56 触れる手
四人とも、全員が魔法を何度も発動させた事により、息が荒く汗を額から垂らす。そんな中、ヨゼフは乾いた笑い声を出して、自分の目にかかる汗を拭う。
「魔物が大量発生してるなんて、事前に伝えておいてくれよ。シルトラリア」
「……そこまで予言の神に聞けなかった、ごめん」
あの猫の獣人をマヨイの元へ向かわせた後、自分達もそれぞれ移動魔法でエドラス国へ向かったが、全員マヨイの元へ向かうはずが、何故かエドラス国の城下町に着いた。恐らく何かの障害が出ているのだろうが、向かおうにも大量の魔物……かつてのこの国で死んだ国民が、黒いモヤを出しながら襲い掛かる。
私が全面的に悪いので謝ると、キルアは大剣を自分の目の前の人骨の魔物に突き刺し、魔物は崩れていく。剣につく黒いモヤを振り払い再び構える。
「どうもこの魔物達は、私達をマヨイ達の元へ行かせないようにしている様ですわ」
「ああ、ゲドナ国の時といい、魔物を操る事ができる存在がいるんだ」
一番苦しそうなマギーは真っ青な顔をしながら「ああ〜帰りて〜」とボヤきながら魔物を狩る。いやお前そんな事言ってるけど、一番張り切ってるだろ。めっちゃ攻撃魔法打つじゃん、早くテオドールに会いたいんだろ。
私は深呼吸をして、背中に背負う簡素な作りの弓を構える。もう一度深呼吸をして呪文を唱えると、構えた弓に金色に光る矢が現れる。それを見たマギーは目を大きく開けて慌て始める。
「ちょっ!それ戦争中にぶっ放してたって噂のやつだろ!?」
「ちょっと皆、身を守っててね〜」
「うわーーーー!!!二人とも防御魔法張ってーーーー!!!」
今まで小さな声しか出さなかったマギーが慌てて叫ぶのを見て、ヨゼフとキルアはそれぞれ呪文を唱え防御魔法を張る。私は弦を強く引き、中央の城まで向かう一本道に狙いを定める。周りにいた魔物達も、私の姿に何かを察したのか、襲い掛かろうとこちらへやってくる。
そして三度目かの深呼吸をして、弦を引く手に力を込める。
「友達に早く会わせろ!このヤローーーーー!!!!」
弓から離れた矢は、金色の光線となる。
その強い光線は城までの道を抉り、周りを消滅させていく。
◆◆◆
「愛しい子」
この世界に来て、何度も聞いた少年の声で私は目が覚める。
目を開けるとそこは硝子でできた花畑で、私は少年、死の神アドニレスの膝の上で寝ていたらしい。アドニレスは優しく微笑んで、私の頬を触る。
「……ようやく僕の元に来てくれた。もう苦しくない、もう寂しくないよ」
優しく触れる感触がある、冷たさを感じない。
そうか、私はあの時、ルカに操られたテオドールによって殺されたんだ。
「……ルカは、何者なの?」
「彼女はかつて、時の加護を得た少年を愛した精霊だ。150年前の神の裁きで死に、愛する者に乗っ取り、殺した時の神の憎しみで魔物となった。……そこから150年間、魔物を倒し従えさせ、僕でも出来なかった魔物の使役を成功させた。彼女なら君を殺してくれると確信して、僕は手を貸したんだ」
優しく諭すように声を出すアドレニウスは、今まで見た中で一番穏やかな表情だった。……私は、そんな少年に、どうしても聞きたい事があった。
「アドニレス、何でそこまで私に固執するの?」
その言葉に優しく撫でていた手を止める。
「……君、記憶を消したから覚えていないだろうけど。この世界に来る時に、ちゃんと僕と会ってるんだよ」
「え?」
「その時君、加護を与える為には死ぬ必要があるって言った時、なんて言ったと思う?」
私は全く覚えていないので、アドニレスの膝の上で首を傾げてしまう。アドニレスは笑って、再び頬を撫でる。
「君はね、僕に中指を立てて『そんな事したらぶん殴ってやる!!』って言ったんだよ」
「…………………」
想像ができる。絶対私なら言うであろう。恥ずかしさもあり何とも言えない表情をしていると、アドニレスは堪えかねた様に声を出して大笑いをした。まるでただの少年の様に、笑顔を向ける。
「死神の適合を持つ存在が現れるのも珍しいのに、まさかそんな女性が、神に対してあんな暴言吐くと思わなくてね」
「……ご、ごめん」
「何で?僕はそこで君に恋をしたのに」
アドニレスはそのまま体をずらして私に覆いかぶさる。今まで触れる事が出来なかった、冷たい吐息を放っていた少年は、全てが温かい。……生きていると、思わせてしまうほどに。
私を愛おしく見て、口付けを落とそうとする少年に私は放つ。
「私をテオドールの元へ戻して」
アドニレスは近づける顔を止めて、怒りの表情を向ける。
「あの堕ちた神がそんなにも大切か!!!」
その怒声は周りの花を枯れさせていく。私はまっすぐアドニレスを見る。
「私はテオドールを愛してる」
花はどんどん枯れていき、やがてアドニレスの吐息も凍るような冷たさに変わっていく。怒りで青筋の立つアドニレスは、私の首を両手で掴む。喉を潰そうとするほどの強い手に、私は顔を歪ませる。
「どうして!どうして君は僕を見ない!?僕は君に加護を与えた神なのに!!!」
「加護を、与えようが何だろうが、私はテオドールしか、見ないし、テオドールしか愛さない!!!」
途切れ途切れで目の前の死の神に叫ぶ。少し、手が緩んで苦しそうな表情を私に向ける。
「どうして、どうして誰も僕の側にいてくれないんだ」
小さく呟かれた言葉は、異質の神として歴史から消され、ずっと独りだった少年の本心だった。
私は少年の頬に触れ様と手を伸ばす。それを拒絶せず少年は受け入れてくれた。
「貴方を独りにしない。独りにさせない」
少年に触れる手に、頬から伝う涙が当たる。
「死の神アドニレス…………私と一つになって」




