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婚約者とイチャイチャしたいだけのために私を「ヒロイン」とか言って巻き込むのやめてください!!

作者: 春野美咲

ホント、展開がアレ。

普段より長い。


 リリアナ・ドルーテは貴族学園に通う唯一の庶民である。平民の子である彼女が何故貴族子息たちが通う学園に通っているのかというと、彼女はこの国唯一癒やしの魔法を持つ聖女だからである。

 そんな希少性の高い彼女がそれまで一切の関わりを持たなかった貴族の世界に飛び込むのだから、それは多くの試練と心労が彼女に降りかかるであろう事が、誰にだって予測のできることである。

 そして、そんな周囲に溶け込めず学園に不慣れな彼女を周囲の人間がどう扱うのかはその扱う者の人格に委ねられていた。


 そして、学園が始まってから半年経ったとある夕暮れ。学園の授業の一環であるダンスマナーの「自主的特訓」と称した子息たちだけが集まった、子息たちにより開催される、子息たちを主役としたパーティが催された。パーティの主催者は学園の生徒会メンバーだそうだ。そして、そのパーティに呼ばれる対象となるのは学園に在籍するすべての生徒たち。一学年に20人弱しかいない計4学年のすべての生徒だ。

 そして、その中にはもちろん例の平民の彼女も数えられていた。


「────やはり、このときが来てしまったのですね」

「アリアナ、どうか僕を信じてほしい。僕は決して君を裏切ったりしない」

「エセルバート様……」


 そして、明るく賑わう会場に似つかわしくない暗い声色が壁際で繰り広げられていた。

 そして、その二つの影に一人の少女が歩み寄る。


「あ、あのアリアナ様、エセルバート様」


 どこか覚束無い所作で二人の男女に話しかけた少女は、周囲をキョロキョロと不躾にも、いや不慣れそうに見回しそのまま声をかけ続ける。


「あの、今日のダンスパーティなのですが……」


 否、かけようとした。


「悪いが、キミとダンスを踊るつもりは一切ない」

「えっ?」

「他を当たってくれ、と言いたいところだが、それで諦めてくれるキミでもないだろう」

「…………」


 少女の言葉を遮ったのは話しかけられた片方の男の方だった。

 そして、エセルバートと呼ばれた彼は訳知り顔で彼女に頷いた。その隣に不安そうに彼を見つめるアリアナと呼ばれた女性を残して。


「ハッキリ言おう。僕には幼き頃より定められた婚約者がいる。それが彼女だ」


 男は隣に立つ今婚約者として紹介した女性の肩を引き寄せた。それはまるで自分の恋人を忍び寄る魔の手から守るように。


「定められたと言っても、僕は彼女を愛しいと思っているし、いずれ彼女と築く家庭を大切にしたいと考えている」

「……あ、あの」

「つまり、僕は彼女アリアナ以外の女性には全く興味はない」

「……その」

「もちろんキミにも、ね」

「………………」


 何度か男の話に口を挟もうとした少女だったが、その努力もむなしく彼の強い意志にその何かを告げることは憚られた。

 そうする間に、男の隣りにいた女はその男の言葉に感動したように目を輝かせていた。


「エセルバート様……」


 思わずといったように彼の名を口にすると、そんな彼女に対して男は自信気に、そして自慢気に答えた。


「アリアナ、言っただろう?僕を信じてほしいと。相手が、たとえ癒やしの聖女であろうが彼女があの“ヒロイン”であろうが、僕は子爵令嬢である君を選ぶよ」

「……あのっエセルバート様、あたしっ」


 そんな男の言葉についに耐えきれないように、たった今目の前で会話に置いてけぼりにされそうになっていた少女、癒やしの聖女と呼ばれるリリアナが声を上げた。

 しかし────


「リリアナ・ドルーテ。たとえキミが国において貴重な存在だとしても、僕の婚約者を傷つけること、ましてや僕の伴侶に成り代わろうとすることは許せない!」

「………………っ!」


 少女に対してまるで断罪を行うかのように男は声を大きくした。それは周囲の者に聞かせるように、告発するかのように、彼は続けた。


「キミが、我が国において唯一の癒やしの魔法を扱えたとしても、丁重にもてなしはすれど優遇されることはない!そして他の者がそれに従って冷遇されることもない!婚約者を持つ貴族子息にすり寄って、その座を奪おうなど言語道断だっ」


 そして、今まさに声を張り上げ、少女への糾弾を男が行おうとしたその時、会場に悲痛な叫びが響いた。


「…………ァアア〜っもうっ!!少しはあたしの話を聞いてくださいっ!!!!」


 それはまさに今、断罪されようとしていた癒やしの乙女、リリアナだった。

 彼女の叫びにそれまで密かなざわめきを残していた周囲の囁き声もピタッと静まった。

 そんな誰もが注意、視線を向ける中リリアナは耐えきれないように更に声を上げた。


「っ〜何なんですかっ!?お貴族様は平民なんかの話もマトモに聞いてくれないんですかっ?!マナー知らずなあたしも悪いですけどマナーも一切教えずにそれを強要してくる方がどうかしてると思いますっ!!……ほらそこっ!授業で習うだろって愚痴ってる人っ!そもそもこちとら生まれながらの庶民ですよ?!それを生まれながらにして貴族の英才教育を受けてきた人たちに教えてもらってすぐ習得できると思いますか!?」


 彼女の言葉に嫌味をこぼした女子生徒がいたが、リリアナは耳聡くそれに反応する。後方にいた女子生徒に向かって指さしである。(ちなみに指差しは平民の間でも失礼)

 その姿に、普段は冷静さを忘れないエセルバートすらも呆気にとられた様子だった。


「そんなんがまかり通るならあたしだって上手く立ち回るわよっ!それができないからあんたたちに陰口言われる羽目になってるんじゃないっ!!誰が好き好んで友達一人もいない孤立する道を選ぶのよっ!?そんなのよっぽどのバカと自虐趣味のやつだけよっ!!」


 エセルバートだけではなく、会場中が呆気にとられていた。

 そもそも、貴族は淡々と完結に話すことを好み、感情的でヒステリックな言葉は疎む傾向にある。今、リリアナが叫ぶ内容はヒステリーを起こした者そのものだったが、彼女の言い分には「……確かに」と頷いてしまうようなものが含まれているのも事実だった。


「だいたいねっ!こちとら庶民なんだから頼れる人が誰なのかもわからないのよっ!?学園登校初日に新入生代表として総代を努めてたなんか偉そうな人を頼ろうとして何が悪いのっ!?一番優秀そうな人が頼りやすいのは事実じゃないっ!!どうしてそれを怒られなきゃならないのよっ!?」


 今、会場の隅にいる数名の貴族子息が密かに頷いた。「確かに」と。彼らもまた、地方貴族として普段は社交界に縁のない者たちである。彼らも入学当初はかなり苦労したらしい。

 しかし、今会場の中心で一人嘆くリリアナとは違い彼らには最低限の下地はあった。何せ彼らもまた貴族に過ぎない。彼らの両親が最低限のことは予め身に着けさせていたのである。まぁ、その殆どは有力貴族に目をつけられないため、という地方貴族ならではのその場しのぎな教育内容がほとんどなのだが。

 だからこそ、貴族社会に一切の関わりのないリリアナだけが目立っていたということになるのだ。


「男に話しかけるのがいけないのっ?!ならあたしの陰口ばかり言う女子生徒に話しかけなきゃいけないのっ?!嫌よっ!嫌味言われるに決まってるじゃないっ!!だからあたしのことをあまり悪く言わなさそうなアリアナ様に声をかけようとして毎回エセルバート様に邪魔されるんじゃないっ!!何だったら一番邪魔だったのはこの人よっ!!」


 実際、学園に入学する寸前まで彼女は庶民として生きてきた。癒やしの聖女だと国からのお達しが来たが、今日食うに困らなければどうにかなる生活だった彼女は、当然ながら友達も多くいた。見ず知らずの学園に引きずり込まれ、誰を頼ろう、頼っていいのかさえわからない中周囲が自身への嫌味や僻みを口にしているのも当然ながら遠巻きにされ続けた彼女自身にも察せられた。

 その中で、唯一彼女と一定の距離を保ちながらも他者に対して一言も悪口をこぼさないアリアナは、彼女にとってそれこそ癒やしの女神だった。

 かと言って、近づこうとすれば必ず邪魔に入ってくるエセルバート。そしてそれを理由に更に周囲が自身を貶してくるが、彼女にとってそれこそ謂れのない非難だった。


「『庶民なら身分を弁えろ』っ!?言っておくけどあんたたちこそご自分の身分をわかってるっ?!ここからあたしを追い出したらあたし元の家に帰りますよっ!?勝手にここまで連れてきたのあんたたちなのにっ!あたしが帰るのは庶民で平民の家なんだからっ!!ご自分の立場悪くしてるのはどっちかわかってるっ!?」


 これに反応したのは王都の貴族たちだ。今更自身の行動を振り返って焦る者や、庶民の彼女を忌み嫌っていたかは関係なく、ただ周囲の人間に合わせるように陰口を叩いた自身への叱咤を心で唱えるものもいた。

 もしこのまま彼女が元の生活に戻ろうとすれば、当然彼女を送り出した側、つまり平民たちが何を思うかが問題となってくる。平民だからと彼女が冷遇されていたと知れば、民衆たちはそれこそ貴族に反感を懐き、自身達の統治に影響が出てくることも考えられる。最悪、反乱を起こされることもあるかもしれない。

 もちろん、王都の貴族だけではなく地方の貴族子息にも思うところはある。

 未だに礼儀の全くなっていない庶民の喚きに異を唱えたくはあるが、彼女のヒステリックな発言の中に密かに的を射たものがある。特に最後の言葉は彼女がどこに元々住んでいたのかを知っているものの心に響いた。


「だいたいっ!あたしだって来たくてこんなところに一人でノコノコ来たわけじゃないわよっ!!癒やしの魔法だって欲しかったわけじゃないものっ!!普通に家族と友達と一緒にいたかっただけなのにっ!無理やり学園への入学手続きを突きつけられて『これに従わなかった場合、国への反逆行為とみなされます』って言われたあたしの気持ちがわかんないのっ!?家族も友達も人質に取られて、学園に通えば皆陰口も嫌味も言ってきてっ!!なのに学園から逃げたら、庶民のあたしも家族も国からの命令違反で罪人扱いになるって言われて!!相談できる人もいないしっ!そもそも誰もあたしの話を聞いてくれないしっ!」


 彼女の猛攻は止まらない。もはやその垂れ下がった眦から雫が溢れ出しそうだった。かと言ってそんな彼女に近づこうとするものはこの場には居なく、彼女が口を止める理由もまたなかった。


「唯一あたしの悪口を言わずっ、声をかけても顔色を変えないように努めてるって一目でわかるアリアナ様を慕って、そんなにおかしいっ?!そもそも、あたしがアリアナ様に話しかけただけで勝手に話に割り込んできて『彼女は私の婚約者だ』『キミには一切の興味もない』なんて言ってくるコイツのほうが当たり屋じゃないっ!!あたし別にこの人のことなんて好きでもなんでもないしっ、何だったらいっつも婚約者優先してあたしを蔑ろにしようとするような人なんて嫌いよっ!!」


 「しかも偶にあたしのこと『ヒロイン』とか意味不明な呼び方してくるしっ!何?!あたしが知らないだけで病原菌やヤバい薬のことなのっ!?人を、民をっ病原菌扱いするなんてこの人のほうがヤバい貴族じゃない!!」と肩を上下させて叫ぶ彼女の悲痛な声は、会場中に響いた。

 『ヒロイン』という単語の意味は他の貴族にも分からないが、庶民をそのような隠語で呼ぶことは確かに看過できない行為である。たとえそれが高位の貴族であっても。


「そもそもっ!あたしが声をかけたあとに当たり屋のごとく話の邪魔をしたあとに、あたしがまるで居ないみたいに二人でイチャイチャし始めて何なんですかっ!?『庶民はお呼びじゃないんだよ』っ体勢かは知らないけどあたしを出汁にして婚約者とイチャイチャしたいだけじゃない!!声かけただけのあたしを勝手に悪者迷惑不審者人物認定するのホントにやめてほしいっ!!初めてきた国で道に迷ってる人をそんな扱いすることなんて普通ないよねっ!?ある??いやないでしょ!!」


 もはや情緒も保てず、ただ叫びまくる彼女につい頷きかけた者は一体何名だったか。

 それは彼らのイチャつき振りに対してか、彼女のたとえ話に対してなのかはここで言及するものは居ない。ついに全身に悲愴感を漂わせ始めた彼女に是非のどちらの言葉が正しいのか、その場にいるまだ青く若い彼らには判断がつかなかった。

 礼儀のかけらもなく喚く無礼さを非難し、咎めることが正解か。それとも悲痛に叫ぶか弱い少女を抱きとめ優しく声をかけるべきか。


 この場にいる誰にも、わからなかった。

 多少の差異はあれど、生まれながらの貴族である彼らには。



ギ、ギギィ


コッコツコツ



 それまで喚いてばかりだった少女も息が上がり、今はその雫をこぼすまいと強く瞼を閉じて下唇噛んでいる。

 周囲も唖然とし、あるいは沈痛の中で躊躇いを覚える者がごった混ぜになる中、会場は自然と沈黙の時間を重ねる。

 会場の端に佇む彼女らは身動きを取ることもなく、本当に時が止まったかのような姿だった。



コツコツコツコツ、コツッ



 そんな彼女に一つの影が重なった。洗練され尽くした美しく響く足音が眼の前まで近づいてきても、そしてそこに留まったことに気がついても、彼女は顔をあげなかった。

 そんな彼女に、目の前で足を止めた者は声をかける。


「…………何故、我が学園の誇り高き生徒会が主催とされる此度の厳格且つ華やかなパーティ会場が、君を中心に静まり返っている」


 終始頭垂れる少女を咎めるように、男の張り詰めた硬い声色が向けられる。それこそ鉄壁の厳格さを持つかのように。


「答えなさい」

「…………っ〜、あ、あたしはっ………………あたしは、悪く……ないもんっ!」


 厳しさを常にその身に纏う男の態度に、窮したのか少女はどうにか声を震わせながら答えたが、それで納得させられるような相手でもなかった。

 変わらず厳しさを携え、男は少女を追求する言葉を止めない。


「以前にも注意をしたが一人称を改めなさい。あまりにも幼稚だ。それから、『自身は悪くない』と君は答えたが、私が君に尋ねたのは何故か、ということだ。よって、この場合は理由、根拠を明らかにして答えなさい」

「………………っ〜…………」


 淀みなく彼女を責める言葉が男の口から紡がれ、少女は遂にその頬に瞳から溢れた雫を垂らした。


「淑女たるもの、容易に涙を見せてはならない。それは弱味となるからだ。…………答えはまた別の機会をとおして求めよう。今は会場から去りなさい。一部の力しか誇れぬ君に、華やかな舞台を貶していい理由はない」

「……………………」


 男に誘導されるまま、少女はその場をあとにした。ホールを出る際に、彼女が最低限の挨拶を済ませたのは男の補助があってのものだった。

 少女が去った後も、会場は静まっていた。ホールから淡々と少女を送り出した男もその入口でホール全体を見回していた。

 まるで、イタズラをしたことが教師にバレて大人しくするように、全生徒が首を上げることが出来ずにいた。


「…………ふむ。エセルバート・ウィーラー。アルカイン・シルバー。グレイグ・ヴァルダー。ここに来て現状の説明を求む」


 男が生徒会メンバーの名を連呼すれば、彼らは静かに男の佇むホール入口に重い足で向かう。誰の目にもそこに戸惑いや驚きはない。


 当然のことだ。

 今彼らを呼びつけ、その前は一人の哀れな少女を周囲の空気から逃すように促した男はこの誇り高き貴族学園に所属する、生徒を導く立場にある教員であり学びの師なのだから。

 学園の生徒という身分である彼らは、その学びの師を前に最高位の礼儀を弁えなくてはならない。誇り高き貴族学園を卒業しないことには、国にも親にも貴族の一員とは認められない。

 そして、その卒業への引導を渡す者こそは、この学園の厳格さを常に損なわせることのなかった教員たちである。

 学園創立以来、国中の貴族子息がこの学園に通い、卒業することこそが誉れであると信じ、目指す最高峰の学舎。

 そこで自分たちが教えを乞うのは、歴代にも数え上げられるほどの優秀な成績を修め続け、その職に誇りと栄誉を得、学生生徒の導き手として務める教師陣営である。

 尊敬はすれど忌避はしない。

 従順であれど反抗などしない。

 生徒である彼らにとって、教師は『師』であり、親でもなくば教科書を読むだけの道具でもない。


 尊敬し、敬愛し、憧憬することは当然なのである。

 そして今、その師の一人が自身たち一人一人の動向を観察している。

 自分たちの行動が正否で判断され、言い渡されることに一種の焦りと恐怖を交え、会場すべての生徒たちが背筋を凍らせた。


「エセルバート・ウィーラー。先ずは現状の説明を求む」

「…………一女子生徒が私と、……私の、婚約者との会談の際に声をかけてきた後、……私と彼女とで口論となりました。私の不注意で彼女を傷つけ、また彼女をあそこまで追い込んでしまいました」


 敬愛する師に尋ねられ、彼は今この場には居なくなった少女への細心の注意を払い、言葉を選んで答えた。自身の婚約者を話に出すことに戸惑いは覚えたものの、事実を語る重要性を知る彼は保身で誤魔化すこともなく正直に自身の師を見つめ返した。

 「先生の手を煩わせ、大変申し訳ありません」と彼が報告の区切りを告げると、師である男も頷き次にその隣りにいるアルカインに目を向けた。そして彼もエセルバートの回答に対して是と唱えた。続いて師の意図を読み取ったグレイグも、追うように是と答えた。


「…………ふむ。口論の内容の仔細までは問わないが、私情か?それとも今回の会場についての不備によるものか?」

「……私情、です。私が不甲斐なく未熟なばかりに、彼女を酷く傷つけました」


 そうか、とハッキリと答えを示した眼の前の生徒に一つ頷く男に対し、彼は「ですが」と続きを訴える言葉を師に向けた。


「一つ、この国の制度に対しての問題点、早急に改善対策を要するべき事案を発見しました。そのことについて、このあと先生方のご意見を賜りたく存じます」


 国の制度、と随分と大袈裟な事案が出てきたことに男が思わず眉を顰めれば、彼エセルバートの隣りにいたグレイグもまたそれに頷いた。


「その件につきましては、国の上層部への報告も必須かと思われます。多忙である先生方には申し訳ありませんが、報告後にいずれ行われることが予想できる上層部会議へのご参加を同時に願います。きっと先生方のご意見も必要とされる会議となります。勿論、上層部への報告は私からさせていただきます」

「…………報告書を纏める際は一度私に見せるように」

「承知しました」


 現在我が国の上層部に座した父をもつグレイグが、そのまま自身の父親に報告する旨を師に伝えれば、矢継ぎに与えられる情報に今度こそ男は眉を顰めた。

 この場での問題は情報量ではない。男がその眉を顰めたのはその情報が齎すとされる結末だ。

 学生とはいえ、国が誇る学院にてその生徒達の頂点に立つことを許されたのが、今男の前にて重心に一切のブレを見せない彼ら生徒会メンバーだ。

 そんな彼らが上層部も間違いなく問題として取り上げる、という確信を持っている。彼らの師として素直に褒めることもできなければ、また国の未来を左右するかもしれない可能性を見出した彼らを叱りつけ、諫めることもできない。

 ここで師として正しい判断があるとすれば、それはこの場では問わず後に彼らのために時間を設けることだ。常人であれば「面倒」の一言に尽きるが、最高峰の学園の教員として在中するこの男がそんな世迷い言をこぼすはずもない。

 せめて、と注意の言葉を向けるが生徒もまたすでに考えが及んでいたようだった。

 そして男は一つ短く息を吐き、改めた。


「…………次の問にも正直に、正確に答えなさい」


 そう前置きを男は改めて自身の当初の目的を口にした。


「学生同士が授業の復習のために自主的学習を目的として開催を決めたこのパーティ。…………続行は可能か?」

「……………………」


 そう、この問こそが男の本来の確認事項だった。

 そもそも男がこの会場に足を運んだ理由も、生徒たち主導のパーティが恙無く行われているかの確認だった。

 会場内の様子の異変に気がつけば、まず初めにその対処を尽くした男だったが、この凍りついた会場が再開可能か。また今後生徒たち主導の会場利用の権限にまでついてまで、一番に重要な問であった。

 その問を向けられた三人の口はすぐに開くことはなく互いに目配せをし、意思の疎通を図る。この教員を前に嘘は許されず、誤魔化しも効かない。

 しかし、三人の意志は既に固まっていた。


「可能にします」


 その代表として声を上げたのはグレイグだった。

 学年一位の成績を誇る彼がそう断言し、その意志をもって眼の前に対峙する教員を見上げれば、彼もまたその言葉を受け止めたかのようにして頷いた。


「ならばそのように計らい尽くしなさい。他二人も、意がなければ続くように」


 はい、と力強い返事が三人分。会場に広まった。教員の許しを経て、固唾と彼らの動向を見ていた他の生徒たちも少なからず上がりっぱなしだった肩を下げた。


「ひとまず音楽隊を…………」

「いや、最初にホール内でアナウンスを……」

「予定していた催しを早めて……」


 早速パーティの盛り上がりを取り戻るために予定を組む生徒会メンバーの姿に、多くの生徒がつかの間の呼吸を得た。中には休憩所に設けられた飲食スペースに移ろうかというものも居る。

 学園生徒たち主催のパーティがようやく時を取り戻したように明るさが湧き始めた。




「────それで、君はどうする?」


 そんな最初の盛り上がりを取り戻し始める会場から出て、一人の男はまだ幼さの残るグズり続けた少女に尋ねた。


「……〜〜っあたし、悪くないもん!」

「先ず問いに答えなさい」


 未だその涙を引っ込められず、グズグズとはしたなく泣き続ける少女に誇り高き教員も隠しきれずため息をこぼした。


「君が(あく)かは問うていない。その様子では会場に戻ることもできない。敷地内に併設された寮に戻るか、または休暇・外出申請を行い実家に帰るかの選択肢がある」

「〜〜っぅ、あたし、わぅくないもんっ!」

「先ず一人称を改めなさい」


 言葉の応酬が叶わないことも、すでにこの教員は知り得ていた。しかし尋ねないことには現状を打破できない。


「先生のいじわるっ〜〜!!」

「言葉には気をつけなさい。あと私は君に対して意地悪などしていない」


 話が平行線ではあるが、男は息をつくばかりで慣れた様子である。威厳というものが会場にいたときよりかは削がれているが、厳格さを損なうことはない。

 しかし、どこか普段のそれよりかは気を抜いているようにも見える姿勢は何処かの父親のような姿を思わせる。


「パーティ行けって言ったのは先生だもん〜っ!あたしは先生に言われたとおりにしただけなのにっ……!」

「虚言は良くない。曲解も然り。私は生徒主催のパーティがあり、君にも参加資格があるとは伝えたが、決して強要はしていない」


 男が言う言葉は事実だった。普段他生徒から遠巻きにされ「また陰口を言われた〜っ!」と日々彼の研究室に泣きつきに来る女生徒に、パーティの情報を伝えそれを目標に授業に励み社交マナーを身に着けるように指示したのは彼である。

 しかしそれは目標期間の提示であり、なにもパーティへの参加を絶対としたわけではない。

 ある程度のマナーを身につければ、ほか生徒への示しも付くだろうという教員らしい指導の一つだった。

 しかし、そんな彼の立場、というか言動を理解できる頭脳はその女生徒にはなく…………。


「嘘っ!このパーティに参加できたら皆に認めてもらえるって先生言ってたもんっ!」

「まずその幼稚な言動を直しなさい。それと、断言はしていない。可能性があると伝えた」


 もはや泣きじゃくる娘をなだめかす父親像そのものとなりつつあるまだ若い教員の彼は、ただ少女から目をそらすことなくまっすぐと向き合っていた。

 普段から「また庶民ってバカにされた!あんな奴ら叱って指導してよっ!」と彼に泣きつく女生徒だが、どうにもこの教師の前では幼い言動が多すぎる。

 貴族子息である彼らの前でこそもう少し大人しくしていられる彼女だが、男の前ではまるで近所の男の子とに虐められたと父親に泣きつく娘のような姿に彼もまた内心動揺していた。

 まだ若い彼には、淑女として礼儀を重んじる女生徒たちならばともかく、幼い娘の扱いなどわかるはずもない。

 誇り高い学園の教員としてその頭を撫でてやることもできなければ、抱きとめ宥めることもできない。

 どうこの少女を対処すればよいのか、これが常日頃から彼の悩みであった。


「ゔぅ〜。おうちに帰りたい〜っ!!」

「ならば申請書に必要事項を記入し提出後、許可を得た上で期間内に帰ることだ。馬車の手配もこちらでする」


 本当に幼子のように喚く少女に、男はいよいよをもって疲れが出てきた。

 ある程度此度のパーティに間に合うようにマナーの指導も授業終わりの放課後に行ってきたはずだが、生まれの違い、あるいは壁があるのかこの少女は全くそれを身につける気配がない。

 かと言って投げやりになれないのも教員の性か、どうにかして彼女が学園に馴染めるようにと気を配ってきたつもりではあったが、今回のことを鑑みても彼女が元の生活に戻ることに心を配る方が正解なのかもしれない。

 責務、義務、権利……と様々な問題が彼の思考を巡るが、しかしこれに関しては先程エセルバートが口にしていたように国の制度として異を唱えることとなる。

 彼らがどの事柄について問題を取り上げたのかが分からぬ今、教員で指導者たる彼は自由に動けない。

 とにかく一時の休息を少女に許されるよう尽くすか、とあたりをつけたところで、少女が彼の裾を引いた。

 何かと思い彼女に視線を向ければ、うつむいた彼女の後頭部が見える。


「先生も、庶民のあたしが悪いと思うのっ?」


 不安げに、未だその眦に涙を溜め込んだ少女が問えば、男は眉を顰めた。

 到底、貴族界では生きて行けぬとそのシルエットで理解させる少女に、彼は教員として答えなくてはならない。


「君が悪いということはない。生まれの違いで、他者同士が理解できることは少ない。互いに理解しようとし、その努力をすることで初めて分かり合えることのほうが多い。どちらが悪い、誰が悪いということはこの場合当てはまらない」


 少女は態度こそ幼いが、賢くないわけではない。

 教員として答えた彼の言葉に、彼女もまた理解を示せるであろう。

 貴族子息たちから爪弾きにされ、頼れる人間がそばにいない状態で学園に入学してから半年。

 嫌煙されることはあれ直接的被害を被っては来なかった。

 希少性の高い癒やしの魔法を扱う彼女だからこそとも言えるが、そこまでまだ若い子息たちの意識を刺激しないように過ごしてきたことも大きい。

 まぁ、エセルバートを始め一部の生徒たちからは珍妙な扱いこそ受けてはいたが、直接的に排除されかかったわけではない。

 あくまで庶民として、立場をわきまえること。

 あの糾弾の中、彼女に課された試練はそれだけだった。

 しかしこれもまた、育った環境の違いでこそ新たなトラブル(勘違い)を齎したものだったが、それがこの少女一人の責任として課せられるわけではない。

 周囲もまた、教え諭さなければならない。

 一方の意見だけを突きつけ、それで終わらせることもまた許されない。

 彼女が何を思い、なぜその行動を取るかもまた考え、確認しなくてはならない。

 まだ若く青い生徒たちでそれをなすのは難しいことだが、ここに大人が指示を与えることもまたできない。

 彼らで考え、行動し解決に導かなくては意味がないのだから。


「君のその力は天に選ばれたような存在だ。あるいは与えられたとも言える」


 癒やしの魔法は希少性が高い。だからこそ国は管理下において保護したい。

 その一連の流れとして、彼女は学園に通うことを王命によって義務付けられた。

 それは“強制”という言葉にもつながる。

 彼女の得ていたはずの自由が、確かに奪われたのも事実だった。


「しかし、それこそ誰にも言えることだ。貴族の家柄に生まれたもの。王族の血筋に生まれたもの。商家か、それこそありふれた庶民の一人として、小さな祝福の中に生まれたものもいる」


 ありふれた、という言葉はその庶民に対して失礼な物言いだったがこの場で二人が気にすることはない。

 国内の総人口七割を占める庶民の数を二人は知っていたからだ。そして、それが富裕層と貧民、あるいは農家など細かく分類すればそれこそ百通りを容易に超える数であるからこそ、その一つとして生まれたものがその数だけいることも示していた。


「君が、その力を発現させたのならば、たとえそれが君の意志によって生まれたものではなくとも制御し、そしてその責任を取らなくてはならない」


 男の声に棘はない。硬い言葉でありながら、その声色はどこか会場にいた先ほどまでとは違って柔らかさを含んでいる。

 とうとう一人の娘を持つ父親のような面影を見せ始めた男に、少女もまた先程会場でヒステリーを上げた後遺症の酸欠も治り始めてきた。

 次第に視界がクリアになり冷静さを取り戻しつつある彼女は、今目の前に立つ自身を宥め、諌めようとする教員に改めて一つ、質問をした。



「先生。……『ヒロイン』って、……何?」

「…………私の知識のどれにも該当しない言葉であることは確かだ」


 うん、気になるね。



 一先ずそんな訳で(どんな訳で)、癒やしの乙女は教員の真摯な励ましに応え、嘆き悲しむのを止めまた立ち直した。

 その後誤解(というよりかは一方的な勘違い)を謝罪した新入生代表のエセルバートとその婚約者アリアナと無事和解し、学園を卒業する頃には二人と親友関係となるまでに至ったリリアナ・ドルーテは、癒やしの聖女として宮殿に上がるために貴族位を得ることとなった。

 その後見人として貴族学園の教員の一人が選ばれたが、それが自薦か他薦かは王族のみが知り得る。

 国家制度の見直しなど、それから王家全体が忙しなく働くこととなるが、それはまた別の話としてこの場では話題には挙げないでおこう。



 学園を卒業し、リリアナが貴族位を得て正式な聖女として認められ五年後。

 とある庭園で開かれた茶会にて一人が呟いた。


「結局、『ヒロイン』ってなんだったのかしら?」


 さて、この問いに答えられるのは一体いつ、どこになるのか。そして誰が、その答えを迷わず示せるのかは誰も、誰も知り得ない。


最後までお付き合いくださりありがとうございます。




少しでも面白いと感じて下されば、ご気軽に評価コメントしていただけると嬉しいです。

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