29 砂漠での再会
サヴィリエ国、現在加護を持つ存在の中でも不老不死のテオドールを除けば、一番の古株となる天候の神の加護を持つ男がいる国。30年前に現れたその加護持ちの男は、独自の技術と魔法を掛け合わせて国を繁栄させているらしい。
「中々見応えのある坊主で、そこから10年程魔法を教えてやってたんだ」
そう話しながら、懐かしそうに目を細めるテオドールは珍しい。よほど気に入っていた人物だったのだろう。シルトラリアが言っていた、根暗で性格が悪いのはちょっと気になるが……。
私達はゲドナ国を出て早10日ほど、サヴィリエ国へ向かう為に広大な砂漠の道を歩いている。今までの森や田園と違い、少し気を抜けば足を持っていかれそうになる砂道は手こずる。しかし、ここで目の前を歩くテオドールにその事を気づかれたが最後、「疲れたか?」とかなんとか言って横抱きされるのが確実なので、絶対に気づかれてはならない。……ただでさえ、この前の口付けの後から更にスキンシップが激しくなったのだ。毎度あの顔面を近づけて微笑まれる私の身にもなってほしい。
そんな事を考えていたからか、目の前のテオドールが立ち止まっている事に気づかずに彼の背中にぶつかる。思わず変な声を出してしまうが、目の前の男は眉間に皺を寄せながら少し離れた砂浜の一点を見つめる。
「……どうしたの?」
その行動に疑問を持った私は彼に声をかけるが、無言だった。本当にどうしたのだとその目線の先を私も見る。……特に何も変わらない、普通の砂の地面だ。
しかし突然、地鳴りのような音が鳴り、その一点の砂が揺れ動く。
「おい抱くぞ」
「え!?」
早口で言われる言葉に反応した時には、私はテオドールに横抱きをされ、宙に浮いていた。揺れ動いていた地面からは、巨大な黒い鯨が飛び跳ねた。まるで海の中の様に泳いでいる様に砂を進む鯨は、私達を一飲みできそうなほどの大きな口をこちらに向ける。
あまりの恐怖でテオドールの首に手を回してしまうが、首を回されたテオドールは呟く様に呪文を唱える。目の前の空中に浮かぶ穴の空洞へ、自分の足を持つ手を突っ込む。
突っ込んだ手から純白色の杖を取り出すテオドールは、反対側の腕の力を強くして体を密着させる。思わず咳込みそうになるが、テオドールはそのままもう一度呪文を唱えながら、砂を泳ぐ鯨に目を細めながら焦点を合わせて、杖の先を向ける。
杖の先に青い魔法陣が現れた次の瞬間、目が焼けるような光線が、鯨を目掛けて凄まじい速さで飛んで行く。あまりの光に目を瞑ってしまうが、それと同時におそらく、鯨の声だろう、鼓膜が破れそうな程の大きな獣の断末魔が聞こえる。
目を閉じても感じる光が止んで、恐る恐る目を開ける。……砂の上に、頭から真っ二つに割れた鯨が、小さく痙攣をしながら、まるで海から打ちあげられている様にそこにいた。……正直、あまりまじまじと見れるものではないほどグロテスクだ。私は杖を再び空洞に仕舞うテオドールに顔を向ける。
「あの鯨は魔物?」
「だな、やけに砂の音が煩いわけだ」
いや、こちらは全く気づかなかったんだが。私はテオドールと共に地上に降り、まるで家一軒分ありそうな鯨を再び見る。どうするんだこの鯨の死体。
……すると、エンジン音の様なものが遠くから聞こえて来た。この世界で初めて聞くその音に、私は驚いてその方向を見る。……暑さで歪む景色の先に、ものすごい勢いで走ってくるバイクの様なものが見えた。え?バイク?
「おお、久しぶりに見るな」
テオドールはその存在を知っている様で、フードを被りながら懐かしそうに見る。
段々とその音は近づき、そしてしっかりと輪郭が見えると、本当に黒のバイクだったので再び驚く。……あれは、前の世界で友人が自慢して見せてくれた、オフロードバイクに似ている。しかも一台ではなく5、6台ほどこちらに来ており、目の前で大きな音を鳴らし急ブレーキをする。
先頭にいる茶褐色の髪の男は、砂除けのゴーグルを外す。髪の色と同じ釣り上がった茶褐色の瞳が睨みつけており、思わず肩が震えてしまった。
「この地域じゃ見ない顔だな。二級魔物をたった二人で狩るなんて……お前ら何者だ?」
二人じゃないです一人です。と言いたかったが面倒な事になりそうなので口を閉じる。私の隣にいるテオドールは、真っ二つの鯨を一度見て、そして目の前の男を嘲笑う様に見た。
「人に名乗らせる前に、自分から名乗れよ若造」
「若造だァ!?オメーの方がどう見ても俺より若造だろうが!!」
テオドールの態度に腹が立ったのか、バイクのハンドルを叩きながら男はテオドールを更に睨みつける。その男に変わらず嘲笑う表情を向ける外見詐欺ジジィの態度に、男はバイクから降りて胸ぐらを掴もうとする。流石に後ろにいた男の仲間が慌てて止めようとした。
「……そのローブに、高慢した態度………お前テオか!?」
一番後ろで、外でも響くような図太い声を上げる声と共に、砂浜を大きな音を鳴らしながらこちらに向かって進む、2メートルは有りそうな背の筋肉質の中年がテオドールを見ながらやって来た。その中年の男に向かって、茶褐色の男は目を大きく開けて「団長!?」と叫んでいるので、おそらくこのバイク集団の長なのだろうか。中年の男を見たテオドールは、フードを脱ぎ嘲笑うのではなく、微笑んで見せる。
「久しぶりだな、ガラード」
「久しぶりなんてもんじゃない20年ぶりだぞ!全く変わらんなお前は!」
「アンタは見ない内に年老いたな」
「はっはっは!当たり前だろう!お前と最後に会ったのは俺が25の時だぞ!」
ガラードと呼ばれた中年の男は、テオドールの肩を力強く何度も叩く。満更でもなさそうにしているので、おそらく古い友人なのだろうか?ガラードは私に気づいて目を大きく開き、顎に手を添えながら顔を近づけてくるので思わず後退りする。
「この少女は誰だ?お前随分趣味が変わったな」
「今までの女達と一緒にするな」
「ほーー!!お前が女にそこまでなるなんて!砂漠に大雨が降りそうだな」
上から下まで舐める様な目線に恥ずかしくなり、目線を下に向ける。すると先ほどまでテオドールに怒る狂っていた茶褐色の男が、恐る恐る、と言うよりに小さく声を上げた。
「……ガラード団長、その………このガキ二人は知り合いっスか?」
その声かけに、ガラードは男を見て爽やかに笑いかける。
「お前達にもよく話してただろう?サヴィリエ国初代騎士団長の精霊。それがこの目の前にいる男だ」
うん?騎士団長もだが……精霊とはどう言うことだ?テオドールは私の疑問に気づいたのか、小さく耳打ちをした。
「加護持ちってバレる訳にいかねぇからな。長寿で見た目も止まる精霊だと偽ってるんだ」
「あぁ、なるほど」
確かシルトラリアの付き人である精霊も、魔法を使えるし見た目も一定の年齢で止まると言っていた。確かに、精霊と間違われても可笑しくないほどの美形のテオドールなら騙せるだろう。
そんな私の納得とは裏腹に、茶褐色の男も、その周りにいる他の隊員も皆顔面を蒼白させて、そして砂漠中に響きそうな大声を上げるのであった。




