6 魔法使いとの旅が始まる
冒険者であった初代町長と、町に襲いかかった魔物を狩った魔法使い。
今日に至るまで、何度も町を救った英雄、テオドール。
……私は町の商店街にある、古本屋に置かれた一冊の本を見て、この英雄があの、ふざけた事しか言わない魔法使いと同一人物である事に信じられない。この本、ちょっと大袈裟に書いているのではないか?
「マヨイ!なに道草食ってんだ、こっち来い」
店の外から、ローブを靡かせてテオドールが声をかける。私はそれに応えて店を出てテオドールのそばへ行くと、彼は購入した紙袋を何個も手に持っていた。
「何個か持つよ」
「家まですぐだから、気にすんな」
そう言いながら笑って、テオドールは前へ進む。……オーウェンの言っていた、美女を食い尽くしていた、という所だけは、少し納得してしまう。私は迷わないように彼の後ろを歩く。
彼は家に着くまでの間、何度も住民に声をかけられ、それに軽く受け答えていく。声をかける人々は、彼に尊敬しているような、憧れているような表情を向けている。……後、私を見てひどく驚いていた。
商店街を抜け、細い道を少し進むと、目の前に小さな煉瓦造りの家が見えた。かなり年季の入った家の庭には、様々な花や、薬草のようなものが植えられている。その家の扉の前でテオドールは立ち止まると、人差し指を鍵穴に得てて、呪文を唱える。……ガチャン、と扉の施錠が解かれた音がすると、そのまま中へ入った。
部屋の中は、外の煉瓦と同じ素材で作られた壁になっており、そこに一人分のテーブルと椅子が置かれている。窓には庭の草木が絡まり、その草木の隙間から溢れる日の光が部屋の中を照らしている。
「俺も一年ぶりに帰ってきたんで、碌なもてなしも出来ないが楽にしてくれ」
そう言うとテオドールは持っていた紙袋をテーブルに置く。私は家の中を歩き回りを見る。確かに、花瓶にも花はなく、そしてどこか殺風景な雰囲気が出ている。それでも家の中は空気が澄んでおり、埃っぽさもない。
「ほらよ」
テオドールは袋の中から一枚の紙を出し、私に投げる。それを受け取り中を見ると、そこには地図が描かれていた。地図には赤で丸が付けられている部分がいくつかある。私はテオドールの方を見る。
「この丸は、これから行く場所?」
「そうだ、その国には俺達と同じ加護持ちがいる。そいつらに話を聞けば、アンタに加護を与えた神の手がかり、あるんじゃねぇかと思ってな」
「あれ?テオドールの薬の事は?」
「80年探して見つからねぇんだ、俺の探してるのも加護持ちに聞いたら、少しは手がかりあるだろうよ」
昨日は私の神探しは、ついでと言っていた癖に、随分優しいものだと感心する。テオドールは近づき、一つの丸印を指でさす。その場所は地図に「ユヴァ国」と書かれていた。
「最初はここ、豊穣の神ヨナスの加護を得た奴がいる所だ」
「……豊穣の神」
「そいつは十年前に現れた加護持ちで、俺も見たことはない」
自分とテオドール以外に、神の加護を持った人間がいる。全員が同じ世界から来た人とは限らないが、それでも同じく転移した存在だ。……その人は、一体神に何を望まれ、何を告げられたのだろうか?
「ユヴァ国は、ここから五日ほど歩いた所だ。明日の朝に出ればいい」
そう告げるとテオドールは、大きな欠伸をしてローブを脱ぎ椅子に掛ける。そして隣の部屋へ行ったと思えば、戻ってきた時にはタオルと服を投げ渡された。
「先に風呂入って来い、アンタの後ろの部屋にある」
「あ、ありがとう」
「俺は後で入るから、湯船に湯張っといてくれ」
それだけ言うとテオドールは部屋に戻り、そこからベッドの軋む音が聞こえるので、一休みしようとしているのだろう。私は昨日からの汗をようやく流せる喜びで、少しスキップしながら後ろの部屋に向かった。
青いタイルで統一された風呂場は、海外の風呂場のようで可愛らしい。私は湯船にお湯を張るために蛇口を回し、その間に服を脱ぐ。
服を脱ぎ終わり準備が整った所で、湯船にゆっくりと浸かる。前の世界と変わらない感触で、思わず恍惚とした表情でため息が溢れる。
「あー……至福だぁ〜」
独り言を呟いてしまう位に最高だ。背伸びをしてもう一度、気分のいいため息を吐く。
昨日から死にかけたり、体が若返ったり、散々な事が起きたが、それが全て洗い流されるような感覚に襲われる。……流石日本人、体は風呂を求めていた。
が、その幸せの絶頂は、いきなり開いた風呂場の扉により終わりを告げた。
「……風呂場の音が聞こえるの、結構滾るな」
扉を開けた張本人であるテオドールは、美しい顔に、眉間に皺を寄せてこちらを見る。あまりの急な展開に思考が停止してしまい固まる。テオドールは上から下までまじまじと私の体を見た後、とてもいい笑顔で口を開く。
「なぁ、俺も入っていいか?」
「……………………歯、食いしばれ」
私は、今日三回目の拳をつくり、目の前のエロジジィの顔面に問答無用で当てた。
翌日、テオドールの腫れた頬をみてオーウェンとルカは、私とテオドールを引き攣った顔で何度も見た。テオドールは苦笑いをしながら彼らの表情を見ている。
「じゃあ、また暫く留守にする、何かあったら連絡くれ」
「一年ぶりに帰ってきたと思ったら、またすぐ旅に出るのかよ」
「俺ぁ旅が好きなんだよ。それに、今度からは仲間も増えたしな」
そう言いながらこちらに微笑むテオドールに、私は仏頂面で答える。ルカは何かを察したのか「夫婦喧嘩……」と呟いているが、聞こえなかった事にした。オーウェンは真顔になり、私の肩に手を置いて顔を近づける。
「マヨイ、テオドールを宜しくな。こいつ死なないから、何度でも殴っていいからな」
「おい!俺にも痛覚はあるんだよ!」
私は同じく真顔になり、深く頷いた。
「任せてくださいオーウェンさん」
「マヨイお前なぁ!」
慌てるテオドールを無視して、私はそのまま早歩きで町の外へ歩く。
後ろから駆け足で向かってくる音が聞こえ、後ろを振り向くがそれと同時に、体が宙に浮いた。どうやらテオドールに横抱きをされているらしい。目の前に不機嫌そうな彼の表情が見える。
「昨日は悪かったって、何度も謝っただろ」
「謝って済むことじゃないわ!変態!下ろせ!」
「おうおう、猫がギャーギャー鳴いてらぁ」
「はーーーー!?」
私は暴れて無理矢理降りようとするが、それを抑え込まれる。……くそう、あの上半身の筋肉は、伊達じゃない……!!
テオドールはそのまま顔を近づけてくるので、思わず顔が赤くなってしまう。それを見て不機嫌そうな彼の表情も、普段通りの調子の良さそうなものに変わる。
「元の可愛い顔になったな。……よし、行くか」
「〜〜〜〜っ!!!下ろせって言ってるでしょうが!!!」
暴れる私を笑いながら、テオドールは暫く、私を抱いて道を歩いた。
それを呆然と見ていたオーウェンとルカは、お互いゆっくりと顔を向ける。
「…………やっぱり、夫婦ですよね?」
「……………あいつ、ああいうのが好みだったか」
だかそれは、本人達には聞こえない。
次回からはちゃんと旅に出ます