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水をぶっかけられた大聖女候補は、呪われた王子の探し人でした

作者: 銀野きりん

 屋敷の床を、ぞうきんがけしているときだった。

 聞き慣れた足音が聞こえてきた。従姉妹のイザベルが近づいてきたのだ。

 その時点で悪い予感しかしなかった。


 足音が止まり、隣のバケツが持ち上げられた。

 私が顔を上げ、イザベルの意地の悪い目つきを確認した瞬間、彼女は私の頭にバケツの水をぶちまけたのだった。


「きゃっ」


 当然私は、頭も身体もずぶ濡れになってしまった。


「セレーナ、何しているの? 廊下が水びたしじゃない。しっかりと掃除をしなさいよ」


 水をかけられた私は、ただただ呆然とその場に座り続けるしかできなかった。

 両親のいない私は、叔母の家にもらわれ、暮らしている。これくらいの嫌がらせなど、がまんすればいいだけのこと。


「あらあら、せっかく染めた髪の毛も、気持ちの悪い色に戻ってしまったわね」


 水をかけられたことで、染めた顔料がとれ、本来の髪色があらわになってしまった。

 私は自分の髪にコンプレックスを持っていた。なぜなら、私の髪は老人のような灰色をしていたからだ。若くして、こんな醜い髪色の女性は、私以外に見たことがなかった。

 なので、いつも髪は黒く染めていた。安物の顔料なので、こうして水をかけられると、すぐに色が落ちてしまい元の色に戻ってしまうのだけれど。



 そんな私の灰色の髪を見下ろしながら、イザベルは自分の髪を誇らしげに右手でかきあげた。彼女の髪はつややかな藍色をしていた。


「騒がしいと思ったら、これはいったいどういうこと?」

 叔母の声だ。叔母は不機嫌そうに水浸しになった廊下を見つめていた。


「お母様、またセレーナが自分でバケツをひっくり返してしまったの」


「本当にどうしようもない娘だね。こんな娘、引き取るんじゃなかったわ」


 この言葉を何回聞かされたことか。

 私は、何も言い返すことができず、じっと耐え続けるばかりだった。


「さあイザベル、今日は大切なパーティーがあるのよ。そろそろ準備しなさい」


「そうでしたわ。ついにあのお方とお会いできる日が来たのね」


「あなたの美貌なら、きっと王子の心を射止められるはずよ。自信を持って行きなさい」


「わかってます。私に振り向かない男などいないんだから、お母様も落ち着いて吉報を待っていてください」


「まあ、頼もしい」


 叔母は楽しそうにそんな会話をしていたが、急に表情を硬くするとこう付け加えた。


「セレーナ、なぜかあなたもパーティーに呼ばれているのだから急いで掃除を済ませなさい。それと、その不吉な髪は染めておきなさいよ。くれぐれもチェスター家の恥をさらさないように注意しなさい」


 そう、今日はローレンス王子主催のパーティーがクリスタルパール城で開催されるのだ。

 どういう事情なのかはわからないが、ローレンス王子はこうやって定期的にパーティーを開き、自分と同じ年頃の女性を招待していた。


 将来のお妃選びに違いない。


 みんなはそう噂していたが、結局今まで、王子が招待された女性とお付き合いしたという話は聞いたことがない。それに王子は超が付くほどの美男子でもあった。わざわざこんなパーティーを開かなくても、王子の周りには、彼に気に入られようと心をときめかせている女性でいっぱいなのだ。こんなパーティーを開かなくても、お后候補などいくらでもいる。


 そんな多くの若い女性の憧れであるローレンス王子だが、私は特に王子を好きだとは思っていなかった。実を言うと私は、王子だけではなく、世の中のすべての男性に対して不信感を持ってしまっていた。

 こんな感覚を持ってしまった原因は分かっている。父親のことがあったからだ。


 そんなことを考えていると、イザベルのきつい口調が耳に届いた。


「セレーナ、くれぐれもでしゃばった真似をして、私の邪魔をしないでちょうだいね。王子は魔法の使える女性が好きなのだから。ろくに魔法も使えないセレーナのことなど興味ないんだからね」


 イザベルの言う通り、私は魔法がほとんど使えない。いや正確に言うと、ある出来事があって使えなくなってしまったのだ。


 幼少の頃、魔法の天才として聖女候補にあげられるほど、私は魔法に長けていた。司祭様は、この子は間違いなく将来大聖女になると太鼓判を押してくれた。


 そして事件は七歳の時に起こった。

 従姉妹のイザベルと村を歩いていると、吊り橋の真ん中で、一人の男の子が立っているのを見つけた。


 私は男の子の様子を見て、とっさに言った。


「あの子、橋から飛び降りようとしているのでは?」


「放っておきなさいよ」


「そんなことできないわ」


 私は男の子の元へと駆け寄った。

 年齢は私と同じくらいだろうか。

 息は荒く、顔は苦しそうにゆがんでいた。

 そして何より驚いたのは、全身から瘴気を発散していることだった。


「セレーナ、関わったらだめよ。この子、魔界の呪いにかかっているわ」


 私はイザベルの言葉を無視して、両手のひらを男の子の身体に近づけていく。


「司祭様の言葉を忘れたの? 回復術なんかかけたら、あなたに伝染るわよ」


「大丈夫」


 今にして思えば、私は天才とまでいわれていた自分の魔力を過信しすぎていたのかもしれない。

 イザベルの言葉を聞いておけば良かったと今になって思ってしまうこともある。

 だけど、目の前で命を断とうとしている男の子を見捨てるわけにはいかなかった。


 私は両手に魔力をこめ、回復術を施し始めた。


 白い光が男の子を包み込む。

 魔力を強めると、男の子の表情が変わった。歪んでいた顔が、穏やかになってきた。

 けれど、逆に私の心は波打ち始めた。なにか不吉なものが身体に入ってきたのが分かったからだ。おそらく男の子の中にあった呪いが、私に移動してきたのだろう。


 しばらくすると、目の前の男の子から、もう瘴気は出てこなくなっていた。

 完全に呪いが抜けたのだ。

 そして、呪いのすべては、私に転移していた。


「ありがとう」


 元気になった男の子は、信じられないといった顔をしている。


「よかったね。もうこれで大丈夫だから」


 私はそれだけを言うと、あわててこの場から立ち去った。

 早く一人になって、自分になにか不吉なことが起こっていないか確かめたかったのだ。

 そして、一人になって分かった。

 瘴気は私の中に閉じ込められ、運良くあふれ出てくることはなかった。けれど、そのかわり、私の魔力は極端に弱まり、あれほど才能に満ちていた魔法を使うことができなくなってしまっていたのだ。


 悲劇は続いた。

 八歳になったとき、父は私と母を捨てて家を出て行ってしまった。他に好きな女性ができたからだと聞かされた。

 残された母は、どれだけ苦労をして私を育てようとしたことか。

 その姿を見て、私は父を恨んだ。そして、この時から私は、男性という生き物を信用できなくなってしまった。


 そして私が十歳のとき、母が亡くなったのだ。

 魔法学校から家に戻ると、母が部屋に横たわり、苦しそうにもがいていた。見ると、母親の身体からは瘴気が溢れ出ていた。母は、魔界の呪いにかかってしまったのだ。


 どうすることもできなかった。

 結局母は、ろくな治療もされないままにこの世を去った。

 もし私が、天才的な魔法使いのままでいたのなら、おそらく母の瘴気を自分の中に閉じ込めることぐらいはできただろう。昔の私なら、母を救うことができたはずなのだ。


 母を亡くした時、私は心から後悔した。どうしてあの時、男の子を助けてしまったのだろうかと。


  ※ ※ ※


 クリスタルパール城のパーティー会場には、着飾ったドレス姿の女性たちであふれかえっていた。集められた者は皆、私と同じ十八歳くらいの女性だった。


 その中でイザベルも、今日のために特別に仕立てたドレスを着てローレンス王子の登場を待ち構えていた。一方私は、流行遅れのイザベルが着古したドレスを身に着けていた。


 やがてローレンス王子が登場すると、会場は一気に色めき立った。

 女性たちの熱い視線を集める中で、ローレンス王子は早々に挨拶を済ませると、こんなことを話し始めた。


「さっそくですが、皆さんの中でルージヤ村に行ったことのある方はおられませんか? おられましたらこちらへ集まってください」


 ルージヤ村は、私とイザベルが住んでいる所だった。当然、私たちも王子の指定した場所に移動した。他にも十名ほどの女性が集まった。


 王子は集まった女性たちの顔をじっと見つめていた。


「では、そのルージヤ村の吊り橋で、七歳くらいの男の子を助けたことがある人はいませんか?」


 えっと思った。


「おられましたら、私の前まで出てきてくれませんか?」


 誰も王子の前に進み出る女性はいなかった。私は間違いなく王子の言葉に該当する人物なのだが、あまりに突然のことで、体が動かなかった。


「そうですか」


 ローレンス王子は残念そうな顔をした。


「それでは皆さん、これからは宮廷料理人の用意したご馳走をどうか存分に楽しんでいってください。私はこれにて失礼させていただきます」


 王子が背を向け、立ち去ろうとした時だった。


「待ってくださいローレンス王子」


 そう声を上げる女性がいた。


「私は村の吊り橋で、魔界の呪いにかかっていた男の子を助けたことがあります」


 そう声を上げたのはイザベルだった。


 何を言っているのだろうか。


 もちろんあの時、男の子を助けたのは私で、彼女ではない。むしろイザベルは、男の子を見殺しにしようとしていたのに。


 イザベルの言葉を聞いたローレンス王子は退場しかけていた足を止め、すぐさま振り返った。明らかに動揺した顔つきをしていた。


「魔界の呪いにかかっていた男の子を助けたのですね? その時のことをもっと詳しく聞かせてください」


 それからのイザベルの話には驚くしかなかった。私が男の子に行った回復術を、すべて自分がしたことに置き換えて話し始めたのだ。


「君の話はすべて合っている」


 ローレンス王子はイザベルに近づきこう言った。


「あの時、僕を助けてくれたのは、イザベルさんだったんだね」


「そんな、ローレンス王子だったのですか。私が助けた男の子は」


 イザベルも、臆面もなくそんなことを言っている。


「僕はね、ずっと君のことを探していたんだ。さあ、もっと君のことが知りたい。これから二人で話しをしたいんだが、構わないだろうか?」


「もちろん、構いません」


 王子はうれしそうにうなずき、イザベルの顔をもう一度見ると、なぜか小首を傾げ始めた。


「けれど……、どこか、あの時の女の子はイザベルさんと見た目が違うように思えるんだが……」


「そんな、記憶というものはあやふやなものです。これだけお互いの話が一致しているのなら、王子を助けたのは私で間違いありませんわ」


「そうだね……」


 そうつぶやきながら、ローレンス王子はイザベルの後方にいる女性たちの顔を眺め始めた。視線が流れ、私のところで静止した。


「君の名前は?」


「あ、はい。セレーナと申します」


「セレーナさんか。君とは昔、どこかで会った気がする。セレーナさんは、僕と子供の頃に会った記憶はありませんか?」


 王子は、吊り橋であった少女の顔を覚えているのかもしれない。そんな気がした。それならここで、いい加減なことを言って王子を騙すわけにはいかなかった。


「私も、吊り橋で、男の子を見かけたことがあります」


 私の言葉を聞き、ローレンス王子の目が輝いた。加えて、イザベルが鬼のような形相で私をにらみつけてきた。


「セレーナさんも、あのとき吊り橋にいたんだね」


「はい。私とイザベルの二人で、吊り橋から身を投げようとしている男の子を見つけたのです」


「そうだ。確かにあのとき女の子は二人いた」


 ローレンス王子の視線は、完全にイザベルではなく私に向いている。


「もう少し近くに来てほしい。セレーナさんの顔を僕によく見せてくれないか」


「ローレンス王子、騙されてはいけません。そこにいるセレーナは魔法の使えない役立たずです。王子の呪いを解くなんて芸当ができるわけないのです」


「セレーナさんは魔法が使えないのかい?」


「……はい」


「それにセレーナは、今でもまだ王子を騙そうとしていることがあります」


「僕を騙す?」


「その証拠を、今からお見せいたします」


 イザベルはそう言うと、テーブルにおいていた花瓶から花をもぎ取り、私の頭上から花瓶の水を一気に流し始めたのだった。水は私の頭頂部に当たり、髪の毛も服もずぶ濡れになってしまった。


「どうかお城の床を水で濡らしてしまったことをお許しください。けれど、王子にセレーナという女を知ってもらうためにしたことでございます」


 王子は濡れた私の姿を見て、あっけにとられているのか、固まって動かずにいる。

 周囲にいた女性たちも、私の姿を見て騒ぎ始めた。


「何なの、あのみすぼらしい髪の色は」


 そんな周囲の声が聞こえてきた。


 そうだったのだ。私はイザベルに水をかけられ、染めていた色が取れてしまい、老人のような灰色の髪の毛をあらわにしてしまったのだった。

 屈辱を受けながら、打ちのめされてしまった私は、もうここからすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになってしまった。


「ローレンス王子、見ての通りこのセレーナは、王子に気に入られようとして、自分の醜い髪色をごまかすような女です。こんな女の話など、信用してはいけません」


 ローレンス王子はじっと私の姿を見ながら、まだ固まったままでいた。


 男は、女性の見た目に影響を受ける生き物。父も私と母を捨てて、見た目の美しい女のもとに行ってしまった。イザベルは私よりずっと美人でスタイルもいい。そんな彼女の言葉を、ローレンス王子も喜んで聞き入れるに違いない。

 私がそう思っていた時、王子の口が開いた。


「やはり君だったのか……」


 ローレンス王子が私を凝視し続けていた。


「僕は今でもはっきりと覚えている。僕を助けてくれた人は、君のように美しい銀髪の女の子だった。セレーナさん、その髪色ですべてを思い出した。間違いない、僕が探していた女性は君だ」


「王子、騙されてはいけません。この女は、あの時、王子を見捨てようとしていたのです」


 すかさずイザベルが声を上げた。


「黙れ!」


 王子の厳しい言葉に会場中の人が凍りついてしまった。


「僕はちゃんと覚えているよ。あの時、僕を見捨てようとしていたのはイザベルさん、君だよね」


「……」


「さあ、これ以上僕の機嫌を損ねないうちに、イザベルさんはここから出ていってくれませんか。そして、二度と僕の前に姿を現さないでください」


 イザベルはそんな王子の冷たい言葉を聞くと、自分に同情してくれる人を見つけたかったのだろうか、周囲にいる参加者たちを見渡しはじめた。しかし女性たちは皆、軽蔑した表情でイザベルを見つめるばかりだった。そんな視線を確認したイザベルは、顔を真っ赤にしながら、小走りでパーティー会場をあとにしたのだった。


  ※ ※ ※


 パーティーが終わると、その日から私の住む場所が変わった。叔母家族との関係がうまくいっていないと知った王子は、私を王宮に迎えると、豪華な部屋を用意してくれたのだ。


 ローレンス王子の私に対する気持ちはすぐにわかった。王子の体全体から、私のことを好いてくれているオーラがあふれ出ていたのだ。


 どこか冷めている私は、王子の態度にこんなことを思ったものだ。


 男性とは、わかりやすい生き物だ。


「セレーナさんは、僕のことがあまり好きではないのかな」


 二人で宮殿の庭を散歩しているとき、ローレンス王子は突然そんなことを言い出した。


「いえ、決してそんな……」


「本当のことを言ってくれて構わないよ」


「私はこんな髪色ですし、容姿だって並だと思っております。宮殿には美しい女性がいっぱいいますので、王子にはそういった女性がお似合いだと思いますが」


「僕にとっては、セレーナさんが一番なんだけれど」


「それは、私が王子の命を救ったからです。王子は私を愛しているのではなく、恩に感じているだけだと思います」


「そうだろうか」


「それに私は、男の人を信用することができない過去があるのです」


「どういうこと?」


 私は父のことを話した。私と母を捨てて、若くて美しい女のもとに行った父のことを。


「僕は、この場で誓うよ。他の女性にうつつを抜かして、セレーナを悲しませるようなことは絶対にしない」


 ローレンス王子のそんな真っ直ぐな言葉を聞いていると、自分の中で凝り固まっていた男性に対する考え方が、少しずつ変わっていくような気もしてきた。



 そんな日々が繰り返されると、私とローレンス王子との距離が日に日に近くなってくるのだが、それでも私は王子に対してこれだけは秘密にしておかなければと思っていることが二つあった。


 一つは私が魔法を使えなくなった理由だ。

 王子を助けたことと引き換えに魔族の呪いが私に移り、魔法が使えなくなったとは言えなかった。


 二つ目は母親が亡くなった原因。

 母が魔族の呪いにかかり、この世を去ったとも言えない。


 この二つを重ね合わせると、王子を助けなければ母の命が救えたという事実が知られてしまうからだ。


 ある日、部屋で二人っきりになった時、ローレンス王子はこんなことを言い出した。


「セレーナが魔法を使えなくなった原因を調べようと思うんだ」


「そんなことしなくても……」


「いや、魔族の呪いを解く魔法使いなんて、国中を探してもそうは見つからない。そんなすごい力を持っていたセレーナが突然魔法が使えなくなるなんて、不思議でしかたがない。今度、聖女と会う機会があるので、詳しい話を聞いてみようと思う」


「私は、別にこのままで構わないのですが……」


 それと王子はこんなことを聞くようにもなった。


「セレーナのお母さんは、どうして亡くなってしまったの?」


「病気です」


「どんな?」


「風邪をこじらせたのです。もともと身体が弱くて……」


 そう言ってから、話を逸らすためこんなことを付け加えた。


「私、何かあったらお母さんのお墓に行くんです。お母さんのお墓に行くと心がすっと軽くなるのです。お母さんは、空から私を見守ってくれていて、天気を変えることで言葉をかけてくれることがあるんです」


「天気を変えて言葉を?」


「はい。お墓参りをしていると、急に空が明るくなるときがあるんです。きっとお母さんが私を見て喜びながら話しかけてくれているんだと思うのです」


「そうなんだ」


 ローレンス王子は、そんな私のつまらない話を、いつも温かく聞いてくれた。王子の優しい態度に接していると、いつしか私の心も溶けていき、彼のことが気になり始めている自分を感じていた。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ローレンス王子は私の顔をじっと見つめ、そっと小さな箱を差し出してきた。


「セレーナ、これを受け取ってほしい」


 私は箱を受け取り、開けてみた。


「これは?」


 箱の中にはネックレスが入っていた。ネックレスには、澄んだ緑色をした大きな宝石が付いていた。


「エメラルドの宝石言葉、知っている?」


「いえ」


「愛の成就という意味さ。浮気をしない効果もあるそうだ」


「……」


「僕は絶対に君を幸せにしてみせる。だから、僕と結婚してくれないか」


 驚いたが、うれしい言葉だった。


「僕は君を離さないよ」


 そう言うと王子は私の背中に手を回してきた。そっと抱き寄せられる。王子の整った顔が私に近づいてきた。


「結婚してくれるかい?」

 王子はもう一度聞いてきた。


「……はい」


 気づけば私はそう返事をしていた。


 王子は顔がますます接近し、ついには息が当たるくらいの距離になる。


 そして、王子の唇が、私の唇に触れてきた。


  ※ ※ ※


 しかしその後、どことなく感じていた私の悪い予感が当たってしまった。


 結婚しようと言ってきたローレンス王子だが、一ヶ月もするとその態度が急変してしまったのだ。明らかに私を避けているし、たまに話す口調も冷たくなっていた。


 絶対になにかあったとしか思えなかった。


 父の顔が頭に浮かんできた。


「セレーナ、君に話がある」


 応接室に呼び出された私は、突然王子からそう言われた。

 王子の隣には、執事のモレラが立っていた。


 ローレンス王子は事務的な口調でこう言った。


「セレーナ、悪いが君との婚約は解消させてもらう」


「どうしてでしょうか」

 最近の王子のあまりの変貌ぶりに、原因を知りたくなった私は率直に聞いてみた。


「君のことが好きではなくなったんだ」


「なにか私に原因が?」


「いや、そうではない。単に僕の心変わりだよ」


「心変わり?」


 やっぱりと思った。男という生き物はやっぱりそうなのだ。


「私以外に誰か好きな人ができたのですね?」


「うん、言いにくいがその通りだ」


「誰ですか?」


 正直、腹が立っていた私は何でも聞けた。


「うん、名前は言えないが、君より位の高い女性だ」


「……」


「あと、髪は光沢のある水色で、とても美しい人だ」


 頭の中がくらくらしてきた。


「だから、君も僕のことはあきらめてほしい」


「あきらめるもなにも、こちらから願い下げです」


「うん、そう言ってくれてほっとしたよ」


 満足そうな顔をしたローレンス王子は、横に立つモレラに声をかけた。


「今のセレーナの言葉を、ちゃんと記録しておいてくれよ。これで正式に婚約は破棄できたわけだから」


 私が馬鹿だったのだ。王子なんて、何の苦労もなく、好き勝手に生きてきた人間なのだ。人の気持ちなんてこれっぽっちも分からなくても、悠々と生きることができるご身分なのだ。


 こんな男を助けたために、私は魔力を失い、母を助けることができなかったなんて。そう考えると悔しくてしかたがなかった。


「けれどセレーナ、僕には君に命を助けてもらった恩がある。愛はなくなってしまったけれど、だからといって恩人である君を無下にすることはできない」


「そんなこと、考えていただかなくても結構です」


「いや、これは王家の威信にも関わる話だ。命の恩人である君を無下にしたら、民衆からの僕の信用はガタ落ちだからね。だから君にはこれからすぐに、聖女の治療を受けてもらう」


「すぐに……、聖女の治療?」


「そうだ。聖女に頼んで君の魔力を回復してもらうことにした」


「そんなことできるのですか?」


「うん、僕は君のためにちゃんと調べたよ。聖女なら君の魔力を回復できるらしい」


 本当だろうか。


 母が亡くなって以来、私は自分に魔力がなくなってしまったことを何度恨んだことだろうか。

 その魔力が回復するという。

 すぐには信じられないことだが、この国最高の魔法使いである聖女様なら、もしかしたら可能なのかもしれない気がしてきた。


「あとはここにいるモレラが、君を聖女のところに案内する。そして僕とは、この場でもうお別れだ」


 ローレンス王子はそう言うと、私に手を差し出してきた。

 さようならの握手でもしろというのか。

 私は、差し出された手を無視して言った。


「このエメラルドのネックレスをお返ししたいのですが」


「いや、それは君にあげたものだ。売るなり捨てるなり、君の好きにするがいい」


「わかりました。そうさせていただきます」


 私はこの場でネックレスを引きちぎって投げつけたい衝動を抑えながら、なんとかそう答えたのだった。


  ※ ※ ※


 モレラはすぐに私を聖女様のもとに連れて行く手配をした。

 一昼夜馬車に揺られると、あっという間に私たち二人は、聖女様のいるアルドレア神殿へと到着した。


 神殿の崇高な建造物を前にすると、私も聖女候補で、大聖女にまでなれると言われていた昔の自分がなつかしく思えてきた。

 私のなれなかった本物の聖女様とは、どんな人物なのだろうか。


 そんなことを考えていると、神殿広間に一人の女性が姿を見せた。私よりもずっと大人びた美しい女性だった。髪の色もきらびやかな黄金色をしている。


「あなたがセレーナさんね。ローレンス王子から話はよく聞いています」


 正直、あんな別れ方をした王子の名前など聞きたくなかったが、気を取り直して女性にたずねた。


「はい、セレーナと申します。聖女様ですか?」


「ええ、聖女アルテミスです。セレーナさん、さっそくですがあなたのお身体を鑑定させてもらいますね」


 そういうと聖女アルテミスは、目をつぶり手のひらを私に向けた。

 しばらくして目を開けたアルテミスはこう言った。


「間違いないわ。あなたの身体には魔界の呪いが封じ込められている。呪いを封じ込めるなんて、かなりの魔力量と運がなければできないことよ。けれど、そこに魔力を使ってしまっているおかげで、あなたの魔法は使えなくなってしまっているのね」


 なんとなく自分でわかっていたことだが、アルテミスの言葉を聞くと改めて今の状態を理解することができた。


「けれど、いつまでも魔力で封じ込めておくなんてできない芸当よ。このままでは、いつかあなたも呪いに負ける日がくるわ。だから今のうちに呪いを解くことは、あなたの命を守るためにも重要なことよ」


 そう話すアルテミスに、私は率直な疑問をぶつけてみた。


「魔界の呪いは、転移することができても、治すことなどできないと聞いています。聖女様ほどのお方なら、私の呪いを抜き取ることができるかもしれませんが、その結果、聖女様に私の呪いが転移してしまうのではないでしょうか?」


「大丈夫よ、聖女の力を信じてちょうだい」


 アルテミスはそう言うと、こんなことを付け加えた。


「回復魔法をかける前に、一つだけ覚えておいてほしいことがあるの」


「なんですか?」


「今日のことは、ローレンス王子が私にかなり無理を言って実現したことなの。それだけは忘れずにいてほしいの」


「はい」


 王家の信用と威信を保つため。

 そんな言葉が出かけたが、寸前のところで止めた。


「それでは、今からセレーナさんに、解呪魔法を行います。とても集中を要する魔法なので、あなたにはその間、眠ってもらいます。よろしいですね」


「はい」


 広間奥の部屋で、私は白いベッドに横たわった。


「まずは睡眠魔法をかけます」


 そんなアルテミスの言葉を聞いた途端に、私の意識は遠のいていった。


 どのくらい眠ったのだろうか。目が覚めた時、一瞬ここがどこだかわからなくなっていた。


 横を向くと、執事のモレラが椅子に腰掛けていた。


 ああ、私は聖女様に解呪魔法をかけてもらったのだ。


 ぼんやりした頭がはっきりとしてくる。眠ったからだろうか、やけにすっきりした気分になっている。


 私の呪いは無事に解けたのだろうか。


 そう思いながら、ベッドから上半身を起こした。

 両手のひらを開き、そこに魔力を込めてみた。


 懐かしい感触がよみがえってきた。

 両手がぼうっと白く輝き始めた。


 魔力が戻っている……。


「目が覚めたのね」


 声をかけてきたのは、聖女アルテミスだった。


「聖女様、私は?」


「ええ、無事に呪いは解けたわよ」


「ありがとうございます!」


「おめでとう。これからも自分を大切にして、どうか幸福な人生を歩んでくださいね」


 高度な魔法を使ったからだろうか。聖女アルテミスの顔は、疲れ切っているように見えた。


  ※ ※ ※


 魔力が戻ると、いろいろなことが変わってきた。

 まず、周囲にいる魔法使いたちの私を見る目が激変した。

 今までは、能無しと思われていたのだが、私の魔法を見るやいなや、私に敬意を払うようになった。ブランクはあったが、大聖女候補とまで言われた私の魔法はさびついていなかった。

 従姉妹のイザベルは、もう一緒には住んでいなかったのだが、それでも私の姿を見ると逃げるように距離を置き始めた。


 そして、執事のモレラは、なぜか私に対してとても親切でいた。おそらく、ローレンス王子に一ヶ月で婚約破棄を言い渡された私を不憫に思ってくれているのだろう。


 父親くらいの年齢のモレラは、魔力が回復した私の就職先まで面倒を見てくれた。彼が紹介してくれた先は王立魔法研究所で、魔法使いのエリートでも簡単には就職できない好条件の職場だった。魔法研究所には寮もあり、私は住むところの心配もせずにすんだ。


 何もかもが順調で、今の私の悩みと言えば、ローレンス王子からもらったエメラルドのネックレスの処分方法が思いつかないことくらいだった。

 ネックレスを売ろうと思って質屋に持っていったのだが、店主より「あまりに高級すぎて、うちでは扱えない」と言われてしまった。そんなことを言われると、捨てるに捨てられなくなってしまい、何かの機会にクリスタルパール城へ行くことがあれば、その時に返却すればいいと思うようになった。なのでネックレスは、寮の引き出しの奥にしまっている状態だった。


 そして一年が経過した。


 私の部屋に同じ研究員のマチルダがやってきた。マチルダは公爵家の令嬢で珍しいお菓子を手に入れては私に届けてくれるのだ。


「何これ、見たことがない」


「アイスクリームという異国の食べ物よ。溶けないうちに食べちゃいましょう」


 冷えたアイスクリームをスプーンですくいながら、私とマチルダは今世間で話題になっている話を始めた。


「本当にあるのかな?」

 私は半信半疑だった。


「でも、あったらすごいことよね。魔界の呪いを解いてしまう物質がこの世に存在するなんて」


 最近発見された古代文書に魔界の呪いを解く方法があるとの記載があったのだ。それで世間は大騒ぎになっている。けれど、その物質が何なのかは、まだ特定されていない。


「魔界の呪いは、移動させることはできても消すことはできないもの。今まで数え切れない人が呪いにかかって亡くなってしまったもの。是非、その物質が特定されてほしいわ」

 マチルダは興奮気味にそう話した。


 その通りだった。確かにそんな物質が見つかれば、どれだけの人が救われるか。

 しかし、そんな夢のような物質が見つからなくても、魔界の呪いを解くことができるのでは。私はそんな疑問を常に持っていた。


 確かに呪いは、移動することはできても消すことはできないと言われている。

 けれど私は、聖女様に呪いを解いてもらっているのだ。

 聖女様ほどの魔力があれば、呪いを解くことができるということだ。でも、そういった話はあまり聞かない。どうして聖女様は、呪いを解く方法を公表しないのだろうか。なんとなく不思議な感じがした。


「そういえば」

 マチルダは突然話題を変えてきた。

「ローレンス王子のこと、知っている?」


 正直、あまり触れたくない話題だった。


「さあ、どこかのご令嬢と仲睦まじく暮らしていると聞いているけど」


「それが、違うらしいの。父から聞いたのだけど、極秘事項だから、絶対に言わないと約束してくれるなら教えるけど」


 そんな言い方をされたら聞きたくなるに決まっている。


「絶対に言わない」


 マチルダの表情が曇り、想像もしていなかったことを話し始めた。


「ローレンス王子、もう長くないらしいわよ」


「え?」


「魔界の呪いにかかっていたんだって」


「それは昔の話でしょ」


「違うの、今よ。ちょうど一年前、呪いにかかってしまったらしいの」


 アイスクリームを食べていた私の手が止まった。


「今日か明日にも、という話よ」


 どうして……。


「ねえ、マチルダ、急用を思い出したの。とても大切な用事なので、悪いけど今から出かけてくる」


 急な私の言葉にマチルダは不思議そうな顔をしていた。

 そんな中、私は急いで出かける準備を始める。

 そして部屋を出ようとした時、なぜかこんなことを思い出した。


 もう返すことができなくなってしまう。


 私は引き出しの奥から、エメラルドのネックレスを取り出し、ポケットにねじ込んだ。

 そして、クリスタルパール城に向かって走り出したのだった。


  ※ ※ ※


 息を切らし、クリスタルパール城に着くと、あっけないほど簡単に王子の部屋へ入ることができた。執事のモレラが私の顔を見ると、あっさりと王子の部屋まで案内してくれたのだ。


「どうぞ、王子の最期を見守ってあげてください」


 私は、ベッドの横へ駆け寄った。


「ローレンス王子!」


 王子はぐったりと横たわっている。もう何かを話す力も残っていない様子だった。王子の身体からは、瘴気が溢れ出ている。マチルダの話は本当で、間違いなく魔界の呪いにかかってしまっていた。


 私はとっさにこう言った。

「聖女様にお願いしましょう。聖女様なら呪いを解くことができるはずです」


 しかしモレラは目をつぶり首を横に振った。

「いくら聖女様といえども、魔界の呪いを解くことなどできません」


「私は解いてもらいました。聖女様ならできるはずです」


 モレラは黙り込んでしまった。そして、静かにこう言った。

「一年前、私たちが行ったアルドレア神殿には、実はローレンス王子もおられたのです」


「ローレンス王子が?」


「このことは、決して話してはならないと、きつく口止めされていたのですが……」

 そう前置きしたモレラは衝撃の事実を伝えてきた。

「あの日、聖女様はあなたの呪いを解いたのではないのです。あなたが眠っている間に、聖女様は呪いをあなたからローレンス王子に移動させたのです」


「ど、どうしてそんなことを」


「王子の強い希望でした」


「……」


「セレーナさんと婚約して一ヶ月が経ったころ、王子は目を真っ赤にして、『僕のせいでセレーナの人生を狂わせてしまった。全部僕のせいだ』と言われていました」


「……そんな、王子の責任ではありません」


 その時だった。

 ローレンス王子がうめき声をあげはじめた。


 こんなときは、私なんかではなく、王子の最愛の人が近くにいてあげなければ……。


「王子の恋人はなぜ付き添っていないのですか? 水色の髪をした女性はどこにいるのですか?」


「王子にそんな恋人など、はじめからいません」


「……」


 ローレンス王子は焦点のあっていない朦朧とした目で、つぶやき始めた。もう意識があるかないかわからない状態で、こんなことを言ったのだ。


「……のせいだ。……ゆるしてくれ」


 周りの誰もが、王子の言葉に黙り込んだ。


 私は、とっさに王子の手を握りしめた。


「あなたのせいじゃない! あなたが悪いんじゃない!」


 王子は何も答えない。


 あの日のことを思い出した。

 プレゼントをくれた日のことを。


 私はポケットに入れていたエメラルドのネックレスを首に巻いた。


『愛の成就という意味さ』


 あの時の王子の言葉がよみがえってきた。


「あなたは、私を絶対に幸せにしてみせると言ったのよ! 私を離さないと約束したのよ! 私はこんなやり方で幸せになりたかったんじゃない!」


 そう叫んだ私は、両手に魔力を込めた。手が白く輝き始める。


「何をなさる気ですか?」

 モレラが慌てて声をかけてきた。


「集中したいので、さがっていて!」


「まさか、呪いを移す気では? 王子はこんな状態です。もう助かりません。そして、そんなことをすれば、王子もあなたも……。私は王子に、あなたを守るように命じられているのです」


 私はもう一度言った。

「さがっていて!」


 魔法をかける前に、部屋の天井を見上げた。天井の向こうに青い空が広がっている。


 そして私は両手を王子の胸につけ、渾身の解呪魔法をかけ始めた。

 王子の身体から呪いが解けていくのがわかった。

 代わりに、その呪いが私の身体に入り込んできた。

 あの時と同じだった。

 七歳のあの時と……。


 どんどんと私に呪いが流れ込んできた、その時だった。


 急に首に巻いていたエメラルドが輝き始めたのだ。


「え? なに?」


 その輝きとともに、私に溜め込まれている呪いが消えはじめた。

 そして、完全に私の身体から呪いが消え去った瞬間、エメラルドは粉々に割れてしまったのだった。


  ※ ※ ※


 クリスタルパール城での出来事があって一週間が経った。

 私は、王都を去り、田舎に移り住む決心をした。何もかも忘れて、再スタートしようと思ったのだ。


 引っ越しの当日、私は母のお墓に寄った。

 何かあったときは、いつもこうしてお母さんに報告している。

 花を添え、目をつぶって、今まであった王子とのことをお母さんに話した。


 すると、背後に人の気配を感じた。


「待っていたよセレーナ。きっと君がここに現れると思っていたよ」


 聞き覚えのある声だった。


「どうしてもセレーナにお礼が言いたかったんだ」


 振り向き、黙っている私に、ローレンス王子は言葉を続けた。


「それと、どうしてもセレーナにもらってほしい物があるんだ」


 何かを取り出した王子は、それを私の前に差し出した。


「これは……」


 王子の手のひらにあった物は、緑色に輝くエメラルドのネックレスだった。


「以前にプレゼントしたものが割れてしまったので、新しいものを持ってきたんだ」


「そんな貴重なもの、受け取れません」


 ただでさえ高価なエメラルドだが、魔族の呪いを解く物質だと判明したため、その価格がさらに高騰しているのだ。


「この石は、僕の代わりに君を守ってくれた。これからも君を守ってくれるはずだ。ずっと持っていてほしい」


 ローレンス王子の「僕の代わりに」という言葉が引っかかった。


 ということは、この石を受け取れば、王子は私から去るつもりでいるのね。


 王子は私に近づき、あの時と同じように、私の首にネックレスを付けた。


 王子の腕があの時のように私に巻き付いてきた。


 二人の身体が密着した。


 王子の心臓の鼓動が、私の身体に伝わってきた。


「僕は、これまで君に助けられてばかりいた。これからは僕が君を助けたい。何があっても君を守りたい」


 男性に抱きしめられている私は、全身から力が抜けてしまい、ただただ王子に支えられているばかりだった。


「僕は、この場で誓う。君のお母さんの前で誓う。僕が愛する女性は、生涯君一人だ」


 風が私の頬を撫でてきた。


「僕と結婚してほしい」


「……」


 洒落た言葉で返したかった。

 けれど私は、小さく頷くことしかできずにいた。


 ローレンス王子の顔が接近してくる。

 私も王子に顔を向けた。

 そして、王子の唇が私の唇に触れた。


 どんよりと曇っていた空が、急に明るくなった。

 雲の間から、太陽が姿を見せ、抱き合う二人を照らし始めた。


 間違いなかった。

 お母さんが祝福してくれていた。



(完)

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