53 復讐を
……おかしい。確か私は告白が大成功して、晴れて恋人となった宰相と、宰相の実家でお茶会をしていたはずだ。予定ではそこからいい感じになって、あっまぁ〜〜いファーストキス(はぁと)をする予定だったのだが……何故今、私はこの元火薬庫の地下にいるんだ?まさかアイザック達に宰相との関係がバレて魔法で連れ戻されたのか?ええ〜〜もう少し人間と精霊の関係が良くなってから話そうと思ってたんだが。
恋人の実家であるカーター公爵家でお茶会をしていた私は、気づいたら城にある地下に立っていた。先日行った魔法陣がまだ描かれているこの地下に、一体何故私は立っているのかわからない。
「シルトラリア」
後ろから、女性の声が聞こえる。
その聞き覚えのある声に私は驚いて後ろを向くと、やはりそこには予言の神アルヴィラリアがいた。金色の髪と瞳で、神になる前は精霊だったというアルヴィラリアは、この世界に召喚された時と違い、険しい表情をこちらへむけている。
「アルヴィラリア様、どうしたんですか?」
出会うのは二度目だ。戦争中に何百人も死んでもお目にかかれなかった彼女が現れるのは、この世界の危機しかない。私は冷静に声を出すが、内心は今にも心臓が飛び出そうなほどに緊張している。対する彼女は険しい表情のまま声を出す。
「今すぐに他の加護持ちと共に、エドナス国へ行きなさい。このままでは死の神達によって、時の神が消滅してしまう」
「エドナス国って、時の神を祀ってた国ですか?」
「そう。もうすぐ時の神と、貴女のお友達がそこで命を落とします」
友達。……自分の友達は、精霊を除いて二人しかいない。
そして、旅をしている友達は……一人しかいない。
「マヨイは無事なんですか!?」
「……彼女が無事な為にも、行きなさい」
アルヴィラリアは足元から金色の結晶となって消えていく。私は彼女の方へ向かおうとするが、足が動かない。私は唇を噛み締め、消えていく予言の神へ叫ぶ。
「アルヴィラリア様!!!」
「うおっ!?」
私の大声に、向かいにいる宰相、ダニエルは驚いて声を出す。
あたりを見回せば、そこは公爵家の中庭で、どうやら意識が戻ったらしい。私は驚くダニエルを見て、勢いよく立ち上がる。
「ダニエル!!!ちょっと挨拶回りしてなかった国があったから!今から行ってきます!!」
呆然としていたダニエルは、やがて意識を取り戻したのか慌てた様子でこちらを見る。
「ちょ、ちょっと待て!!アイザック達に全ての国を終えたと報告を受けているぞ!?どこへ行ってないんだ!?」
「エドナス国!!!」
「そこは150年前に滅んでいるだろう!?」
「滅んでない!!!」
「いや滅んでるだろ!!!」
ダニエルは私の肩を掴み、鋭い目を向けてくる。ダニエルに怒られるのは苦手な私は、思わず目線を逸らし、本当の理由を伝えざるおえなくなった。目線と逸らしたまま、小さく呟く。
「…………予言の神アルヴィラリア様が、友達が危ないって言ってて」
「予言の神が!?シルトラリア。君はゲドナ国の時といい、また危険な事に突っ込もうとしているのか!?」
正直に話せば更に鋭くなった目に、私は思わず眉を下げる。
それを見て何かを耐える様な表情を向けるダニエルは、「あーもう本当に!!」とやや荒れた声を出しながら私を抱きしめる。彼の匂いが強く感じられ、私は抱きしめられる事に嬉しさと驚きで、頬が赤くなっていくのが分かる。耳元に触れる彼の息が、熱い。
「そんな顔しないでくれ。……言う事全部、聞きそうになる」
「…………ご、ごめん……」
何がごめんか分からないが取り敢えず、謝っておけばどうにかなると思い、吃りながら謝罪をする。その言葉に反応して更に強く抱きしめられるものだから、さっきまで口付けをしようと思っていた私とは思えないほどに、恥ずかしさで耳と首まで赤くなる。
「………国の事は、俺が何とかする」
「え?」
私は体を離して、ダニエルの顔を見る。大好きな灰色の瞳が、優しく私に微笑む。
「だから、ちゃんと俺の元に帰ってこい」
そう言いながら、私のおでこに口付けを落とす。
私は思わず唇が当たったおでこを触り、嬉しさで顔が綻んでいく。
「……うん、絶対助けてくる!!!」
ダニエルへ笑顔を向けて、私は移動魔法を唱える。……まずは、この国から近いユヴァへ、そしてゲドナとサヴィリエへ向かう為に、私は光と共に転移した。
シルトラリアが去った後、ダニエルは自分の口元に触れて、そしてため息をこぼす。
「………成人するまで手を出さずに保つか、俺……」
その声は、彼女へは聞こえない。
◆◆◆
「そいつは!!!テオドールの皮を被った、テオドールを殺した哀れな神だ!!!」
ルカは荒い呼吸を出しながら叫ぶ。
……その言葉と表情の意味が分からなかった。私は、痛みで苦しそうに呻くテオドールを見る。……神かもしれない。その事はマギーから聞いていた事だし、もしかしたらそうなのではと思うほどに信憑性があった。だが、この男がテオドールじゃないと言う言葉の意味が分からない。名前が違うとかではない意味合いに、混乱した。
ルカは怒りを収める為に何度か深呼吸をして、鋭い目は変えずにこちらを見つめる。
「……そこにいる男は、時の神ランドール。160年前に、その体の本来の持ち主であるテオドールに加護を与えた神なの」
私は思わず目を開いて、狼狽える様にルカに叫ぶ。
「……ちょ、ちょっと待って!本来の持ち主って……そ、それに!テオドールが時の神の加護をえたのは150年前のはず!!」
「本物のテオドールは、すぐにエドラス国に捕らえられ、10年幽閉され続け、加護の力を使うだけの道具にされた。……けど、150年前に時の神を顕現させる為に生贄になって殺された」
「………そんな事」
ありえない、そう言える確信が持てる証拠がない。それに気づいたルカは笑う。
「時の神ランドールは、テオドールの体を譲り受けこの世界に実体を持つようになったの。そして、最初にそいつがしたのはこの国を滅ぼす事だった。……大人子供関係なく、本物の神の魔法で全てを焼き殺した」
「…………」
「……アタシは150年間ずっと、テオドールを殺した時の神に復讐する事しか考えていない。でも、そいつは神だから死なない。……それなら、そいつが大切に想う相手を、目の前で殺せばいい。かつてアタシがそうされた様に、一生後悔して苦しめばいい」
ルカは再びこちらへ歩み始める。その手には、そこら中にある死体から奪ったのであろう、古びた剣が握られている。……逃げたいが、この状態のテオドールを担いで逃げるのは不可能だ。私は何度も防御魔法を重ねて唱え、それを全てルカの前に立ちはだかさせる。彼女は舌打ちをして、剣を天高く掲げる。
「なり損ないの魔法なんて!アタシには無駄だって言ってるでしょ!!!」
ルカは体から出る黒いモヤを剣へ流し、勢いよく降ろす。
防御魔法が全て割れるような音を鳴らして崩れていく。……その光景を、その奥にいる私とテオドールを、ルカは恍惚とした表情をして見つめて剣をもう一度掲げる。
私は、自分の死ぬ直前なのに。
何故彼女がここまで本物のテオドールに、復讐に駆られているのか理由を知りたくなった。




