7 豊穣の国 ユヴァ
ユヴァ国、豊穣の神の加護を得た存在がいる国。
他国に比べて小さな国だが、土が良く作物が毎年多く育っており、それを他国の貿易の要にしている、農業が盛んな国。
旅を始めて五日目、ユヴァ国に近づくにつれて、広大な田園が周りを占めてくる。この世界に来て、ここまで大きな田園は見たことがない。私は思わず止まってその景色を見てしまう。
「マヨイ、疲れたならまた抱こうか?」
テオドールは私が疲れたと思ったのか、真顔でこちらに近づき、横抱きをしようとする。私は慌てて首を横に何度も振る。この五日間の間でも、少しでも疲れた姿を見せれば最後、暫く横抱きされていたのだ。もうあんな恥ずかしい思いはしたくない。
「違う!大きな畑だなって思っただけ!」
「ああ、もうすぐユヴァ国だからな。小さい国だから、外で農業をしている奴もいるんだろう」
テオドールも田園を見ながら答える。真ん中で作業をしている国民らしき人々の表情はとても明るく、今から向かう国がとても楽しみだ。テオドールはそのまま前へ進み始めたので、私もその後ろに着いていく。
暫くすると、石造りの高い塀が突然現れ、中央に人が集まっている。おそらく関所だろうか、テオドールはフードを深く被り、はぐれないように私の肩を抱く。中央で入国作業を行っている、兵士姿の男はこちらを見て声をかける。
「名前と戸籍証を見せて頂いても?」
「俺はテオドール、んでこっちは妻のマヨイだ」
「……………マヨイです」
もう何も言わないぞ私は!思わず顔だけ引き攣ってしまったが、手首に着けたブレスレットを兵士に見せる。それを見て兵士は頷く。
「確認しました。ようこそユヴァ国へ」
私は兵士に会釈をして、そのまま石造りの門をくぐる。
くぐった先の光景に、私は大きく目を開いた。
「すごい……」
門の中は外とは全く異なり、多くの人々で溢れている。目の前の商店街は、カヘスロ町の何倍もあり、どの店も活気付いている。何より、出店のほとんどが野菜や果物、穀物を売っていた。
「ユヴァは出店の量も多い。宿を探し終えたら、後で見てみるか?」
「本当!?」
私の表情を見て、テオドールは目を細めて笑う。
「せっかく農業の国へ来たんだ。美味いものでも食わなきゃな」
「えっ、テオドールの作るご飯もいつも、すごく美味しいよ」
「……言ってくれるねぇ、アンタいつも美味そうに食べてくれるもんな」
テオドールはそう言いながら私の頭を一度撫で、そのまま宿を探すために道を進み始める。
ユヴァ国では、食通の観光客が多く来る為にも、宿の数は多いようで、簡単に宿を見つける事ができた。テオドールが宿の従業員に宿泊数などを伝えているが……その従業員も、その後ろにいる従業員も、深く被るフードから出る彼の顔に、顔を赤く染めていた。……だから国に入る前にフードを被ったのか。
「マヨイ!一週間の滞在費、結構おまけしてくれたぞ」
「……だろうね」
こちらへ振り向き笑顔を向けるテオドールに、私は呆れた声を出してしまう。顔面が良い奴は得だ……中身エロジジィなのに。
そのまま私達は部屋に荷物だけ置き、先ほどの商店街へ向かった。色鮮やかな野菜や、果物の表面を飴で固めたデザートなど、それぞれ個性溢れる出店に私は顔を輝かせた。後ろでテオドールは微笑ましそうに見ており、気恥ずかしいがそれでも止められない。
「テオドール!あの出店!すっごい面白い形のやさ……っ!」
あまりにもはしゃぎ過ぎたのが悪かった、後ろにいるテオドールに声を掛けるのに夢中で、目の前の人にぶつかってしまう。私よりも背の高いのか、胸あたりに顔を当ててしまい、慌てて後ろに下がりその相手を見る。
ぶつかった相手は、鮮やかな緑の長髪を、後ろで一本の三つ編みにしている男性だった。焦茶色の瞳を大きくして、こちらを見ている。私は慌ててその男性に声を掛ける。
「すいません!お怪我ありませんか!?」
「いいや、君は大丈夫かい?」
「は、はい、大丈夫です」
男性は優しく微笑んで私の頬に触れる。その指から花のような匂いがして、とても良い匂いだ。
「よかった。……君は観光客かな?」
「あ、えっと……」
「俺達はこの国にいる、神の加護を得た存在に会いに来たんだ」
後ろからテオドールが私を引っ張り、そのまま後ろ抱きの状態になる。男性はその光景に驚いて目を大きく開けているが、テオドールはそのまま私を抱いて、男性に真顔を向けている。私はあまりの恥ずかしさに顔を赤くしていく。
「ちょっ、テオドール恥ずかしい!」
「………テオドール?」
男性はテオドールの名前を呟き、更に驚いた表情を浮かべた。だが当の本人はそんな事お構いなしに、抱きつく力を強くする。
「俺の連れが悪かったな、若造」
いやお前も見た目若造だろ、と心の中でツッコミを入れた。……だが若造と呼ばれた男性は、テオドールと私を見て再び微笑みながら、顎に手を添える。
「……銀髪碧眼の青年、テオドールか……時の神の加護を受けた、美しい不老不死の魔法使い。……その男の名前は、確かテオドールという名前だったね」
「……なんだ、俺ぁそんなに有名だったのか」
テオドールは私を抱いたまま、腰につけている小型剣に手をつける。それに男性は、目を細める。
「……「神に加護を与えられた存在に会いに来た」だったかな?……それは恐らく、豊穣の神ヨナスの加護を受けた、僕の事じゃないかな?」
男性は自分の胸に手を置き、笑顔でそう答えた。