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5 魔法使いの友人

この世界では、出身地以外の場所へ行くには、身分証である「戸籍」が必要になるらしい。

元の世界でも同じ様なものはあったが、それとは違う。生まれてすぐに提出する人は稀で、他国に用事がある者でなければ使わないので、必要になった時に役場で提出する人がほとんどだそうだ。元の世界の、パスポートみたいなものだろうか?

私はその戸籍を、テオドールが拠点にしているカヘスロ町の役場で提出する事になった。受付のカウンターで、使い慣れない万年筆を使って書いていく。……この世界の言葉を書けないかとおもったが、何故か日本語のようにスラスラとかけてしまったのは、おそらく神の加護を得た恩恵だろう。


「えーっと、名前は「マヨイ」っと……うん?誕生日………昨日でいっか」

「保証人は俺でいい、んで所在地も俺の家で」

「……まぁ、しょうがないか」

「後はここにも署名で……よし。ほらよルカ、戸籍登録してくれ」


言われるままに書いた書類を、テオドールはルカと呼ばれた、先ほどの赤髪のおさげの女性に渡す。髪と同じく赤い目に、かなり厚めの眼鏡をつけた女性で、渡された紙をこちらを凝視しながら、無言で受け取る。……というか、先ほどの白髪の中年男性もその隣で同じく無言、その他周りの人々も無言でこちらを見ている。私は正直居心地が悪いのだが、テオドールは気にしてなさそうだ。……ルカは目線をゆっくりと書類に移し、そしてもう一度こちらを見る。


「……………えっと………この子は………奥さんって事?」

「違います!!!」


思わず食い入る様に言ってしまった。私の言葉に隣の中年男性がルカを退かせて、深刻そうな表情で私に顔を近づける、顔面が強面なので、思わず後ろに少し下がる。


「………信じられねぇ、俺がガキの頃から、美女という美女を食い尽くしてたお前が、こんな小娘と婚姻を結ぶなんて」

「だから違うって言ってんだろ!しかもこんな小娘って言うな!クソジジィ!!」

「しかも口も悪いじゃねぇか!テオドールお前、どこが良かったんだ!?」


拳を作り、受付カウンターに足を掛け中年に殴り掛かろうとした所を、後ろからテオドールに羽交締めされる。引き剥がそうとするが、テオドールは笑いながら顔を私に近づけて、中年に目線を合わせる。


「よく見ろよオーウェン。まるで子猫みてぇで、可愛いだろ?」

「離せぇぇぇ!!あいつを殴るんだぁぁぁ!!!」

「…………いや、じゃじゃ馬にしか見えねぇ」


呆れた様に私を見つめるオーウェンと、テオドールに抑えつけられながらも襲い掛かろうとする私の争いは、ルカが逃げるように書類の確認をし受理を終えて、戸籍証を持ってくるまで続いた。





私はルカから受け取ったブレスレットをみる。ブレスレットには鉄のプレートがつけられており、そこに書かれている紋章は、今いるカヘスロ町の住民である事を示しているらしい。私はブレスレットを物珍しげに見ていると、頭に大きなタンコブをつけたオーウェンが、テオドールとジョッキに入った酒を飲みながら遠目でその姿を見ていた。

オーウェンのタンコブは、戸籍の処理が終わってこちらへ来たルカに、テオドールが気を取られている間にするりと抜けて、頭に一発お見舞いしてやったのだ。今は役場の近くの酒場に来て、個室を借りて二人は酒を飲みながら談笑をしている。


「……おいテオドール。冗談抜きで、この嬢ちゃんは一体何者だ?まだ頭痛ぇぞ、なんつー怪力だよ」

「俺の女だって言ってんだろ。それに頭は自業自得だ」

「100年以上女に言い寄られていたお前が、今更色恋するなんてありえねぇだろ」


オーウェンの疑いの表情に、テオドールは小さくため息を吐く。側に置かれていた紙と万年筆を取ると、そこに文字を書き、それを私に見せた。……その文字を指で叩いているので、おそらく読めという事だろうか?私は渋々口を開いた。


「●□◆×▷▲……あれ!?」


書かれているものとは違う、ノイズの様な声を出している事に驚く。それと同時にオーウェンの足元に、テオドールのものとは違う赤色の紋章が浮かび上がる。オーウェンは驚いて足元を見ているがそれはすぐ消える。……彼が頭を触ると、先ほどまであったタンコブが消えている。それを満足そうに見るテオドールは、先ほど私が読み上げた文字の書かれた紙を、彼に見せる。「何の変哲もない文字」を見て、オーウェンは大きく目を開けた。


「………おいおい、嘘だろ………このお嬢ちゃん魔法使いかよ!!」

「まだ魔法は覚えちゃいねぇから、弟子みてぇなもんだな。弟子兼、俺が拾ったから俺の女だ」


人を捨て猫の様に言うなと思ったが、この世界に来てから、ずっとお世話になりっぱなしなので、引き攣った顔でテオドールを見た。それに気づいた彼は、ジョッキに入った酒を一気に飲み干し、頬杖をついてこちらへ妖しく微笑む。


「マヨイはこの世界の知識を求めて、俺は知識を教える代わりに、旅仲間を得るってことだ」


同じくオーウェンも酒を一気に飲み、こちらを向き私に手を差し出す。


「ま、魔法使い様じゃなくても、テオドールが気に入った奴は大歓迎だ。……マヨイって言ったか?俺はオーウェン。このカヘスロ町の町長をしている。さっきは悪かったな」

「て事は……この町を作ったっていう?」

「いや、それは亡くなった俺の祖父だ。テオドールは祖父の親友だったんだ」


思わずテオドールを見ると、再びジョッキに注いだ酒を見つめて、懐かしそうに目を細めている。……疑ってはいなかったが、本当にこの男は100年以上生きているのだと思い知った。私はそのままオーウェンを見て、差し出された手を握る。


「マヨイです。昨日この世界にやってきました」

「昨日か!この世界の神様が迷惑かけたな。俺もこの町の住民も、テオドールには恩があるからな。何か悩み事とかあれば言ってくれ」


先ほどの小娘発言とは裏腹に、立派な町長として話すオーウェンに好印象を持った。……私がこの世界での必要な知識を身につけたら、この町でお世話になる事も悪くない。そう思っていると、爽やかな笑顔で話していたオーウェンの表情が険しくなり、私に顔を近づける。何かあったのだろうか?私も顔を近づけると、彼は重い口を開ける。


「………で、テオドールとは、どこまでいったんだ?」

「…………………………」




私は、もう一度オーウェンを殴った。


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