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41 猫は獣になる


今日行う最後の認識阻害魔法で、アレンはもう認識阻害のネックレスをつけなくても良くなる。……だが、その最後の呪文を唱える前に、彼は呻き苦しみ始めたので、どうしたのかと肩に触れた手は弾かれた。アレンの異常に、私は急いで治癒魔法を唱えたが、魔法陣は弾かれる様に消滅する。絶対に唱え間違いをしていない、なのに何故効かないのか混乱した。


「テオドール、テオドールを呼ばなきゃ」


彼を助けられるのは、自分の魔法の師であるテオドールしかいない。


「待って、今、今助けを呼ぶから、!」


震えてしまう声でアレンに声をかけ、私は急いでテオドールへ助けを呼ぼうと部屋から出ようとする。だが後ろから、痛いほどの強い力で引っ張られてしまい、私はベッドの上に押し倒された。握られている腕が悲鳴をあげるほどに強く握られてしまい、思わず顔を歪めてしまう。


目の前の覆いかぶさるアレンを見ると、血の様な赤い瞳をこちらへ向ける、まるで獣の様な彼がいた。……おかしい、彼の瞳は茶褐色だったし、ここまでの殺意を、獣の様な表情など向けられた事はない。


……怖い、そう呟いてしまいそうになる。まるで捕食される小動物の様に、私は目を背ける事もできず、恐怖で呼吸が荒くなっていく。


そのまま涎を垂らした口元が、急に自分の首筋へ向かったと思えば、直後に激痛が襲う。


「あ”あ”ッッ!!??」


肉に突き刺さる歯が、牙が痛い。血が飛び、血が首筋を伝っている。前にテオドールに噛まれたものの何十倍も痛い。これはふざけてしているものではなく、完全に捕食されている音だ。私は再び噛もうとするアレンの腹を思い切り蹴った。一瞬、怯んだ隙にベッドから飛び降りアレンから離れる。やはりかなり深く噛まれたのか、床にポタポタと血が落ちていく。


ベッドにいるアレンは、ネックレスを付けているのに、認識阻害が効かずに耳と尻尾が見えている。それだけではなく、こちらを見る表情はまるで、ユヴァ国で出会った古城の悪魔と呼ばれた魔物の様だった。……おかしい、あり得ない。


「アレンは、アレンは生きてる……生きてるのに」


自分に言い聞かせる様に言葉を呟く。魔物は、死んだ者の強い感情で生まれる。アレンは死んでいない、だから魔物になるはずがないのに。


アレンは一度、小さく唸ったと思えばベッドから飛びかかって来る。私は間一髪で今いた場所から離れると、アレンが飛びかかった壁が砕けた。私はそのまま部屋から出て、家の二階へ向かう為に階段をのぼる。

……加護を持つ存在でもない彼が、魔法もなしにそこまでの怪力を出すなどあり得ない。外を出て助けを呼びたいが、それをすれば何故か獣人に戻ってしまっているアレンが見られてしまう。それならば、最後の認識阻害魔法を唱え掛けて、獣人でなくなった時に助けを呼ばなくてはならない。……私の知っている魔法は、認識阻害以外では治癒と、防御しかない。しかも治癒に至っては、魔法は自分にかける事が出来ないので、防御しかない。

二階へ着くと、そこはありがたい事に物が大量に置かれた倉庫だった。その中の一番奥の机の下に隠れて、周りを他の家具で隠す。幸運な事に首から流れる血はここまでいく間にそこら中の床に落ちたので、この場所がすぐにバレる心配はなさそうだ。


( 隙が出た時に、認識阻害魔法を唱えるんだ )


認識阻害は対象者の心臓部分に触れる必要がある。……あの状態のアレンに触れる事ができるかわからないが、それでもやらなくてはならない。


……唸り声と共に、誰かが階段から上る音が聞こえる。私は息を押し殺して、震える手で口で押さえてその人物を待つ。


やってきたアレンは、匂いを嗅いでいるのか大きく鼻を吸う音が聞こえる。そして周りを何度も歩き、近くあった椅子を蹴る。……だが、暫くすると立ち止まる。


「…………ッ、……っ”、」


何かに苦しんでいるような、呻き声が聞こえた。そして、獣のような息継ぎも、人の様なものに変わる。


「……っ、に、逃げろ……逃げ、……マヨイ…!」


元の、アレンの声が聞こえた。恐ろしいほどの威圧感もなくなり、今そこにいるのは変わらないアレンだった。……何かの拍子で暴走が治ったのかもしれない、今が一度しかないチャンスだ。私は自分に防御魔法をかけてから、机から出て、頭を押さえながら下を向いて苦しむアレンの側へ向かい、右手を出し彼の心臓に触れようとする。




……だが、こちらを見たアレンの瞳は、先ほどの変わらない獣じみた血の色だった。




腹に鈍い感触が襲う。そのまま倉庫に置かれていた家具や物にぶつかり、私は床に倒れる。口から吐瀉し、呼吸がうまく出来ない。


防御魔法をかけていたのに、何故効かないんだろう。さっきの治癒魔法も、私の魔法は全てアレンに効く事がなかった。昨日までは普通に、彼に魔法をかける事が出来たのに。


そのままゆらゆらとこちらへ向かうアレンは、再び覆いかぶさり、先ほどよりも歪んだ表情で、口から溢れる唾液を頬に落とす。服が破ける音がして、自分のブラウスが引き裂かれているのが理解できた。……私は、震えてしまっている手でアレンの胸に触れ、恐怖で脳を犯されながら認識阻害魔法を唱える。……けれど、彼の姿は変わらないまま、ただの獣だった。そのままアレンは、現れた肌に這うように手を添えて、そして心臓部分に爪を立てる。


「アレン……アレン……」


目を覚ましてほしい、そう願って震えながら声を出しても、目の前の男は何も変わらなかった。……嗚呼、なんとも最悪な最後だ。まさか友人に殺されるなど、空から落とされて死ぬ方が余程マシだ。



心臓部分に触れるアレンの手が、私の肉を強く抉る。




せめて、私の犠牲だけで済むなら嬉しいのだが。

歪む景色と、胸に感じる鈍い痛みで、私は意識を落とす。






一瞬、最後に青い魔法陣が見えた気がした。


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