈った。
いつも人を優先して、自分のことは犠牲にしがちなお前が、彼女を引き止めたいと思ったんだろう。お前もその理由を話して、じっくり話し合うべきだった。
でもまぁ、あの姿になったらもう、話し合いどころではないな。あとは残された時間を大事に過ごしていくしかない。
またもう一度、彼女を召喚できる保証は、どこにもないのだから」
おれはまた、ぎゅっと胸をしめつけられる感覚した。もう何もかも、失敗した。手遅れになってしまったんだという諦めが、心の中にすとんと落ち着いた。
「……うん、わかった。忙しいのに、ありがとう。お前は結婚して、すっかり恋愛マスターだな」
おれの言葉に、クラウスは「そうだな。見習ってもいいぞ、きらきらのお兄ちゃん」といじり返してきた。
ひよは、アレクサンドルと離れがたそうにしていた。おれと同じ、碧い瞳がお気に入りらしい。彼女のことも「ばいばい、きらきらのおねぇちゃん」と呼んでいた。
「頑張ってね、お兄様。またこまったら、いつでも会いに来て」
ひよを抱っこして部屋を出ようとすると、最後にアレクサンドルがそう言って、微笑んでいた。
「ねぇねの、おにいちゃ?」
ひよの問いに、おれは部屋を出て、小さな声で言った。
「そうだよ。ほかのみんなには秘密なんだ。
約束できる?」
「うん、できるよ。しー、だね」
ひよが小さな口の前で、人さし指を当ててみせた。おれもそのマネをすると、ふふ、おそろい、と嬉しそうに笑っていた。
「ひよ。今日はね、帰る前に、連れていきたいところがあるんだ」
おれはその後、ひよを鉱山に連れていった。
ここでは特産品である鉱石が埋まっており、たくさんの商人が人を雇って、ひたすらに壁を掘らせている。
そんななかでも、二束三文の鉱石がたくさん埋まっている場所がある。ここは昔から、だれも手をつけてはいけないとされる、神聖な場所だ。
だがその意味を、国民の誰もが知っているわけじゃない。みんなここを掘ってもお金にならないから、興味がないだけだろう。
ランプの灯りを頼りに、洞窟の奥に入っていくにつれて、ひよはぎゅっと、おれの服にしがみついてくる。
「くらいとこ、こわい……」
「大丈夫だ。もう少ししたら、きらきらになるから」
するとひよは、「きらきらになる!?」と目を輝かせた。だが、辺りを見渡してもゴツゴツの岩ばかり。彼女の顔は、半信半疑で泣きそうになっていた。
「ひよ。おれが昔から、たった一つだけ使える魔法を、見せてあげるよ」
魔法というか、家系能力というか。
かつて鉱山から高価な鉱石だけを見つけることができ富豪となった、アレクサンドルの生家、リバティ公爵家の能力が、おれにも備わっている。
そこに足を踏み入れると、何も唱えずとも、暗闇で石たちが光り出す。
「わぁあああああ!」
ひよが、感嘆の声を上げた。
何も無いと思っていた岩場に、無数の光が出現したのだ。
彼女は小さな体で、飛び跳ねたり、光っている石をさわったり、手で隠してみたりと、楽しそうに遊んでいる。
おれはそんな様子を眺めながら、地面に寝転がると、ひよも真似をして、隣に寝転がった。
「……おれはこの能力のせいで、赤ん坊の時に、命を狙われた。男だったから、当時の王様が怒ったんだ。
本当の両親は、王家に忠誠を誓うために、おれを公爵家から追い出して、護衛士館に預けた」
今のひよに聞かせても、理解できるか分からないけれど。おれは物語を話すように、自分の身の上話を続けた。
「もう、その時の王様はいない。クラウスが、やっつけてくれたんだ。そして彼が王様となり、妹のアレクサンドルはお妃様となったけれど、おれは公爵家には戻らなかった。
ずっと、捨てられたと思っていたから。両親がおれを守るために、護衛士にしたのだとしても……今さら帰ってきてもいいと言われても、おれはどんな顔をして帰ったらいいのか、分からなかったんだ」
目から一筋、涙がこぼれた。それを見たひよが、「いたいいたい?」と、髪をなでてくれた。
「……いまはジギス伯爵の跡を継いで、護衛士団長になって、このままでいいと思ってた。おれの人生は、これで充分。居場所があって、みんながおれを気遣ってくれて。
これ以上の幸せは、ないと思っていたから……」
とめどなく、涙が溢れてくる。
どこから間違ってしまったのか分からない。それでも、おれが自分の過去を精算できず、こじらせているせいで、ひよに八つ当たりしてしまったことは間違いないんだ。
「1人でも、生きていけると思っていたのに。
ずっとそばに居てくれる誰かが来てくれることを期待して、おれはひよを召喚してしまった。
……ごめん。本当に」
話を理解しているのか分からないが、ひよは「なかないで、なかないで」と言いながら、自分も涙をいっぱいためている。
おれは涙をぬぐって、起き上がった。
「……よし。美味しいもの食べに行こう」
「おいしいもの!?」
ひよの大喜びした声が、洞窟中にひ引き渡った。