37 秘密の逢瀬
「アレン副団長、俺らマジで応援してますから!」
「は?何をだ」
食堂で朝食を取っていると、正面の椅子に腰掛けた団員達が興奮した様子で話してくる。朝食のパンを口に運びながら、俺は何の事を言っているのかと質問した。
「何言ってるんですか!毎朝副団長に会いに来てるマヨイちゃんですよ!可愛い子ですよね〜!」
団員達から予想外の人物の名前が出たので、俺は飲み込んだパンを詰まらせ咳き込む。それを見た団員達はニヤけた様子だ。
「今ん所三日連続で副団長に会いに来てるじゃないですか!しかもこの前酒場で飲んでたダチに聞いたんですけど!元騎士団長の片想いで、マヨイちゃん今フリーらしいですよ!」
「は!?あんな濃厚な接吻しておいて!?……じゃなくて!アイツとは何もねぇよ!」
「またまた〜副団長、毎朝マヨイちゃんと何処行ってるんですか〜?」
流石に、毎朝彼女に魔法をかけて貰っているなど言えず、思わず口を閉ざすと団員達は口笛を吹いて茶化してくる。俺は恥ずかしさで耳を赤くしながら一気に残りの朝食を食べ、周りを睨みながらトレーを持ち立ち上がる。そのまま逃げるように返却棚にトレーを置いて、食堂を出ようと出口の扉を押す。
「あ!おはようアレン!」
食堂の外のベンチに腰掛けて待っているマヨイが、俺に気づいて声を掛ける。もうかれこれ三日連続、こうして朝食後を狙って会いにくる彼女は、可愛らしい笑顔を向けて手を振ってくる。何故か胸が締め付けられる様な感覚に襲われた。……自分の後ろで、口笛を鳴らす団員を睨みつけて、俺は彼女のそばへ行く。
「おはよう、今日も早いな」
「テオは朝弱いからね、こっそり来やすいんだ〜」
マヨイは、そう意地悪そうに笑った。
自分の体に認識阻害魔法をかけると言ってから三日目。永久に持たせるには少なくとも五日は魔法をかける必要があるそうで、隣の研究施設で元騎士団長と寝泊まりしている彼女は、毎朝その男にバレない様に騎士団宿舎まで来て魔法をかけに来る。今日も続きだそうで、手を引っ張られながらいつもの倉庫へ向かう。
彼女と一番最初に会った時は、とんだじゃじゃ馬娘だと思ったが、まさか神の加護を持つ人間だったのには驚いた。一度倒れそうになった彼女を助けた際、お互いの秘密を話してからやけに懐いている彼女は、最初こそ辿々しい敬語を使っていたが、今ではそれもなくなり、俺の名前も呼び捨てになった。……そんな彼女に、居心地の良さを感じてしまっているのは、おそらく一回目の時の、俺に対する気持ちを聞いてからだろうか……彼女は、恋愛感情であの言葉を放ったとは全く思っていないが。
「じゃあ今日も行くよ」
「おう、頼む」
倉庫に着くとマヨイは、自分の胸に手を翳しノイズの様な呪文を唱える。明らかに異質な神の言葉を吐く彼女と俺の立つ地面に、赤い魔法陣が浮かび上がる。……そのまま彼女が唱え終わると、自分の胸に何か温かいものが入り込んでいく。魔法の成功を確信した彼女は、嬉しそうにこちらへ微笑んだ。
「よし!明日魔法をもう一度かければ終わりだね」
終わり、という言葉に再び胸が締め付けられる。……そうだ、明日魔法を掛けられれば、もう彼女は会いに来なくなる。あの元団長の側で、俺にしたものと同じ笑顔を向けるのだろう。そう思ってしまったが最後、俺は勝手に言葉を告げようと口を開く。
「……俺、明日非番なんだ」
「そうなの?なら明後日かな〜」
「………もし、お前が暇だったら……今までの礼もあるし、街を案内してやる」
彼女の大きな目が、さらに大きく丸くなって行く。俺は慌てて付け加える様に「最後の魔法も掛けるついでに!暇だから!」と大声で伝える。
「でも私、観光するお金とかなくて……全部テオに払ってもらってるから」
「そんなの俺が払うに決まってるだろ、礼なんだから」
彼女は顎に手を添え、「検査と偽ればワンチャン行けるか?」と呟きながら返答を考えている。俺はそんな彼女を見て、緊張で心臓の音がどんどん煩くなっていく。……ようやく答えが出たのか、マヨイはこちらに笑顔を向けた。
「私もアレンとお出掛けしたい!行く!」
その言葉と彼女の笑顔に、俺はどうしようもなく嬉しさが込み上げてくる。……この後仕事中、マヨイと何をしていたのか聞いてくるであろう部下達に、俺は平静を保っていられるのか心配になった。
◆◆◆
最近、朝早くからマヨイが何処かへ消える。割とすぐに戻ってくるので何も言わなかったが……どうにも気になる。そんな事を考えていると、この施設に用があったらしいガラードと偶然会い、今から騎士団の訓練があるから指導を頼まれた。……まぁ、娘もいないし、特にやる事もないので了承し、俺は施設の隣にある騎士団の訓練場にガラードと向かった。
「驚いた、俺が団長してた時は、ハリボテみてぇな宿舎だったのに」
「20年で大分変わっただろ?訓練場も近くにできたんだ」
かつての騎士団施設とは全く違う風景に、俺は驚きながらガラードの後ろに着いていく。訓練場へ向かう為に、俺達は外廊下を進んでいると、奥の倉庫らしき場所から男女の声が聞こえた。……かつての俺の様に、女と遊ぶ様な団員もいるのだと、しかもこの宿舎の近くの倉庫で逢瀬など中々骨のある団員だと思い、思わず立ち止まりその声の方向を見る。
「じゃあ明日、宿舎の前で待ってるね」
「わかった。寝坊するなよ?」
「しないしない!最近ここに来る為に早起きしてるしね!」
倉庫から出てきたのは……想いを寄せる娘と、あの副団長だった。俺の異変に気づいたガラードも同じ様にその風景を見て、一気に真っ青になっていく。
「じゃあ私はこれで!アレンと一緒に居たら迷惑かかっちゃうし、ジジィにバレない様に施設に戻るよ!」
「誰にバレないって?」
「そりゃあもう!テオに決まって…………………………え?」
俺の声に気づき、俺の存在に気づき……マヨイは真っ青になりながらこちらを向く。側にいた野郎も同じく真っ青で顔を引き攣らせている。俺の表情を間近で見たガラードは、大の男とは思えない小さな悲鳴をあげる。
「随分と、仲良くしてんじゃねぇか?……なぁ?マヨイ」
「あっ、えっ、そっ……」
マヨイは、壊れた様な声しか出す事ができなかった。




