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50 再会の約束を



「エドラス国へは、移動魔法で行くの?」


少し寂しそうに笑いながら、マギーは私達を見る。

大魔法を無事に終えた翌日、私とテオドールは死の神アドニレスに受けた対価の為に、時の神を祀るエドラス国の跡地へ向かうことになった。

アドニレスが、何故滅びた国へ行けと要求するのか分からないが、それでも神との取引だ。答えなければアレンは再び魔物になってしまうだろう。


「あの国はここから遠いし、もう跡地しかないからな。誰に見られる事もねぇだろうよ」


テオドールはフードを被りながら、横目で私を見る。



大魔法が成功した事で、一部の王族や存在を除いて、ハリエドでの戦争加担により獣人族が滅びたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と認識が変わった。認識が変わった獣人族はもう姿を偽らなくてもいい。だから、アレンに認識阻害魔法をかける為に会っていた事も、全てなかった事になる。私との出来事を全て忘れ、普通の獣人として生きている。……アレンにとっても、他の獣人にとっても幸せな世界になったのだから、喜ぶべきなのに、笑顔を作れない。


下を向いていた私の頬を、優しい手が触れる。思わず顔を上げると、テオドールが困ったように私を見ていた。


「アンタはよく頑張ったよ」

「……テオドール」


触れる手を握り、私は泣きそうになるのを堪える。マギーはそんな私達を見て「自分の師のイチャイチャ見るのキッツ!」と呟いているが気にしない。

そうだ、アレンに忘れ去られてしまった事は悲しいが、それでもまた出会った時にまた仲良くなればいい。一度は仲良くなれたのだから、きっと何回でも友人になれる。



私達が関所へ向かうと、既に待っていた騎士団長がこちらへ手を振る。どうやら見送りに来た様で、テオドールの頭を乱暴に掻きながら笑う。


「俺が生きてる内に、また帰ってこいよ」


テオドールは珍しくされるままで、騎士団長に意地悪そうに笑いかける。


「アンタの死に顔をちゃんと見届けてやるよ」

「そうか!なら40年は会えないな!!」


はたから見れば親子ほど歳が離れて見える彼らだが、恋人である私も入れない絆が二人にはある。二人の姿を眺めていると、隣にいたマギーの手が肩に触れる。


「エドラス国は、ほぼ歴史文献がない失われた国だ。けれど、師匠が現れた年代と国が滅びた年代が一緒なんだ。……恐らく、師匠が何か関わっているんだろうけど。師匠自身が、記憶が曖昧で覚えてないんだ」

「……死の神は、何でエドラス国に行けと言ったんでしょうか?」

「それは僕にも分からない。ただはっきり言えるのは、死の神は君を殺すために、その対価を提案した可能性が非常に高いって事かな」


死の神アドニレスは、私を殺して完全に加護を与えようとしている。それが何故なのか、そもそも何故私にそこまで固執するのか分からない。……でも、あの少年はただ残忍な神ではないと思う。魔物を作り、歴史から姿を消した死の神の本性が、エドラス国で見つかるかもしれない。


私は少し考えこんでしまったので、後ろに人がいる気配を感じ取れなかった。そのままその人物、テオドールに掴まれあっさりと横抱きされてしまう。急に体が浮いたので、私は驚いて悲鳴をあげる。だがテオドールは美しい顔をこちらに近づけ、微笑む。


「サヴィリエの外は砂漠だからな、移動魔法を発動できる場所まで抱いてく」

「いやいやいや!?来る時も砂漠歩いてたじゃん!?普通に歩けるよ!!」

「大切な恋人の足が、砂まみれになっちまうからな」

「だから行きは普通に歩いてたじゃん!?」


私達の姿を見て、マギーと騎士団長は呆れたような表情を向ける。おい!お前ら見てるだけじゃなくて止めろ!この甘々な男を止めろ!!目線で訴えるが、二人とも首を横に振り「諦めろ」と口パクで伝えてくる。


「じゃあな、またいつか来てやるよ」

「おいこら待て!?おろせよ!!おろせぇぇぇぇぇ!!!」


そのままテオドールは上機嫌に別れを告げ、私を横抱きしたまま関所をくぐる。私は大声を出しながら暴れるが、何も問題ない様にそのまま進んでいくのであった。








「あーあ、行っちゃいましたね」


騎士団長は、姿が見えなくなっていく二人を見て呟くように僕に言う。


「そうだね、今度会えるのは、僕たちがお爺さんになった時かな」


僕はそのまま、姿がわからなくなって行く師匠達を見る。騎士団長はそんな僕を見て、わざとらしくため息を吐きながら首を掻く。


「20年前、精霊と偽っていたテオが、この国を出て行くのを国王が猛反対してたの、知ってます?」

「いや、知らないよ」

「それが突然、国王がテオが出るのを許可して、国の政治権を全て宰相に譲渡したんですよね」

「……そうだったんだ、僕の前の宰相の話だから、知らないな」


騎士団長は暫くこちらを鋭く見つめていたが、再びため息を吐いて背を向け歩き出す。そのまま帰って行くのかと思ったが、ふと思い出した様に立ち止まり、こちらに振り向く。


「俺は、ずっと貴方の味方ですからね」


いつもの飄々とした彼とは違う、真剣な表情に思わず目を大きく開けて見てしまう。それだけ言えば再び歩き出した騎士団長を見て、次第にそれは苦笑いに変わる。そのまま頼りになる後ろ姿を見て、僕は思わず笑ってしまった。


「……参っちゃうな」


僕が行った過去の事は、全てお見通しなのだろう。30年前に突然師匠が連れてきた内戦孤児。あの全てのものに敵意を向けていた男が、随分と逞しくなったものだ。


……僕はそのまま、30年前この世界に降り立った時と、変わらない空を見る。

















かつての繁栄の跡もない、枯れ果てた土地と焼けた跡のある建物を見ながら、誰かは歩く。


その誰かは、特に焼け爛れている場所の前に着くと、それを暫く見つめる。

誰かは小さく息を吐く。


「…………やっと、やっと復讐が出来る」


その誰かは女だった。女は口に弧を描き、目の前の王城へ足を踏み入れる。

女の手には、かつての戦いの神が聖女へ授けた遺物を持っていた。


「貴方を苦しめた元凶へ、ようやく復讐を果たせる」



女は、血の様な赤い瞳を歪ませる。




「待っててね…………テオドール」



サヴィリエ国編は終了です。次回から最終章になります。

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